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羊飼いと亡国のお姫様  作者: 書く猫
第8章.初めての……
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第72話.孤独

 扉を開くと、いつも通りの妹がいた。その姿を見ているだけで心が少し楽になる。しかし妹は……アイナは僕がいつも通りじゃないことに気付いた。


「お、お兄ちゃん……大丈夫?」


 今、僕はどんな顔をしているんだ? たぶんみっともない顔だろう。

 僕の中の『世界樹の実』は、僕が酷い傷を負ってもすぐ回復させる。しかし世界樹の実すら……心の痛みを癒すことはできない。


「お兄ちゃん、もしかしてまた病に……」

「いや、違う」


 僕はなるべく平静を装って答えた。


「ちょっと疲れているだけだ」

「本当?」

「うん、心配するな」


 アイナの瞳から不安が感じられたが、結局その話題はそこで終わった。

 僕とアイナは一緒にベッドに座った。こうしていると、まるでデイルの村に住んでいた頃に戻ったようだ。


「そう言えば、お前と二人きりでいるのも久しぶりだな」

「うん」


 僕はアイナの頭を撫でてやった。

 アイナはずいぶん変わった。服装も変わったけど、もう本当に王城の侍女らしい態度になった。どこか気品さえ感じられて、数ヶ月前まで田舎の少女だったとは信じられないくらいだ。僕は……別に何も変わっていないのに。


「それで、朝早くから何の用だ? エリンは?」

「エリンちゃんは他の侍女さんたちと一緒にいる」

「そうか。じゃ……」

「実はね、お兄ちゃんに話しておかなければならないことがあるの」


 話しておかなければならないこと……?


「何だ、それは」

「それが、エリンちゃんと私……明日から王都を離れてパバラ地方に行くことになったの」

「……何?」


 一瞬、妹の言葉が理解できなかった。


「難しいことは分からないけど、パバラ地方で大変なことが起きたみたい。だから領主のエリンちゃんが行かなければならないって……」

「でも……エリンはついこの間まで、呪いのせいで命が危なかったじゃないか」

「そのことで魔導士様と相談したけど……もう大丈夫らしい」


 そんなはずがない。エリンはまだ子供だ……!


「それに、エリンちゃんを守るため……国王陛下と姫様が直接軍隊を率いる予定だって」

「国王陛下と……姫様が?」

「うん、このことは秘密だけど……エリンちゃんがお兄ちゃんにだけは伝えてもいいと言ったの」


 一体何がどうなっているんだ? じゃ本当に明日から……アイナとエリンに……会えなくなる?


