第66話.力を生み出すもの
「アルビン君?」
誰かが……僕を呼んでいる。
「アルビン君?」
「……はい」
答えると同時に目を覚ました。すると見慣れた空間と見慣れて人の姿が見えてきた。
「気が付いたの? 気分はどう?」
「大丈夫です……レオノラさん」
「よかった」
そこは魔導士の塔の内部で、僕を呼んでいたのはレオノラさんだった。僕は実験台の上で上半身を脱いだまま仰向けになっていた。
気を失う直前のことが思い浮かんだ。エルナン王子の童話みたいな姿、獅子騎士団の騎士たち、正体不明の人と無数の召喚獣……そして戦場と化した王都の街。
「あの後……どうなったんですか? 人々は? 王子様は?」
僕は上半身を起こして質問した。
「負傷者は多数だけど……幸いなことに死者はいない」
「それは……よかったですね」
レオノラさんの答えに安堵した。
「流石は獅子騎士団ですね。あれだけ激戦だったのに、死者がいないなんて」
「獅子騎士団だけの力ではないの」
「はい?」
「騎士たちから話を聞いた。アルビン君が多くの野獣を倒し、人々を救ったって」
その言葉で、僕は自分に起きに不思議な現象を思い出した。
「レオノラさん、実を言うとあれは……」
「分かってる。魔法を使ったんでしょう?」
レオノラさんが僕の胸に手を当てた。
「アルビン君は魔法を使い過ぎて倒れたの。それも以前と同じく、かなり高位の魔法を」
そう、あれはどう考えても魔法としか説明できない。
「魔法を使った当時のことを、詳しく説明してくれる?」
「はい」
僕は実験台に座って説明を始めた。戦いが始まり目先で兵士が倒れたこと、不思議な力が溢れ出てきて人々を助けたこと、最後には王子に助けられたこと……。
「なるほど、そういうことがあったのね」
僕の説明を聞いて、レオノラさんが頷いた。
「『魔法による身体強化』はそこまで珍しいものではない。しかしそんなに強くなるなんて……流石古代エルフの魔法だね」
「はい……僕自身さえ理解できないほど力でした」
レオノラさんは少し考え込む。
「……しかし、これでアルビン君が魔法を使う条件が分かったかも」
「そうですか?」
「うん、もちろんこれも仮説だけど……答えはアルビン君の『感情』なのかもしれない」
「感情……」
「アルビンが何か強い感情を抱いた時、それに反応して『世界樹の実』が力を発揮する……それなら今回の件も、以前の件も説明できる」
レオノラさんが腕を組んで話を続ける。
「たとえば今回はアルビン君の『人々を助けたい』という強い感情に『世界樹の実』が反応して、アルビン君の身体を強化させた……ということ」
なるほど……それなら確かに何もかも説明できる。
「もしそれが正解なら、たぶんアルビン君は以前にも何回か魔法を使ったはずよ。単に誰も気付かなかっただけ」
「そんな……」
「ある意味、温厚なアルビン君が世界樹の実に選ばれて幸いだね。他の人がそんな力を手に入れたら大変なことが起きたかも。いや、もしかしてそれこそが……」
もしかしてそれこそが、僕が世界樹の実に選ばれた理由なのかもしれない。レオノラさんも僕もそう考えていた。
「……とにかく、今は『仮面の魔導士』について対策を立てるべきよ」
「『仮面の魔導士』……?」
「召喚獣を使って王子一行を襲撃し、姿を消したあの魔導士よ」
「あ……」
僕は頭の中で黒い仮面を被った人の姿を思い浮かべた。
「召喚獣も古代エルフの魔法で、今の時代ではそう簡単に再現できるものではない。しかし仮面の魔導士はいとも簡単に100を超える召喚獣を使った。とんでもない実力者だわ」
「もしかして、その人が……」
「うん、女伯爵様に呪いをかけたのもたぶん同じ人物のはず」
僕とレオノラさんの視線が交差した。
「仮面の魔導士の意図は明確だわ。我が王国を……危機に追い込もうとしている」
レオノラさんの顔が強張る。
「数ヶ月前、仮面の魔導士は呪いで女伯爵様の命を奪い、我が王国とカルテア王国の間の戦争を起こそうとした。そして今回は……エルナン王子様を襲撃して、ペルガイア王国との関係を悪化させようとしたの」
「何故そんな恐ろしいことを……」
「正直に言って、理由は大事ではない。大事なのは仮面の魔導士を阻止することよ」
それはそうかもしれない。でも……やっぱり知りたい。何故そんな恐ろしいことをしようとしているんだろう?
「もう信頼できる魔導士たちに連絡しておいたの。この王都に集まって、皆で対策を講じるつもりよ」
レオノラさんの真面目な眼差しが僕に向けられた。
「そしてその対策の鍵になるのは……アルビン君、あなたよ。あなたの体内の『世界樹の実』こそが、仮面の魔導士を阻止するための力になるはず」
もし阻止できなかったら……たくさんの人々が苦しむことになるだろう。それだけは絶対駄目だ。
「仮面の魔導士も、今頃はアルビン君の存在に気付いているはず。当分の間、王城の外には出ないように」
「分かりました」
一体『仮面の魔導士』はどういう人なんだろう? 僕は頭の中でいろいろ想像してみたけど……もちろん答えが出るはずがなかった。