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羊飼いと亡国のお姫様  作者: 書く猫
第7章.隣国の王子様
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第62話.柔軟の境地

 サイモンと呼ばれた男からは、どこか気品が感じられた。貴族であることはまず間違いない。彼の後ろにはもう一人の男がいるけど……もしかして騎士と従者なのかな?


「噂は本当でしたね。クロード卿に従者ができたって」

「ああ、正式ではないけどいい従者だ」


 クロード卿が冷たい声で答えた。


「それよりサイモン、お前はいつ王都に戻ったんだ?」

「つい先日です。報告が遅くてすみません。これからよろしくお願いします」

「ああ」

「じゃ、私はこれで」


 サイモンはクロード卿に挨拶してから、もう一人の男と一緒にどこかへ行ってしまった。


「……今のは『サイモン・レンダル』というやつで、騎士団の後輩だ」


 クロード卿が僕の疑問を解いてくれた。やっぱりか。


「そうだろうと思っていました。もう一人の男性は彼の従者なんですね」

「ああ、でもやつには……関わるな」


 クロード卿の声が少し小さくなった。


「元々サイモンは王城での待機を命じられたが、ある事件を起こして国境の要塞に左遷された。しかしまさかこんなにも早く戻ってくるとはな」

「ある事件とは何ですか?」


 僕が事件について質問すると、クロード卿はため息をついてから説明を始めた。


「王都の西側には『貧民街』があるんだ。言葉通り貧民たちが集まっているところさ」

「『貧民街』……」

「王都は貧富の格差が酷い。貴族よりも富裕な人々がいる反面、飢えに苦しんでいる人々もいる」


 それは僕も何となく感じていた。『商業地区』の広場に集まっている大勢の人々は……本当に格差が激しい。僕ですら一目で分かるほどだ。


「数ヶ月前、その貧民街で若い女性の遺体が発見された。誰かの手によって殺害された、損傷の激しい遺体だった。それで警備隊が調査した結果……白金騎士団のサイモン・レンダルが犯人だと分かった」


 僕は自分の耳を疑った。ついさっきまで僕の目の前に立っていた、あの気品の感じられる人が……!?


「しかしやつは裁判すら受けなかった。被害者は何の力もない貧民で、やつはレンダル家の人間だからな」


 クロード卿がまたため息をつく。


「レンダル家は我が王国の中でも、王族を除けば最大の勢力を誇る名門家だ。もし裁判が開かれたとしても、サイモンのやつが有罪判決を受けることは絶対ない」

「いくら何でもそんな……」

「信じられないだろう? でもそれが現実だ」


 『王都は表こそ美しい都市だが、裏は陰険な企みが渦巻いている修羅場』……以前、リナさんが僕にそう言ってくれた。そしてクロード卿のおかげで僕はその言葉の意味がやっと分かった。


「裁判は開かれなかったが、騎士団長の命令でサイモンは国境の要塞に左遷された。それがこんなにも早く戻ってくるとは……俺すら予想できなかった」

「そんな人が未だに騎士だなんて……信じられません」

「まあ……俺も実家の力で未だに騎士をやっているから、そこには何とも言えないな」


 僕は首を横に振った。


「クロード卿の場合とは全然違います。クロード卿は人々を守ろうとしたんですが、サイモン卿は……」


 そう、二人は全然違う。それなのに……


「それなのにサイモン卿は裁判すら受けなかったから、名誉が傷つくこともなかった。こんな話……納得できません」

「その気持ちはよく分かる」


 クロード卿が僕の肩を軽く叩いた。


「さあ、早く甘い物を食べよう。そうすりゃ嫌な気持ちも忘れられるさ」

「……はい」


 僕は素直に頷いた。確かに甘い物でも食べたい気分だった。


---


 クロード卿と出会ってから、僕は『騎士』という存在についていろいろ考えるようになった。

 もちろん騎士たちが全て善人だと考えていたわけではない。悪人はどこにでも存在する。それくらいは僕も分かっている。

 それでも……僕は信じていた。多くの騎士たちは『弱きを助け強きを挫く』ために頑張っているはずだと。しかし……クロード卿の言う通り、そんな騎士は100人に1もいないかもしれない。

 しかもサイモン卿のような、どう考えても危ない人ですら騎士として認められている。悪人が存在すること自体はどうしようもないことだけど…… そういう人が認められていることは本当に問題だ。


「おい、アルビン。練習に集中しろ」

「す、すみません」


 僕は慌てて上段斬りの練習に集中した。


「……お前の気持ちも分かる。いろいろ複雑だろう。しかし剣を持っている時だけは目の前に集中しろ」

「はい!」


 そう、僕がいくら考えても……所詮答えなんかない。悲しい現実を受け入れて、それでも目の前に集中するしかない。

 僕は必死に体を動かした。そうしているうちに大分気持ちが晴れた。迷わず行動している時こそ、否定的な考えに飲み込まれずにいられるのかもしれない。


「あの、クロード卿」

「何だ」

「一つお聞きしたいことがあります」


 休憩の時間、僕は普段から知りたかったことを質問することにした。


「その……この世にはいろんな剣術がありますが、その中で一番強い剣術は何でしょうか」


 それは少し幼稚な質問だった。しかし白金騎士団の騎士の意見がどうしても聞きたい。


「最強の剣術か……そんなものは存在しない」

「そう……ですか?」

「ああ」


 クロード卿が笑顔で説明を始める。


「剣も剣術も、所詮道具にすぎない。そして道具は使い手によって威力が違う。もっと簡単に言うと、最も強いやつが使う剣術が最も強い……ということだ」

「確かに」


 言われてみれば確かにそうだ。クロード卿がどんな剣術を使っても僕より強いだろうから。


「でも……『限りなく最強に近い剣術』ならあるかもな」

「『限りなく最強に近い剣術』……?」

「ああ、それは『柔軟性』だ」


 クロード卿は手にしている木剣を軽く振った。


「俺はいろんな国のあらゆる剣術を身に付けたが、どれも長所と短所があって完璧ではない。しかしあらゆる剣術を全て凌駕して、必要な時に必要な技を柔軟に使うことができるのなら……もはや誰にも見切ることのできない、『形のない剣術』になる」


 そんなことが……。


「そんなことが……できる人がいるんですか?」

「お前の目の前にいるじゃないか」


 クロード卿が笑った。


「まあ、正直に言うと俺もそんな境地は一度味わっただけだ。戦争の時、多数の敵に囲まれた俺は無意識で剣を振った。そして敵を全滅させた後、座り込んで必死に考えてみたけど……俺が使った剣術の正体が分からなかった。それが『形のない剣術』だったからだ」


 クロード卿はまた木剣を軽く振った。


「もちろん剣術という形は大事だ。形を勉強しないと何も始まらない。しかし形に拘り過ぎて柔軟性を忘れてはいけない。体と心を自由にして、あらゆる状況に柔軟に対応する……それが『限りなく最強に近い剣術』だ」


 ケイト卿の従者であるヒルダさんも似たようなことを言っていた。『 一つの戦術に拘り過ぎて柔軟性を忘れてはいけない』と。そういう境地が僕にできるかどうかは正直疑問だけど……とにかく僕はその教えを心に刻んでおいた。

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