第81話.牢屋
ただただ暗かった。それは目を覚ましても同じだった。
「お、おい!」
暗い空間の中、誰かの声が聞こえてきた。
「こいつ……生きているぞ!」
生きている……? 僕のことを言っているのか?
胸が……痛い。水が飲みたい。
「てっきり死ぬかと思ったのに……」
「ちっ、面倒くさくなったな」
二人の男性の会話だ。たぶん僕について話している。
「これ、どうすんだ?
「仕方ない。俺が報告してくる」
足音が聞こえた。一人が去ったのだ。そしてもう一人は……僕に近づいた。
「お、おい!」
何かが揺れた。
「見えるか? おい!」
僕はやっと分かった。男が僕の目の前で手を振っていることを。
「み、水……」
『水をください』と言いたかったが、それすらできなかった。
「これ、水だ」
男が僕の口に革袋を当てて、水を注いでくれた。僕はゆっくりとそれを飲んだ。
これは……なんて美味しい水なんだ。もう水というより……生命そのものが僕の中に入ってくる。
「あ……」
『ありがとうございます』……その言葉を言い終える前に、僕は再び気を失った。
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再び目を覚ましても、暗い空間のままだった。
「ここ……は……」
しかし今回は……僕のいる場所の正体が分かった。ここは……牢屋だ。
松明の光が閉鎖された暗い空間を照らしていた。そして僕は鉄格子で隔離され、小さな部屋に閉じ込められていた。
別に驚くことはなかった。今の状況も、これから起きることも……僕は何もかも理解していた。
「あいつ……やっぱり死んでいないぞ」
「くっそ、本当に面倒くさいな」
鉄格子の外側に二人の男が立っていた。たぶん看守たちなんだろう。
「でも生きているから……食事を与えるべきではないか?」
「その必要はねえよ。所詮処刑されるやつだ」
看守たちが僕を見つめた。
「こいつは白金騎士団の騎士様を殺したんだからな。しかもレンダル家の人間を」
「あのレンダル家の人間を……」
「うん、だから死刑は確定だ。食事なんて心配するだけ無駄」
「そ、そうだな」
そう、僕はサイモン・レンダルを殺した罪で……牢屋に閉じ込められたのだ。
クロード卿から聞いた言葉を思い出した。『レンダル家は王族を除けば最大の勢力を誇る名門家』だと。そして平民の僕がその一員を殺した。もしかしたら裁判すらなく、このまま即決処分されるかもしれない。
硬い床の上で仰向けになったまま、暗い天井を見上げた。もう希望も怒りも気力も残っていない。まるで抜け殻にでもなった気持ちだ。
ふと自分の手を見つめた。震えていた。
「殺人……」
僕は現実から逃げるように目を閉じた。
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それからどれだけ時間が経ったんだろうか。日差しが入らない牢屋だから、閉じ込められてから何日後なのか、今が昼なのか夜なのかすら分からない。
僕はずっと仰向けのまま動かなかった。動く理由も気力もないからだ。
「おい」
看守の一人が鉄格子の扉を通って、僕に近づいてきた。
「これ……」
彼が何かを差し出した。それは……トウモロコシだった。
「お、俺がこんなこと言うのもなんだけどさ……やっぱり、何か食べた方がいいと思う」
僕は上半身を起こして、看守からトウモロコシをもらった。しかしそれを食べる気にはならなかった。
「その……君」
「はい」
「君だよね? 襲撃事件で人々を助けた青年……」
僕は答えなかった。
「君は覚えていないかもしれないけど……その時、君はある兵士の命を救った」
あの王立軍の兵士のことか……。
「それ、実は俺の従兄弟なんだ」
「え……」
僕は少し驚いて、看守の顔を見つめた。
「だから、少しでも恩返しがしたくてさ。今はこれくらいしかないけど、後でいろいろ持ってくるから……ちゃんと食べてくれ」
彼は真面目な顔だった。
「君の状況は俺も知っている。でも……どうか希望を捨てないでほしい」
「……ありがとうございます」
僕はお礼を言ってから、ゆっくりとトウモロコシを食べた。すると我慢していた涙が流れてきた。
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看守のおかげで、僕の体はまた人間として機能し始めた。しかしそんな僕を待っていたのは不安と心配だった。
僕が死刑されたら、妹たちはどうなるんだろう。レオノラさんやクロード卿はどう反応するんだろう。そして他の人たちは……。
考えれば考えるほど、悲観的になるだけだった。これでは希望を持とうとしても無理だ。
「アルビン!」
その時だった。牢屋の入り口の方から、聞きなれた男の声がした。
「アルビン、無事か!?」
白い金髪の美男者が僕を呼んでいた。背が高くて男前なその人は……。
「ク、クロード卿……!」
僕は思わず席から立ち上がり、涙を流した。