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羊飼いと亡国のお姫様  作者: 書く猫
第1章.デイルの羊飼い
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第6話.祭り

 毎年11月になると、王国全体で祭りが始まる。秋の収穫の直後であるこの時期は『慈悲の女神エイドリア』の加護が一番強くなる『豊かの期間』だと言われて、女神の名の下で祭りが開かれるわけだ。


 僕の住んでいるデイルの祭りは規模も小さく、派手でもない。しかし村の人々にとっては、その素朴な祭りこそが1年中で一番楽しい時間だ。


 僕は別に女神様への信仰が深いわけではないが、この祭りは本当に楽しいと思う。アイナも祭りの間はずっと笑顔だ。まあ、あいつはいつも笑顔だけど。


 もちろん僕は羊飼いだから、まず羊飼いとしての義務を果たさねばならない。祭りを楽しめるのは仕事が終わった後になるだろう。


 しかし僕が牧羊犬のギブと羊たちを見回っていると、コルさんが急に話しかけてきた。


「おい、アルビン。ここは俺に任せてお前は祭りに行け」


 コルさんの言葉に僕は驚いて何度も断ったけど、結局畜舎から追い出された。後でコルさんの好きなお酒でも買ってこなきゃ。


 まだ昼なのにもう村は騒めいていた。果物やお菓子を用意している人たち、仮設舞台で楽器を奏でている人たち、村の中を走り回っている子供たち……アイナも友達と一緒にはしゃいでいた。


「お兄ちゃん!」


 アイナが僕を発見して手を振った。僕も妹に手を振ってあげた後、足を運んだ。せっかく友達と遊んでいるのに邪魔をする必要はないだろう。


 僕はまったりと歩いた。楽しんでいる村の人々の姿を眺めるだけで、僕も楽しくなる。人々の笑顔が僕にも自然と移ってくる。


「アルビン」


 誰かが僕を呼んだ。村長だった。


「ちょっとこっちに来てくれ」


「はい」


 僕は村長に近づいた。村長の傍には黒服を着ている中年の男がいた。この村の人ではないが、偉い人なのは一目で分かった。僕は両手を胸の前で合わせて、その男に頭を下げた。


「こっちが羊飼いのアルビンです、事務官」


「ほう、この青年が……」


 事務官って呼ばれた男が僕を見つめた。


「はじめまして、アルビンと申します」


 僕は丁寧に自己紹介をした。この事務官という人はデイルの領主である男爵の部下に違いない。多分収穫の後の税金について村長と話していたのだろう。


「君が村一の弓使いだって? 本当に狼2匹を同時に射殺したのか?」


「運がよかっただけです」


「運だけで弓が上手くなるはずはないだろう。それに、戦争ではその運ってやつが本当に大事なんだよ」


 事務官の顔と手には傷があった。それは明らかに戦傷だ。


「君がもうちょっと早く生まれて、5年前の戦争に参加していたら結構活躍したはずだろうに。それで今頃は士官になっていたかもしれないな」


 事務官は僕の反応を待たず、足を運んで村長の家に入った。村長もその後を追った。一人になった僕は今の話について考えてみた。


 確かに戦争は僕のような平民にとって出世の機会でもある。戦争で活躍した平民が上級士官になったという話は、英雄譚ではよくある。


 しかし英雄譚は所詮物語にすぎない。現実がそう甘いはずがない。平民は戦争で活躍する可能性よりも、犬死にする可能性の方が圧倒的に高い。僕だってそれくらいは知っている。


 僕は騎士に憧れているし、いつも冒険がしたいって思っているけど……だからといって戦争を望んでいるわけではない。それに何よりも、アイナのために平和でなければならない。


 5年前の戦争の時……僕とアイナはずっと辛かった。村の食糧が兵隊によって徴発されて、毎日飢えに苦しんだ。それである日、僕は……。


「アルビン!」


 いきなり聞こえてきた声が、僕を現実に戻した。


「何をぼーっとしているの?」


「コレットさん」


 僕に話しかけてきたのは、教会の修道女であるコレットさんだった。


 コレットさんはこの村の唯一の聖職者であり、子供たちに文字を教えてくれる先生でもある。僕とアイナも彼女のおかげで本を読めるようになった。


「さあ、こっちにおいで。あなたも祭りを楽しむのよ」


 コレットさんの優しい笑顔に導かれて、僕は村人たちに近づいた。そして彼らと一緒に食べ物を食べて、歌を歌った。みんな笑顔でこのかけがえのない時間を楽しんだ。


 これだ……この平和こそが一番大事なんだ。僕の騎士と冒険への憧れなんて、この平和に比べたら何でもないのだ。この村の人々の幸せに比べれば何でもないのだ。アイナの笑顔に比べたら何でもないのだ。


 いつまでもこの平和が続きますように……と、僕は慈悲の女神エイドリアに祈りを捧げた。

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