第82話.希望の元
「おい、無事か?」
背の高い美男子が鉄格子に近づいた。僕も反対側から彼に近づいた。
「クロード卿……」
クロード卿の顔を確認しただけで、もう僕は泣いてしまいそうになった。
「アルビン、傷はどうだ? 大丈夫か?」
「はい、大丈夫です」
「そうか……お前、本当に体だけは頑丈だな」
クロード卿が微かな笑顔を見せた。彼も僕の無事を確認して安心したようだ。
「もうちょっと早く来たかったけど、警備隊のやつらが頑固で遅くなった。すまない」
「いいえ、こうして来てくださっただけで……ありがとうございます」
僕は精一杯涙を我慢した。
「まあ、でも本格的な尋問が始まる前に会えてよかった」
「尋問……ですか?」
「ああ、お前が死んでいないことが確認されたから……警備隊は事件に関してお前を尋問するはずだ」
確かにそれはそうだろう。僕は言わば容疑者だから。
「あの日、何があったのか……大体予想はついている。でもお前を弁護するためには詳しい情報が必要だ」
「弁護って……」
「俺はお前を弁護するつもりだ。もちろん状況は悪いけど、死刑を免れる可能性はある」
クロード卿の声は静かだったが、些かの揺るぎもない。
「だからお前も希望を捨てるな。体を大事にして、ここから生きて出ることを考えろ」
「……分かりました」
そしてクロード卿の全身から感じられる気迫が……僕に希望を与えてくれた。本当にここから生きて出られるかもしれない……そんな希望が僕の胸の中に植え付けられた。
「じゃ、あの日のことについて説明してくれ」
「はい」
僕はあの事件についてなるべく詳細に説明した。ラナやスーザンさんに出会ったこと、老人たちを介護したこと、養鶏場を購入したこと、そして……サイモンを殺してしまったこと。ありのまま全てを話した。
「なるほど。やっぱり予想通りの事件だったな」
クロード卿が暗い顔で頷いた。
「サイモンは騎士の恥……いや、この王国の恥だった。今の話でもう一度確信した。あいつは死んで当然のやつだったと。お前の行動は正しかった」
「しかし……」
僕は何か言おうとしたが、結局口を黙った。
「……お前の気持ちも理解している」
クロード卿が沈んだ声で言った。
「お前は優しい人間だ。いくら相手が救いようのない人間だとしても……殺人だけはしたくなかっただろう。騎士でも殺人の罪悪感に苛まれる人がいるほどだから……それはある意味当然の反応だ」
クロード卿は手を伸ばして、僕の肩を軽く叩いた。
「でもこれだけは言っておく。お前がサイモンのやつを止めてくれたおかげで……より多くの被害者を出さずに済んだ。お前が自分の手を汚したおかげだ。それだけでもこの王国から感謝されるべきだ。だから……罪悪感で自分を否定するな」
その揺るぎない声が僕を救ってくれた。
「もうじき警備隊のやつらがお前を尋問するはずだけど、恐れることはない。さっきのようにありのままのことを話せばいいんだ」
「はい」
「俺は魔導士様と一緒にお前を救い出す方法を講じてみるよ。弁護以外にもいろいろ手を尽くす必要があるだろうから」
「本当に……ありがとうございます」
「お礼はここを出てから言え」
クロード卿は笑顔を見せたから、僕たちを見つめている看守に「おい」と話しかけた。
「裁判が始まる前に、もしアルビンに何かあったら……お前ら許さないからな」
「は、はい!」
看守に釘を刺して、クロード卿はまた僕の肩を軽く叩いた。
「じゃ、また来るよ。体を大事にしていろ」
「はい」
僕はクロード卿の後ろ姿が見えなくなるまで、微動もせずに見つめた。
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クロード卿の話し通り……暫くして警備隊による尋問が始まった。
僕は手を鎖で縛られて、牢屋の外へ連れて行かれた。本当に久しぶりの日差しで目が痛かった。
外に出てやっと分かったけど、ここは王城の隣に位置する『王都警備隊本部』だった。その名称通り、王都の秩序を保つ警備隊の本拠地だ。王城の周りを歩いているとよく見かける建物だ。もちろん実際に入ったのはこれが始めてだけど。
僕は本館の小さな部屋で尋問を受けた。警備隊の偉い人が無表情で僕にいろいろ質問をして、僕は素直にありのままのことを話した。それで尋問は意外と簡単に終わり、僕はまた暗い牢屋に閉じ込められた。
何故尋問が簡単に終わったのか……僕は何となくその理由が分かった。警備隊の人々から見れば、王族を除けば最大の勢力を誇るレンダル家の人間を殺した時点で……僕の死刑はもう『確定』なのだ。だから事件の真相なんか別にどうでもよく、尋問なんて形式的なことに過ぎないわけだ。
僕は暗い牢屋で横になり、目を閉じた。状況は……やっぱり最悪だ。しかしまだ希望は残っていた。
「クロード卿……レオノラさん……」
そう、僕が信じている人々が……僕の最後の希望だった。