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羊飼いと亡国のお姫様  作者: 書く猫
第8章.初めての……
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第80話.激怒

 酷い頭痛の中……僕は目を覚ました。


「こいつ……もう起きたのか?」


 男の声が聞こえてきた。僕は体を動かそうとしたが……自分の手と足が縛られていることに気付いた。


「うっ……」


 手と足だけではなく、口も縄で塞がれている。僕は動くことも声を出すこともできないまま、床に座っている。


「思ったより頑丈なやつだな」


 また男の声が聞こえてきた。そしてぼんやりした視界に二人の男の姿が入った。まさか……強盗なのか!? 

 クロード卿の言葉を思い出した。貧民街は犯罪率が高いから注意しろ、と……。


「まあ、目を覚ましたなら……もっと楽しくなるだけだ」


 いや、待ってよ。この声……聞き覚えがある……!


「おい、アルビン。私が誰なのか分かるか?」


 僕はその男の顔に視線を集中させた。そしてやっとその正体が分かった。


「よ、舞踏会以来だな」


 その人は……サイモン卿だった。白金騎士団の騎士であるサイモン・レンダルだ……!

 何故この人が……? いや、まさか……。


「もうクロード卿から聞いただろう? 私はな、たまにこうやって社会のゴミ共を掃除しているんだ」


 サイモン卿が自慢げに何かを指さした。僕は首を回してその何かを見つめた。それは……抵抗もできないまま殺された老人たちの死体だった。


「で、掃除をしていたらいきなりお前が入ってきたんだ。こんな面白い偶然が起きるとはな」


 サイモン卿が笑顔を見せる。


「この女……お前の好きな女なんだろう?」


 今度はサイモン卿が誰かを指さした。それは……ラナだった。ラナは縛られてはいないけど縄で口を塞がれ、もう一人の男に両腕を掴まれていた。


「うっ……!」


 僕は立ち上がろうとした。しかしサイモン卿はそんな僕の頭を容赦なく蹴り飛ばした。


「くっ!」


 激痛と共に僕が倒れると、サイモン卿がまた笑顔を見せる。


「以前からお前のことが気に入らなかった」


 サイモン卿は倒れている僕の頭を踏みにじった。


「私は何年も王国のために戦ってきた。それなのにゴミ共を何人か掃除しただけで、後ろから殺人者とか言われている。一方お前は一日活躍しただけで英雄だと噂されている」

「くっ……」

「こんな理不尽があってたまるか。王国にとって何の役にも立たないゴミ共を掃除したことが何で殺人だ? お前みたいな平民が何で英雄と呼ばれているんだ?」


 サイモン卿がもう一度僕の頭を蹴った。意識が……遠ざかる。


「好きな女が暴行された後、無惨に殺されるところを見れば……お前も自分の罪の深さを思い知るだろう」


 サイモン卿の声は凍りつくほど冷たかった。


「おい、オトン」

「はい」

「まずその女の服を脱がせ。いや、破れ」

「はい」


 『オトン』と呼ばれた男は、ラナの服に手を伸ばした。そして次の瞬間……。


「がはっ……!?」


 悲鳴を上げたのはラナではなく、オトンの方だった。彼は首から血を流し、ゆっくりと倒れた。


「お、おい!」


 サイモン卿が慌てた。僕は何が起きたのか理解した。オトンがラナの手を離した途端、ラナが鋭い髪留めでオトンの首を刺したのだ。


「このゴミが……!」


 激昂したサイモン卿がラナに走りかかり、彼女の手から髪留めを奪い取って投げ出した。


「抵抗するなよ……ゴミのくせに!」


 サイモン卿が拳でラナを殴り始めた。ラナは騎士の腕力に対抗することもできなく殴られた。その無残な光景を目の前にして……僕の体の底からもう理解できないほどの熱が出てきた。


