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羊飼いと亡国のお姫様  作者: 書く猫
第7章.隣国の王子様
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第63話.ペルガイアの王子

 強い日差しが王都を照らし、人々の服装が軽くなった。それは即ち夏の始まりを意味していた。

 去年の夏、僕は田舎で『地平線の向こうにある王城の姿』を想像していた。そして今年の夏……僕はその王城に住んでいる。

 変わったのは住んでいる場所だけではない。僕とアイナは人生そのものが変わった。それに何よりも、僕たちにはもう一人の家族ができた。


「アルビンお兄さん!」

「エリン……?」


 久しぶりに妹の部屋を訪ねた僕は、思わず驚いてしまった。病弱でいつもベッドに寝ていたエリンが……両脚で立っていた。


「自力で歩けるようになったの! どう? 凄いでしょう?」


 エリンはふらつきながらも一歩歩いて見せた。


「エリンちゃん、あまり無理しては駄目」

「大丈夫だよ、アイナちゃん!」


 僕とアイナが心配げに見つめたが、エリン本人はとても楽しい笑顔だった。数ヶ月ぶりに歩けるようになったから無理でもない。


「……え」


 また一歩歩こうとしたエリンが見事にこけてしまった。僕とアイナは驚いて駆けつけた。


「エリン、大丈夫!?」

「だ、大丈夫だよ……えへへ」


 僕はエリンを助け起こした。エリンは笑顔のままだった。


「お兄さんとアイナちゃんがいるからね。こけても楽しい!」

「いや、そんな無茶な……」


 思わず苦笑が出てしまったが、可愛い妹の元気な姿は嬉しかった。


「もしかしたら今度の舞踏会に参加できるかも」

「舞踏会……?」

「あ、そう言えばお兄さんにもアイナちゃんにもまだ話してなかったね」


 エリンはベッドに座って、説明を始めた。


「実はね、『ペルガイア』の第2王子がここを訪問する予定なの。そしてそれを記念に舞踏会が開かれるわけ!」


 ペルガイア……その国については本で読んだことがある。『獅子騎士団』を保有している軍事強国で、比較的小さな国だけど戦争ではとても強いらしい。

 なるほど、そのペルガイアの第2王子が……この王城を訪問するのか。


「王子様!?」


 アイナが目を輝かせた。昔からこの手の話には弱い。


「本当に王子様が来るの!?」

「うん。でもアイナちゃん、王子だからって変な幻想抱いては駄目だよ」


 エリンが人差し指を立てて左右に振った。


「北の国の公爵とか、海の向こうの王子とか、いろいろ見たけど……皆ろくでもない人たちだったわ」

「そうなの?」

「うん、周りのレディたちをもう自分の物だと考えている。私から見ればそんな人たちより、アルビンお兄さんの方が……」

「お兄ちゃんが……?」

「と、とにかく! 王子にはまったく期待しないけど……舞踏会は楽しみ!」

「うん、私も見てみたい!」


 それから妹たちの楽しい会話が始まった。

 舞踏会か……魔導士の助手である僕とは別に縁のない話だ。でもペルガイアの人々ならちょっと興味がある。もしかしたら『獅子騎士団』の騎士が王子の護衛を務めるかもしれない。あの噂の強者たちをこの目で確かめたい。


---


 ペルガイアの王子の訪問日が近づくと、王城の内部には緊張感が漂い始めた。侍女たちも兵士たちもいつもより頑張って仕事をしている。まあ、隣国の王子の訪問だから気を使うべきだろう。

 でも魔導士の助手である僕はいつもと同じだ。午前にはクロード卿と一緒に訓練をして、午後にはレオノラさんの研究を手伝う。王子とか舞踏会とか、僕とは関係のない話なのだ。


「アルビンさん」


 ある夜、居所に向かっている僕を誰かが呼び止めた。その声は……リナさんだ。


「リナさん、お久しぶりです」

「お久しぶりですね」


 ここ最近、リナさんと顔を合わせる機会がなかった。たぶんリナさんも舞踏会のことで忙しいんだろう。

 久しぶりに会ってみると、リナさんも夏用の軽い服装だった。しかし服装は変わっても彼女の美貌はそのままだ。


「最近、アルビンさんはクロード卿と一緒に行動しているみたいですね」

「はい、クロード卿からいろいろ教わっています」

「あの悪名高い『従者なき騎士』から学ぶことがあるのですか?」


 僕は首を横に振った。


「その悪名は表面的なことでしかありません。むしろクロード卿はケイト卿と同じく、理想の騎士そのものです」


 僕は言葉を聞いて、リナさんが笑顔になる。


「ふふ……それは存じていますよ」

「そうですか?」

「ええ、戦闘を放棄して逃げたのは駄目でしたが……それでもクロード卿は名誉ある騎士です」


 リナさんはそこまで知っていたのか。流石姫様の侍女だ。

 ふとある考えが僕の脳裏をよぎった。クロード卿はリナさんのことが好きだ。しかしリナさんはクロード卿のことをどう思っているんだろう?

 できればこの二人が……幸せになって欲しい。僕が尊敬しているクロード卿と、僕が憧れているリナさんが結ばれたら……僕としてもこの上ない喜びだ。


「あの……リナさん」

「はい?」

「その、リナさんは、クロード卿のことを……」


 でもなかなか口から言葉がでなかった。そもそも僕はこういう『恋愛話』についてはまったくの門外漢だ。


「……私がクロード卿のことをどう思っているのか、それを聞きたいんですか?」

「は、はい!」


 リナさんが少し嘲笑うような顔になった。


「あのお方が私に対して恋心を抱いているってことは、もう存じています」

「そ、そうですか?」

「はい、でも私は別に興味ありません」


 ま、まさかここまではっきり答えるとは……。


「で、でもクロード卿は本当にかっこいいお方で……」

「確かにかっこいいお方なのかもしれません。しかしだからといって、私があのお方のことを好きになる必然性はどこにもありません」


 確かにそれは……そうだけど。


「そもそも私は恋愛というものに興味がないんです。できればクロード卿にもそう伝えてください」

「わ、分かりました」


 僕は心の中でクロード卿のために泣いた。


「そんなことより、アルビンさん」

「はい」

「魔導士様から話は聞きました。アルビンさんが自分も知らないうちに魔法を使ったと」

「はい」


 僕は軽く頷いた。


「どういう魔法だったのか、心当たりはありませんよね?」

「はい、まったくありません」

「それは少し困りましたね……」


 リナさんは視線を逸らして、王城の庭園の方を見つめた。


「今の時代の魔法は、そこまで万能ではない。しかし古代エルフの魔法なら話が違います。使い方によっては……この王国の運命をも変えるかもしれません」


 僕は何となく分かった。この美しくて聡明な女性は……何よりも王国の運命を案じているのだ。姫様と一緒に。


「どうかそのことを……お忘れなく」

「かしこまりました」

「では、私はこれで」


 リナさんはいつもの妖艶な笑顔ではなく、真面目な顔でその場を去った。

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