第60話.外出
「……間違いないわ」
1時間に渡る調査の後、レオノラさんがそう言った。
「アルビン君は自分も知らないうちに魔法を使った。しかも今まで報告されたことのない……高位の魔法を」
僕は上半身を脱いだまま説明を聞いた。
「これは回復魔法でも、呪いでもないし、攻撃魔法でも防御魔法でもない。まったく新しい魔法……としか言えない」
レオノラさんすら今までみたことのない魔法……一体何なんだろう。
「アルビン君は特別な現象を目撃していない…と言ったでしょう?」
「はい」
魔法と呼べるような不思議なことは何も起こらなかった。それは確かだ。
「効果が目に見えない魔法かも……でもアルビン君がどうやって魔法を使ったのかな」
レオノラさんが考え込む。
「アルビン君に魔法の素質はない。これは断言できる。しかし現にアルビン君は魔法を使った」
「矛盾ですね」
「いいえ、そうでもないわ。一つだけ可能性があるの」
「何ですか?」
レオノラさんが頭を上げて、僕を凝視する。
「以前話したでしょう? 誰かが『特定の条件を満たした人を、世界樹の実が選ぶように』設定したのかもしれないって」
「はい」
「その人が『特定の条件を満たすと、魔法が発動するように』設定したのかもしれない」
「なるほど……それで今度も僕が知らないうちにその条件を満たしたんですね」
「まあ、これも仮説だけどね」
何か怖くなってきた。僕は自分も知らないうちに『世界樹の実』に選ばれ、また自分の知らないうちにその力を使っている。しかもその力がいつ何をしたのかすら分からない。これではまるで……呪いだ。
「一応、危険な魔法ではなさそうだから……心配する必要はないと思う」
「はい」
「でも魔法を発動するための条件は一体何かしら」
「レオノラさんがいない間に僕がしたことは……やっぱりクロード卿との訓練ですかね」
「そうかもしれない。体を鍛錬しているうちに、何か特別な行動をしたのかも」
レオノラさんが頷く。
「よし、アルビン君。これからもその騎士と一緒に訓練して」
「いいんですか? 僕はレオノラさんの助手ですが……」
「いいの。ただし、訓練が終わったらすぐ私に来て。体を調べるから」
「分かりました」
僕としても、早くこの『世界樹の実』の謎を解きたい。じゃないとやっぱり少し不安だ。
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それで僕はクロード卿と訓練を続けることができた。僕としては普通に嬉しいことだった。
「装備の手入れが終わりました、クロード卿」
「ありがとう。しかしお前、もう完全に俺の従者だな」
「そうですね」
「これじゃ『従者なき騎士』として失格だ」
クロード卿が気持ちよさそうに笑う。
「実は俺、明日外出するつもりだけど……一緒に行かないか?」
「外出……ですか?」
「ああ。お前は王城に住んでから外に出たことがないんだろう? 息苦しくないか?」
「別に……」
「いや、そんなこと言わないで一緒に行こう。俺の従者になった記念に美味しいもの奢ってやるからさ」
こうなったらもうクロード卿の提案を拒否することはできない。
「分かりました」
「よし、魔導士様には俺の方から言っておく。明日が楽しみだな」
確かにちょっと胸がドキドキしてきた。明日が楽しみだ。
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そして当然にも時間が流れ、僕はクロード卿と一緒に王城を出た。
「どうだ、アルビン? これが『王都の街』だ」
僕は目の前の巨大な空間を眺めた。建物も、人々も、もう目が回るほど多い。
レオノラさんの本によると、王都には少なくとも5万人以上が住んでいるらしい。5万人……ずっと田舎に住んでいた僕には本当に目が回る数字だ。
「何をぼーっとしているんだ? 早く行こう」
「はい!」
でもクロード卿と一緒なら、いくら巨大な街でも安心できるだろう。
「俺たちは今、王城の南側にある『商業地区』に向かっている。名前通りこの王都の中でも一番商業が盛んなところで、お金さえあれば買えないものはない」
街の中をゆっくりと歩きながら、クロード卿が説明してくれた。
「お前の好きな小説を売っている書店もあるから、後で寄ってみろ」
「はい」
小説か……正直買いたい。お金もあるし。
でもやっぱり僕のためにお金を使うのはちょっとためらってしまう。お金はアイナのために使いたい。
「ところで……アルビン」
「はい」
「お前に一つ聞きたいことがあるんだ」
「何でしょうか」
クロード卿が僕の顔をちらっと見てから口を開く。
「以前にも話した通り、俺はリナさんのことが好きだ」
「は、はい」
「で、お前がリナさんの恋人だという噂は嘘だったけど……結局、彼女のことをどう思っているんだ?」
「……はい?」
「鈍い奴だな、本当」
クロード卿が苦笑いした。
「リナさんのこと、異性として好きなのかって聞いているんだよ」
「い、いえ……! 自分は……」
僕は慌てながら必死に言葉を探した。
「リナさんについては……憧れみたいな、そんな気持ちです。好きだとかそういうものとは違います!」
「そうか……まあ、あれだけ美しくて聡明な人だからな。憧れるのも無理ではない」
クロード卿が僕の肩を軽く叩く。
「でも安心した。お前が恋のライバルじゃなくて」
「そうですか」
「ああ、お前を泣かせるのは流石に気まずいはずだから」
「そうですね」
僕とクロード卿は一緒に笑った。
「じゃ、他に好きな女性とかいないのか?」
「それが……」
僕はいろいろ考えてみた。しかしどの女性に対しても、別に『恋愛感情』というものを抱いたことはない。
「本当にいません……」
「お前ってやつはな……純粋というか何というか」
クロード卿がまた苦笑いした。
「まあ、お前の青春はこれからだ。ゆっくりといい人を探せばいいさ。もちろんリナさん以外にな」
「そうですね。頑張ってみます」
笑いながら答えたけど、僕にはちょっと想像ができない。異性として好きな女性が現れて、恋愛したりする僕の姿が……想像できない。