「うっ……!」


 熱が力に変わった。溢れ出るほどの力だ。僕はその力を以って手と足を動かそうとした。そして数秒後……僕の皮膚がちぎれると同時に、手と足を束縛していた縄が切れた。


「くっ!」


 体が自由になった瞬間、僕は全力で突進し……サイモン卿に激突した。サイモン卿はそのままぶっ飛ばされ、壁に衝突した。

 僕は自分の口を塞いでいる縄をむしり取った。そして倒れているラナを助け起こした。


「ラナ、逃げろ!」


 まだ口が塞がれているラナは何も言えず、ただ僕を見つめた。


「早く逃げろ!」


 僕が再び叫ぶと、ラナは少し戸惑った後……家の外へ逃げ出した。


「くっそ野郎が……」


 サイモン卿の声が聞こえてきた。


「まさか縄が切れるとは……驚いた」


 サイモン卿は歪んだ顔で剣を抜いた。僕も倒れているオトンの腰から剣を抜いた。それで僕とサイモン卿は互いの方に剣を向けて対峙した。


「お前は白金騎士団の騎士に手を出したんだ。もうお前を殺してもこっちは正当防衛なんだよ」

「あなただけは……」

「ん?」

「あなただけは許さない……!」


 僕の全身は燃え上がるほどの熱に包まれていた。そしてその熱が僕に教えてくれていた。この人だけは……こいつだけは……生かしておいてはいけないと……!


「へっ、誰が誰を許すんだ? このゴミ野郎が!」


 サイモンが僕の首を狙って剣を振った。僕も迷わずそれに反撃した。


「うっ!?」


 二人の剣が衝突し、サイモンが後ずさった。


「こいつ……」


 勝てる。騎士ですら今の僕の身体能力には及ばない。勝てる……!


「はっ!」


 気合と共に僕はサイモンを攻撃した。単純な動きだけど、召喚獣すら両断した一撃だ。いくら騎士だとしても……!


「くっ……」


 しかし……先に傷を負ったのは僕の方だった。サイモンは僕の攻撃をかわし、巧妙な反撃で僕の左肩に傷をつけた。


「剣術はまだまだ未熟だな」


 サイモンが嘲笑った。その通りだ。僕はまだ初心者で、相手は白金騎士団の騎士だ。いくら身体能力が強化されても……剣術の差があまりにも大きい。

 『剣を持っている時は頭を冷やして、感情と理性のバランスを崩すな』……いつかクロード卿がそう教えてくれた。僕はその教えに従い、燃え上がる感情を抑えようとした。


「実力の差が分かったなら……いい加減死ねよ!」


 サイモンは華麗な剣術を駆使した。最初は僕を舐めていたけど、もう全力で殺そうとしているのだ。僕は少しだけ冷静を取り戻し、集中して守りに入った。


「うっ……!」


 また傷を負ってしまった。右足から血が流れてくる。やっぱり剣術の差があまりにも……いや、絶望するな。何か方法があるはずだ!

 その時……再びクロード卿の教えが頭の中に浮かんだ。『体と心を自由にして、あらゆる状況に柔軟に対応する』……つまり『柔軟に戦え』という言葉だ。そう、剣術で勝てないなら……剣術以外の方法を探せばいい!

 感情を抑えて、視野を広げた。すると部屋の隅に落ちている何かが見えた。あれは……短剣だ。ケイト卿からもらった短剣だ。たぶん僕が気を失っていた間、サイモンが僕の懐から取り上げて捨てたんだろう。

 僕は足を動かし、短剣が落ちているところまで移動した。


「何しているんだ? 逃げ場なんてないんだよ!」


 サイモンが僕を追い付けて剣を振るった。その鋭い攻撃に対し……僕は手に持っていた剣を投げて反撃した。


「おっと!」


 サイモンは投げられた剣をいとも簡単に回避した。それで僕は手ぶらになり、サイモンは笑顔になった。


「もう、本当に……死んでくれよ!」


 絶好の機会を逃さず……サイモンが突進してきた。同時に僕は手を伸ばして……床に落ちていた短剣を手にした。そしてサイモンの剣が僕に迫ってくることを直視しながら……短剣を鞘から抜いて、全力で投げた。


「うぐっ……!?」


 サイモンが低い悲鳴を上げた。短剣がやつの首筋に刺さったのだ。白金騎士団の騎士であるサイモンは……白金騎士団の文章が刻まれている短剣に倒れた。


「うっ……」


 僕の口からも低いうめき声が漏れた。視線を落とすと……僕の体から大量の血が流れてきて、床に血だまりを作っていた。

 血と共に……燃え上がるような感情も、溢れ出る力も抜けていった。もう僕には立っている気力さえ残っていなかった。

 目の前が真っ黒になった。どうかラナだけでも無事であってほしい……そんな考えをしながら、僕は自分が作った血だまりの上に倒れた。

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