第56話.真実を問う覚悟
朝起きると、体のあちこちの筋肉が痛い。クロード卿の訓練は決して甘くないからだ。
でも……この充実感は一体何なんだろう。エリンを助けた時とは違う充実感だ。ずっと昔から願っていたことが叶われたような……僕という人間が生きていることを感じられる充実感だ……!
まず朝の支度をしてから朝ご飯を食べる。そして塔に入ると早速クロード卿が訪ねて来る。
「よ、アルビン。今日も朝から訓練だ」
僕は助手の仕事を言い訳に断る。しかしクロード卿は「そんなもの夜やれ」と言いながら無理矢理僕を連れ出す。それで朝の訓練が始まる。
「遅いぞ! もっと早く走れ! 俺についてこい!」
基礎体力のために、僕はクロード卿の後ろを追って走った。彼はあんなに巨体なのにとんでもないほど早い。追いつくためには死力を尽くすしかない。
走り終わってからは素振りだ。構えて、踏み込んで、上段斬り。それを何十回も何百回も繰り返す。手の平が痛くて剣を握られなくなるまで繰り返す。
「よくやった」
朝の訓練が終わると、クロード卿は僕を連れて騎士たちの居所に入る。黒色の立派な建物だ。しかしクロード卿はともかく、僕は入口の兵士に阻止される。
「こいつは俺の従者だ。不満あるのか?」
『従者なき騎士』であるクロード卿がそう言うと、兵士が無言で道を空ける。それで僕たち二人は騎士たちの居所に入り、そこの共用浴室で体を洗う。
「……ところでお前、何故今まで恋愛しなかったんだ? それなりに人気ありそうだが」
一緒に体を洗いながら、クロード卿が聞く。
「間違っても俺に惚れるなよ? 俺は女が大好きだからな」
その言葉に僕は思わず笑ってしまう。
「……それであの時付き合っていた女の子がさ、とにかく胸が……」
くだらない話と体洗いが終わったら、クロード卿から借りた服に着替えて食事を始める。騎士たちの食事は量も質も最高だ。そして食事の後は少し休んでから午後の訓練だ。これは朝の訓練よりも厳しく、容赦がない。
「今日はここまでだ。ご苦労さん」
ボロボロになった僕はクロード卿と別れて、僕の居所に戻り再度体を洗う。そして夕食してやっと魔導士の助手としての仕事をする。もう体力がなくて大変だけど、塔の内部はちゃんと確認しておくべきだ。
「ふう……」
やっと日課が終わった。僕は疲れた体をベッドに任せた。するとまた僕が生きているという充実感が全身に広がった。
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日曜日はクロード卿が朝から外出した。それで訓練もなく、僕は久しぶりにエリンの部屋を訪ねた。
「二人とも久しぶりだな」
「お兄さん!」
「お兄ちゃん!」
エリンとアイナの笑顔で僕の疲労感はどこかに飛んでいた。そしてしばらく二人の妹と雑談をした。他愛もない雑談だけど心が癒される。
「お兄さん……」
ちょうど雑談が途切れた時、エリンが急に真面目な顔をする。
「侍女さんがね、アルビンお兄さんとあの『従者なき騎士』が一緒にいるところを見たって」
「うん、私も聞いた」
アイナも心配げな表情だ。
「まさかあの騎士、お兄さんのことを無理矢理連れまわしているの? それなら私が……」
「いや、そんなことじゃないんだ」
僕は首を横に振った。
「じゃ、どうしてあの人と一緒にいるの?」
「それは……」
ここは正直に言った方がいいだろう。
「僕には、あの人が悪い人には見えないんだ」
「お兄さん、あの人は……」
「分かっている。『従者なき騎士』だ。兵士たちも騎士たちも皆彼のことを無視している。クロード卿が過去に何か過ちをおかしたってことは……間違いないだろう」
そう、それは間違いない。でも……。
「でもあの人を見ていると、まるでケイト卿を見ているような……僕が夢見ていた理想の騎士を見ているような気がするんだ」
「お兄ちゃん……」
「アイナはよく知っているし、エリンも何回か聞いただろう。僕は昔からずっと騎士に憧れていた。『弱きを助け強きを挫く』……そんな人たちがきっとこの世のどこかにはいると信じていた。そして……僕もそうなりたかったんだ」
僕は両手を伸ばし、エリンとアイナの手を取った。
「クロード卿は僕のことを『従者』と呼んでくれているし、剣術も教えてくれている。おかげで僕はずっと夢見たことが現実になったような気がするんだ」
二人の妹は僕の話を真面目に聴いてくれた。
「これはお前たち二人と一緒にいる時とは違う幸せ……充実感だ。彼と一緒にいると僕は充実感がする。こんな僕でも……憧れていた騎士になれるかもしれないという気持ちがするんだ」
「お兄ちゃん……」
アイナが口を開いた。
「お兄ちゃんっていつも騎士になりたいと思っていたんでしょう? それがお兄ちゃんの気持ちなら……私には信じるしかない」
「……そうね」
そしてエリンも口を開いた。
「何だかんだ言ってもお兄さんの気持ちが一番大事だから。アルビンお兄さんが心を決めたなら私たちは精一杯信じて上げなければならない」
「ありがとう、理解してくれて」
二人の妹に感謝しながら僕は心を決めた。明日、彼に真実を問う。
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そして当然にも明日が訪ねてきた。僕はまたクロード卿と一緒に訓練を始めた。
「それにしても……」
僕の素振りを見ていたクロード卿が口を開く。
「お前、このまま訓練を続けたら結構強くなれるかもな」
「そうですか?」
「ああ、お前は細い体型なのに腕力も悪くない。つまり力と素早さのバランスがいいんだ。その長所を活かせば大体のやつらには勝てるだろう」
「そんな……」
「まあ、あくまでも一所懸命に訓練を続けた場合の話だがな」
白金騎士団の騎士に褒められるなんて、本当に嬉しいけど……今はそれより大事なことがある。
「あの、クロード卿」
「何だい」
今だ、今聞くんだ。僕は素振りを中止して、クロード卿を見つめた。
「お聞きしたいことがあります」
「一体何だ、そんな真面目な顔して」
そう言っているクロード卿も真面目な顔だった。
「噂、聞きました。クロード卿が『従者なき騎士』と呼ばれているのは、過去に大きな過ちをおかしたせいだと」
「……やっぱりそれか」
クロード卿はどこか諦めたような……乾いた笑いを見せた。
「とうとう俺の悪名がお前の耳にも入ったな」
「その噂……本当ですか?」
僕はクロード卿の顔を凝視した。
「ふっ、最初の立場が逆になったか。面白い」
「答えてください」
「分かった。残念にもお前とは違って俺の噂は……全部本当なんだ」
クロード卿の顔から笑いが消える。
「お前も見てきたじゃないか。兵士たちも、騎士たちも、誰一人俺に敬意を払わない。俺は名誉のない騎士だからな」
しばらく重い沈黙が流れた。しかしここで止めるわけにはいかない。
「……クロード卿の過去の過ちとは、一体何ですか」
「そこまで聞くのか。お前、なかなか覚悟したんだな」
クロード卿がゆっくりと腕を動かして、僕の方に木剣を向けた。
「初めて出会った日、言っただろう? 男は戦う時こそ本性を現す生き物だ。俺の本性を知りたいのなら……全力でかかってきて、お前の覚悟を俺に見せつけろ」
「……はい」
僕もクロード卿に木剣を向けた。