「私、お兄ちゃんと離れたくないけど……エリンちゃんの傍にいてあげなきゃ駄目だから……」


 普段の僕なら『当然だ、エリンの傍にいてあげて』と答えたはずだ。しかし今の僕は……。


「……お兄ちゃん?」


 アイナが心配げな眼差しで僕を見つめた。

 不思議な気持ちだった。デイルの村を離れた時とは正反対だ。今度は僕がアイナに『行かないで』と言いたい。しかし……それはできない。


「ああ、エリンの傍に……いてあげて」

「……うん」


 僕はやっと気付いた。アイナは服装や態度だけ変わったわけではない。ここ数ヶ月で……妹は強くなっていた。


---


 朝の支度を終えた僕は、早速『魔導士の塔』に入った。


「アルビン君、おはよう」

「おはようございます」


 普通に挨拶を交わした直後、レオノラさんが目を丸くした。


「アルビン、どうしたの? 顔色が悪いよ?」

「ちょっとよく眠れなかっただけで……大丈夫です」

「そう?」


 今は僕のことはいい。それより……。


「それよりレオノラさん、エリン・ダビール女伯爵様が……パバラ地方に行かれることになったと聞きましたが……」

「その話、誰から聞いたの?」


 レオノラさんの声が冷たくなった。


「そのことについては今日公表する予定よ。つまりまだ関係者しか知らない情報だわ。それなのにアルビン君は一体誰から聞いたの?」

「それは……」

「……エリン・ダビール女伯爵様からでしょう? アルビン君の妹さんを通じて」


 正解だ。僕は驚きを隠せなかった。


「アルビン君と女伯爵様が特別な関係であることはもう知っているわ。アルビン君は女伯爵様のことを妹のように思っているんでしょう?」


 まさか……もう知られていたのか。


「二人の間に何があったのか、詳しく聞くつもりはない。でもこれはもう女伯爵様も了承したことよ」

「でも、女伯爵様にはあまりにも危険な……」

「先日、パバラ地方から不穏な動きがあるという知らせが届いたの」

「不穏な動き……ですか?」

「そう」


 レオノラさんが冷たい口調で説明を続ける。


「カルテア王国の軍隊と軽い衝突があったらしい。そしてそれと同時に『自分の領土も守れない女伯爵など要らない』という不満が広まっているらしい」

「そんな……」


 もしかして戦争や反乱でも起こるのか? そんな……。


「だからこそ女伯爵様が直接行かれる必要があるの。万が一の事態を防ぐためにね。そして国王陛下と姫様が王立軍を指揮し、女伯爵様を保護なさるの」

「じゃ、呪いはどうしますか?」

「アルビン君が心配する必要はないわ」


 レオノラさんが首を横に振った。


「もちろん呪いは恐ろしいけど、そこまで強いわけでもない。もしそうだったら国王陛下か姫様が呪いの目標になったはずでしょう? しかし健康な成人を呪いで害することはとても困難。女伯爵様が呪いの目標になった理由の一つは、まだ幼いからに違いない。でも今の女伯爵様は……アルビン君のおかげで健康も気力も精神も強くなった。ゆえに問題ないと判断したの」

「しかし……」

「アルビン君」


 レオノラさんが冷静な顔で僕を見つめる。


「アルビン君が妹をどれだけ大切にしているか、よく知っている。しかしいくら大切にしている妹でも、時には離れる必要もあるの。いつまでもお兄さんに頼っているわけにはいかないでしょう?」

「……はい」


 確かに……もう僕がどうこう言えることではない。


「それにアルビン君と私は、仮面の魔導士から王都の守る任務を任されたわ。そのことを忘れないで」

「はい」

「まあ、体の調子が悪いなら今日は少し休みなさい。そして夕方に女伯爵様の部屋を訪ねてね」

「はい」


 僕は素直に頷いた。


---


 そして夜になり、僕はエリンの部屋を訪ねた。いつも通り二人の妹がそこで僕を待っていた。


「お兄ちゃん……」

「アイナ、少し席を外してくれないか」

「うん」


 アイナが部屋を出ると、僕はエリンと二人きりになった。僕はベッドの近くの椅子に座って、エリンと見つめ合った。


「私、行かなければならない」


 エリンが先に口を開いた。


「いつかお兄さんが言ってくれたでしょう? 『間違いを正すためにも、君はここで死んではならない』と」

「ああ」

「私がパバラに行かないと、その間違いはもっと大きくなるかもしれない。だから……お兄さんの言葉通り、私の手で間違いを正したい」


 エリンの声は小さかったけど、11歳の少女とは考えられない意志が込められていた。

 エリンは多くの人々のために危険を冒そうとしているのだ。そんなエリンに『行かないで』ということはできない。


「そう……エリンならきっとできるさ」

「ありがとう」


 僕とエリンは手を繋いで、しばらく何も言わないまま時間を過ごした。

 二人の妹は強くなっていた。二人ともまだ11歳なのに……本当に強くなっていた。それなのに僕は……一人では耐えられないほど弱くなっていた。


---


 次の日……国王陛下と姫様の指揮の下、王立軍がパバラ地方への進軍を始めた。その中には僕の二人の妹もいた。

 姫様のことは……もう考えれば考えるほど辛いだけだ。誰かに頼って、甘えて、全部忘れてしまいたい。しかし僕が頼っていた二人の妹は……姫様と一緒に行ってしまった。

 もちろん妹たちの決定は正しい。多くの人々のために危険を覚悟して決めたことだ。ただ今の僕には……その正しい決定がとても辛かった。

 僕は自分の部屋に戻って、ベッドに横になった。そして妹たちの不在の大きさを感じた。

 二人の笑顔はいつも僕に力を与えてくれた。僕の心を満たしてくれた。しかし二人の笑顔が一番必要な今……二人は僕の傍にいなかった。

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