第85話.対面
エリン・ダビル女伯爵が王都に帰還してから3日後……ついに始まった。
朝から誰かが牢屋を訪問した。それは……僕の即決処分を担当した警備隊の偉い人だった。
「罪人を連れてこい」
警備隊の偉い人が抑揚のない声で命令すると、看守たちは僕を牢屋の外に連れて行った。
「……ふう」
外に出た僕は思わず深呼吸をした。朝の空気が新鮮だった。もうすっかり秋だ。
「これから裁判所に向かう」
警備隊の偉い人がまた抑揚のない声で言った。そう、今日こそが……僕の裁判が始まる日だ。
今日の裁判の結果次第で、僕が生きるか死ぬかが決まる。その事実に少し緊張してしまうけど……もう怖くはない。
クロード卿やレオノラさん、妹たちと遠くにいる姫様まで……みんな僕を助けようとしている。僕はもう彼らに命を任せたのだ。だから怖がる必要などない。ただ彼らを信じていればいい。
「大人しく歩け」
警備隊の偉い人はちょっと面倒くさそうな態度だった。僕にとっては今日が生死の分かれ道だけど、この人にはただの仕事の日なんだろう。
僕は警備隊の人々に囲まれてゆっくりと歩き、警備隊本部を抜け出した。確か裁判所はすぐ近くだ。
「で、出てきた!」
「おお!」
しかし街へ出た瞬間、僕は驚いた。数百を軽く超える人々が警備隊本部の前に集まっていた。
「あいつか……」
「あの人が?」
男も女も、子供も老人も……みんな集まって僕の方を見つめていた。僕はやっと状況を理解した。
「おい、あれが本当に騎士様を殺した犯人なのか? そうは見えないぞ?」
「人は見かけにはよらないな」
王都の人々は『騎士を殺した殺人犯』を見に来たのだ。つまり……僕を見にきたのだ。
「でも……何か人々の助けたという噂もあったよな」
「そんな噂、でたらめに決まっているぞ」
人々が僕を見つめながら騒めいている中、僕は警備隊と共に裁判所に向かった。早くこの場から離れたい。
「騎士殺し……」
騒めきの真ん中で誰かがそう言った。小さな声だったのに、不思議にもその言葉は僕の耳まではっきりと届いた。そして僕は思わず苦笑してしまいそうになった。
小さな田舎の村で騎士たちに憧れていた羊飼いが……いつの間にか『騎士殺し』になってしまったのだ。その皮肉な運命に、僕は今日が生死の分かれ道だということすら一瞬忘れた。
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裁判所は、とても広い講堂だった。
入り口から正面には高い檀上があり、大きな机と椅子があった。偉い人々のための席なんだろう。そして講堂の左右には無数の椅子が並んでいて、少なくとも100人以上の人々が座れるようになっていた。
「アルビン、こっちだ!」
檀上の真正面、講堂の右側に座っていた人が手を振った。その人の傍には美しいドレスを着ている少女もいた。彼らは……クロード卿とエリンだった。
僕は足を動いて、クロード卿とエリンの間に座った。警備隊は僕の後ろに座った。なるほど、こっちが『被告席』というわけだ。
「アルビン、体の調子はどうだ?」
「おかげ様で、大丈夫です」
クロード卿と僕が言葉を交わすと、エリンが無表情で僕の方を見つめながら「アルビンさん」と呼んだ。
「はい。何事でしょうか、女伯爵様」
「私の侍女のアイナ……つまりアルビンさんの妹さんには、王城で待機して頂きました」
「そうですか……ありがとうございます」
エリンの意図が理解できた。アイナが今の僕の姿を見たら、その場で気を失うかもしれない。だから敢えて王城に待機させたんだろう。エリンの配慮だ。
「……やつが来た」
クロード卿が小さい声で言った。僕は入り口の方を振り向いた。すると兵士たちの護衛を受けながら、背の高い男が裁判所に入ってくるのが見えた。
赤と黒の高級な衣服を着ている茶髪の男。顔は男前で、目つきが鋭く、全身から気品が感じられる。どう見ても只者ではない。
「誰なのか、説明しなくても分かるだろう?」
「はい」
説明されなくても分かる 。あの男は……僕が殺したサイモンに似ている。つまり『北の支配者』と呼ばれる、『デイヴィッド・レンダル』伯爵だ。
王国最大の勢力を誇る男は……一瞬だけ僕の方に冷たい視線を送った。そして何も言わないまま、僕たちの反対側に座った。あっちが『原告席』だ。
レンダル伯爵は静かだった。弟の仇である僕を睨むことも、威嚇することもなかった。彼はただ沈黙の中で原告席に座っているだけだった。
その反面、僕とエリンは目に見えるほど緊張した。王国最大の勢力の貴族を敵に回したことを、今更実感したのだ。しかもその貴族は見た目からして手強い相手だ。
唯一、クロード卿だけが落ち着いた表情だった。その堂々たる姿に僕とエリンは勇気づけられた。
「今度は法務部長官のお出ましだ」
クロード卿がまた小さい声で言った。今度は権威が感じられる黒服の老人が裁判所に入ってきた。その老人が王都法務部長官である『クレイン伯爵』だ。王城で生活していた時、何度か顔を見たことがある。
クレイン伯爵は檀上の真ん中の席に座り、僕たちとレンダル伯爵を交互に見つめた。
「被告、原告、そして裁判官……今日の役者が揃ったな」
隣からクロード卿の冷たい声が聞こえてきた。そう、これから……僕の命をかけた戦いが始まる。