第73話.目撃
思えば僕はいつも人々に恵まれていた。
辛い時もあったけど……いつもアイナが傍にいてくれたし、僕のことを心配してくれる人々もたくさんいた。おかげで僕はいつも希望を失わずにいられた。
そう、僕の中の希望は……決して僕一人で作ったものではない。頼っていた人々からもらったものだ。その事実を僕はもう一度思い知った。
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僕が頼っていた人々が全部いなくなったわけではない。レオノラさんとクロード卿はまだ王城にいる。おかげで僕は以前とあまり変わらない日常を送ることができた。
レオノラさんは『王都全体を守る結界』を開発していた。彼女の説明によると結界の力が込められた石碑を建造し、王都の所々に配置する予定らしい。完璧な方法ではないけど、今のところではそれが最善だそうだ。
クロード卿は治安を維持する任務を任されて、午後になると革鎧を着て王城の周囲の見回りすることになった。
「まったく……のんびりしていたのによ」
クロード卿が苦笑した。
「まさか俺やサイモンみたいな問題児にまで見回りをさせるとはな」
王城の騎士たちは、一部を除いてほとんどが姫様と一緒に行ってしまった。おかげでクロード卿まで見回りをしなければならなくなったのだ。
「クロード卿」
「ん?」
「その……このままでは戦争が起こったりするんじゃないでしょうか」
クロード卿と一緒に見回りをしながら、僕は一番気になっていたことを聞いた。
「安心しろ。その可能性は低い」
「でもカルテア王国の軍隊と衝突があったと……」
「そんな小さな衝突はいつものことだ。それで戦争が起こるんならもう10回は起きた」
クロード卿は落ち着いた声で説明を続けた。
「本当に戦争が起こるかどうかはな……商人たちの動きを見れば分かる」
「商人たちですか?」
「ああ、戦争には莫大な量の物資が必要だ。その物資を調達するのが商人たちだから……戦争の前には彼らの動きが活発になる。しかしカルテア王国にそういう動きはないらしい」
「なるほど」
「もちろん突発的な戦争もあるから、完全に可能性がないとは言えないけどな」
確かに一理ある。しかし……。
「しかし……今回は国王陛下と姫様が直接軍隊を統率なさっているじゃないですか。それは戦争の可能性が高いからではありませんか?」
「いや、そこには別の理由がある」
別の理由?
「国王陛下と姫様が直接軍隊を統率なさっているのは……姫様のためだ」
「……どういう意味ですか?」
「姫様はいずれ女王になられるお方だ。そして女王としての資質も持っておられる。しかし一つだけ……人々が疑問を感じているところもある」
クロード卿の声が少し小さくなった。
「姫様は優しくて賢明なお方だ。しかし一国の王には……戦争の時、軍隊を率いて敵を打ち破る『指揮能力』が必須だ。多くの貴族たちは、女性が果たしてその『指揮能力』を見せられるかどうか……疑っている」
なるほど……。
「『女王の親衛隊』を養成しているのも、国王陛下がわざわざ姫様を連れて出陣なさったのも……全て未来の女王のためだ」
我が王国を率いるために、姫様は想像を絶する努力をしてきたに違いない。本当に……僕なんかの手に届く存在ではないのだ。
「アルビン」
「は、はい」
「お前、最近ちょっと変わったな」
「そう……ですか?」
「ああ」
クロード卿が頷く。
「ついこの間までは、まだまだ『少年』という感じが残っていたのに……最近は本当に『青年』という感じだ」
「自分ではよく分かりません」
「何か悩みでもあるのか?」
「いえ……」
僕は首を横に振った。
「確かお前の妹さん、エリン・ダビール女伯爵様と一緒にパバラ地方へ旅立ったっけ? そのことが心配なのか?」
「それは確かに心配ですが、妹が自ら決めたことだから……もう自分ではどうしようもありません」
「なるほどね」
そう、もう妹たちは僕に頼ってばかりの存在ではない。
「まあ……人には言えない悩みを抱えてこそ、学べるものもあるしな。でも何か言いたくなったらいつでも気軽に言え。聞いてやるから」
「ありがとうございます」
言えない……『実は姫様に恋慕しています』とか、言えるはずがない。
今まで僕はいろんな人々に頼ってきた。しかし……今は一人で何とかするしかない。一人で耐えるしかない。
「は、離せ!」
いきなり声が聞こえてきた。クロード卿と僕は声がした方向を振り向いた。
「離せ! 離せ!」
一人の男が二人の警備隊に両脇を抱えられ、連れて行かれていた。その男は……耳が尖っていた。
「……またエルフ族の犯罪者か」
クロード卿が沈んだ声で言った。
「お前も聞いたことあるだろう? 『エルフ族とは関わらない方がいい』という言葉」
「はい、聞いたことあります」
「あれが……その理由だ」
エルフ族の男が抗うと、二人の警備隊が彼を殴って制圧した。
「可哀想なやつめ」
クロード卿の顔が強張った。
「王都のエルフ族はほとんどが極貧民だ。やつらには飢え死にするか、奴隷みたいに酷使されるか、犯罪に手を出すか、それとも体を売るか……そういう選択肢しかない」
「そんな……」
「よく見とけ。あれも現実だ」
警備隊に制圧されてエルフ族の男は、地面に伏せたまま顔だけ上げていた。その顔には怒りと絶望だけが満ちていた。
エルフ族についての噂なら何度も聞いた。しかし彼らの現実を直接目撃して、僕は何とも言えない切なさを感じた。しかし今の僕にできることは……何もなかった。