第71話.恋慕
僕は……エルナン王子に嫉妬している。それはもう否定できない事実だ。
何故命の恩人である王子に嫉妬しているんだ? 王子がかっこいいから? 王子が賢明だから? 剣術も弓術も一流だから?
いや、違う……それらは根本的な理由ではない。根本的な理由は……僕は僕自身も知らないうちに……姫様に恋慕しているからだ。もうこれも否定できない。
ふと笑いが出た。僕は数ヶ月前まで田舎の羊飼いだった。姫様は想像の中の存在だった。僕にとっては、姫様の姿を見られるだけで光栄だったのだ。そんな僕が……姫様に恋慕していたなんて。身の程知らずにも程がある。
いつからだ? いつから僕は姫様に恋慕していたんだ? その疑問の答えはすぐ分かった。出会った最初の日だ。あの夜……一緒に命をかけて古代エルフの遺跡の中を駆け回りながら……僕は姫様が本当に特別な人だと思った。本当に賢明で……優しい人だと。あの時はまだ彼女が姫様だということすら知らなかったのに。
そしてその次の日……姫様が僕に助けを求めた。僕は人々を助けたくて姫様の頼みに応じたが、心の片隅では……姫様の力になれて嬉しかった。
しかし僕は、結局何も持っていない田舎の平民だ。リナさんの言葉通り……姫様にとっては、僕なんかと親しくなること自体がもうよくないことだ。
理解していた。それでもいいと思った。言葉を交わせなくても、会えなくても、触れなくても……それでもいいと思った。たまに遠くから姫様の元気な姿を確認するだけでいいと思った。
そう、彼が現れるまでは……。
「君、大丈夫か!?」
襲撃事件の時……僕を助けてくれたエルナン王子の姿を、僕ははっきりと覚えている。僕なんかとは比べ物にならないほどかっこよかった。そしてその時から何となく感じていた。この人こそが……姫様にふさわしいと。
「姫様と……ペルガイアの王子様だよ!」
「ダンス時間の仕上げとして、両国の王族が皆の前で一緒に踊るのよ」
しかし舞踏会の時、二人のとても美しい姿を見つめながら……僕は悲しかった。エルナン王子こそ姫様にふさわしい人だと思っているのなら、二人を心から応援するべきなのに……僕にはそれができなかった。
僕は王子に嫉妬している。そのかっこいい姿を、その賢明さと強さを、そして何よりも……姫様と一緒にいられることを。だから心から応援することができない。
また笑いが出た。僕なんかが一国の王子に嫉妬してどうするんだ? 命の恩人を嫉妬してどうするんだ? 偶然『世界樹の実』に選ばれなかったら、何一つ特別ではない僕なんかが姫様に恋慕してどうするんだ……!?
嫌いだ。こんな自分が……とても嫌いだ。
「お前ってやつはな……純粋というか何というか」
「本当に無欲なやつだな、お前」
すみません、クロード卿。僕はそういう人間ではありません。
「アルビン君のことを見ていると、ちょっと不思議な感じがする」
「うん……まるで自分の欲望がなく、妹のために生きている人間みたい」
すみません、レオノラさん。それは違います。
僕は目をつぶった。しかしいつまでも眠れなかった。
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いつの間にか朝になっていた。朝の日差しが窓から部屋の中に侵入し、何もない空間を照らしていた。
いつもの僕ならもう起きて朝の支度をしているはずだ。しかし今日は何故か体が動かない。別に体の調子が悪いわけでもないのに。
ふと頭の中に妹たちの顔が浮かび上がった。そう……あの子たちはどんな時でも僕の味方になってくれるはずだ。こんな僕でも……あの子たちは歓迎してくれるはずだ。そろそろ起きて、妹たちを見に行こう。
その時だった。誰かが僕の部屋の扉をノックした。
「お兄ちゃん」
そして聞こえてきたのはアイナの声だった。