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羊飼いと亡国のお姫様  作者: 書く猫
第9章.騎士殺し
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第83話.即決処分

 クロード卿の揺るぎない言葉に僕は救われた。

 少し気持ちが落ち着いた僕は、あの日のことをもう一度考えてみた。そして自分の中の矛盾を感じた。

 僕は……殺人を後悔している。それは紛れもない事実だ。いくら相手がサイモンのような人だとしても……殺人はやりたくなかった。短剣に刺されて死んでいくサイモンの顔が……もう忘れられない。

 しかし、もし時間が戻ってあの日のことをもう一度繰り返すことができても……僕は迷いなくサイモンを殺すだろう。サイモンに殺されたスーザンさんや老人たち、そして殺されかけたラナのことを思い出すと……どうしても許せない。

 つまり僕は『殺人を後悔しているし、今も手が震えているけど……同じような状況になると迷いなく殺人を犯す人間』だ。もう矛盾以外の何ものでもない。


「……ラナ」


 ラナは……今頃どうしているんだろう。

 警備隊の尋問で……僕はたった一つだけ嘘をついた。サイモンの従者である『オトン』を殺したのも僕だと話したのだ。しかしその嘘は通じなかった。オトンを殺した凶器が女性の髪留めだったし、死体の付近に女性の痕跡が残っていたからだ。警備隊は腐敗しているかもしれないけど、決して馬鹿ではない。

 たぶんラナは……貧民街に身を隠しているはずだ。どうか僕の裁判が終わるまで捕まらないで欲しい。今捕まったら共犯として罰を受けるかもしれない。

 どうせ死刑されるなら僕一人で十分だ。いや、そんな考えはやめよう。クロード卿の言葉通り、ここから生きて出ることだけを考えるんだ。

 後悔と怒り、そして希望と絶望が僕の中で渦巻いた。


---


 時間が経てば経つほど、死刑に対する恐れは薄れていった。その代わりに大事な人々に会いたかった。特に妹たちが……どうしても会いたかった。

 そう……妹たちを悲しませないためにも、ここから生きて出ないといけない。その一念が僕に少しだけ力を与えてくれた。それで僕は暗い牢屋の中での生活に耐え続けた。

 もちろん僕一人の力だけで耐えているわけではない。クロード卿が釘を刺してくれたおかげで、僕は看守たちから少し特別扱いされているのだ。食事も十分に与えられ、夜になると警備隊の居所で体を洗った。自由はないけど、他の囚人たちと比べたらまだ良い方だ。

 そしてどうにか希望を無くさずに耐えていたある日……クロード卿が再び牢屋を訪問した。


「アルビン、体の調子はどうだ?」

「おかげさまで元気です」


 僕はクロード卿の姿に安心感を感じた。本当に頼られる存在だ。


「実は……」


 しかし今日のクロード卿は……少し暗い顔だった。


「実は少し悪い知らせがある」

「悪い知らせ……ですか?」

「いや、正直に言おう。かなり悪い知らせだ」


 クロード卿は声まで暗かった。


「サイモンの兄であり、レンダル家の現当主である『デイヴィッド・レンダル』伯爵が……この王都に向かっているらしい」


 サイモンの……兄?


「レンダル伯爵は『北の支配者』と呼ばれるほどの権力者で、噂によると相当な切れ者だそうだ。そいつが弟の仇を取るために来ている……という話だ」


 彼の弟の仇は……僕だ。


「ぶっちゃけた話、貴族たちの裁判はお金と権力が物を言う。そしてレンダル伯爵は王国の貴族たちの中の誰よりもお金と権力を持っている。王族すらやつには手出しできないほどだ」

「それじゃ……」

「まさか伯爵本人が直接来るなんて……予想できなかった。最悪の場合は……裁判すら開かれないかもしれない」


 つまり、即決処分……か。


「こうなったら、こっちも誰か有力貴族を盾にしなければならない。しかし……レンダル伯爵に対抗してくれる人は……」


 いないだろう。一人の平民のために、王国最大の貴族と戦ってくれる人なんているはずがない。僕だってそれくらいは分かる。


「くっそ……代理人ならまだ何とかなると思っていたのに……」


 クロード卿が拳を握ったまま呟いた。


「……すまない、こんな知らせを持ってきて」

「いいえ……クロード卿にはいつも感謝しています」


 それは本当だった。僕のために頑張ってくれている人々に……もう感謝しきれない。


「俺は魔導士様と一緒に協力してくれる貴族を探すつもりだ。また何か変化があったら来るよ」

「はい」


 牢屋を出ていくクロード卿の後ろ姿から、悔しさと悲しさが伝わってきた。それで僕は何となく分かった。もう覚悟決めておかなければならないということを。


---


 クロード卿の再訪問から数日が経った。

 クロード卿とレオノラさんは、僕を助けるために全身全霊を尽くしていた。でも……レンダル伯爵の権力に対抗する方法は最初から存在しなかった。

 僕は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。僕の死刑はもう確定されているのに、クロード卿もレオノラさんも諦めずに戦っていた。二人の心にどう応えればいいんだろう。もう時間がないのに。


「罪人を連れてこい」


 ある日の朝、警備隊の偉い人が現れて看守たちにそう命令した時……僕は直感した。これで終わりなのだ。覚悟しておいて正解だった。

 僕は手を縛られたまま、警備隊本部の隅に位置する処刑場に連れて行かれた。


「これから罪人の処刑を行う」


 警備隊の偉い人は無表情で宣言した。


「王室魔導士レオノラの助手であるアルビンは、白金騎士団の騎士であるサイモン・レンダル卿を殺害した。王都警備隊隊長のアルナルドの調査により、この事実はもう証明されている」


 看守たちが僕に膝をつかせた。


「この処刑は被害者のサイモン卿の兄であるデイヴィッド・レンダル伯爵によって要請され……王都法務部の長官、クレイン伯爵によって承認された」


 そしていつの間にか覆面の男が現れた。彼は……大きな斧を持っていた。


「原則として、こういう大罪人の処刑は大衆の前で行われるべきだが……今回は不必要な争いや議論が起こる恐れがあり、略式の処刑で決定された」


 なるほど……レンダル伯爵は、クロード卿やレオノラさんに抗議する機会さえ与えないつもりだ。たぶん二人には僕が今日処刑されることすら知られていない。


「では、王国の正義を執行する」


 膝をつかせている僕に……覆面の男が近づいた。彼の持っている斧から血の匂いがした。

 僕は目を閉じた。そして今まで僕を心配してくれた人々に心から感謝した。すると自然に妹たちの顔が瞼の裏に浮かんだ。死ぬ前にもう一度……二人の妹の笑顔が見たかった。


「どうか幸せに……」


 小さい声でそう呟いた。血の匂いがすぐ傍まで来た。数秒後には……僕の人生が終わるのだ。もう妹たちの顔以外には何も考えられなくなった。

 血の匂いが少し遠ざかった。覆面の男が斧を持ち上げたんだろう。僕は目をぎゅっとつぶって死を待った。


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 しかし次の瞬間、僕を訪ねたのは……死ではなく、ある男の叫び声だった。

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