第55話.悪名の裏
部屋に入ると、いつも通りエリンとアイナが笑顔で迎えてくれた。しかしいつもとは違って……二人の妹はすぐ驚きの表情に変わる。
「アルビンお兄さん、顔に……!」
僕は自分の頬を触った。昼に負った傷が当然にもまだ残っている。
「どうしたの!?」
「あ、これは……ちょっと転んだよ」
「……お兄さん、それ嘘ですよね?」
エリンの目つきが鋭くなる。
「どう見ても転んだ傷跡ではない。誰かに殴られたんじゃないの?」
「い、いや……」
「正直に言って。じゃないと侍女さんたちに調べさせるから」
エリンから威圧感が感じられた。可愛い妹だから忘れがちだけど……エリンは女伯爵、しかもパバラ地方の支配者だ。エリンがその気になれば戦争すら起こせる。そう考えると本当に恐ろしい妹だ。
「それが、実は……」
結局僕は『偶然クロード卿と知り合って剣術を少し学んだが、自分がうっかりして傷を負った』と説明した。まあ、これなら別に嘘ではない。
「クロード卿って……まさかクロード・ケイン?」
「エリン、知っているのか?」
「うん、彼は……悪名高い『従者なき騎士』だよ!」
『従者なき騎士』……本当にそう呼ばれていたのか、クロード卿は。
「私が聞いた噂では、クロード卿は昔何か凄く悪いことをして名誉が地に落ち、もう誰一人も彼の従者にはなろうとしないそうなの」
「そんな……一体何をしたんだ?」
「それは私にも分からない。でもアルビンお兄さん、彼には注意してね。もしアルビンお兄さんに悪いことでも起きたら、私は……私たちは……」
「お兄ちゃん……」
エリンとアイナの瞳から心配と不安が感じられる。もし僕に本当に悪いことが起きたら、妹たちは……。
「分かった。お前たちのためにも注意する」
大事な人々を悲しませることだけは絶対嫌だ……僕が死ぬよりも。
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しかし次の日、僕はまた彼に会った。
「よ、助手君」
「クロード卿……!」
昨日と同じく、クロード卿がいきなり塔に入ってきた。
「……今日はどのようなご用件でしょうか」
僕は彼を警戒しながら質問した。
「それがな、その……」
ところがクロード卿は、昨日の堂々とした態度ではなく……どこか気まずい様子だった。
「その、すまないと思ってな」
え?
「どうやら……俺はお前のことを妬んでいたみたいだ。お前がリナさんの恋人だと思ってな」
「それは……」
「それでお前が読んでいた小説を侮辱したり、素人のお前を無理矢理戦わせた。改めて考えてみたら本当に卑怯な行為だった」
僕は内心驚いた。クロード卿は僕に謝っているのだ。
「け、結構です。むしろ自分はクロード卿から剣術を教わって光栄でした」
「いや、お前のために教えたわけでもないし……そのせいでお前は傷を負った。俺は本当に卑怯者だ。すまない」
僕はまた驚いてしまった。今度はクロード卿が僕にむかって……頭を下げたのだ。
「ク、クロード卿! どうか頭を上げてください!」
「すまない、許してくれ」
「許します! 許しますから!」
「……ありがとう」
クロード卿がやっと頭を上げた。そんな彼のかっこいい顔からは……昨日のような不遜な態度は感じられない。真面目さと誠実さだけが見える。
僕は困惑した。悪名高い『従者なき騎士』が……平民の僕に頭を下げて謝ったのだ。これは一体……?
何かの罠かもしれない。僕は人を疑うことも、物事の裏を読むこともできない。だから騙されやすい。それは自分でも分かっている。しかしそれでも……僕の目には……。
「ありがとうございます、クロード卿」
「……何?」
「僕なんかに剣術を教えてくださって、そしていろいろ気を使ってくださって……本当にありがとうございます」
しかしそれでも僕の目には……この人が悪い人には見えない……!
「いや、俺はお前に感謝される覚えは一つもないんだが」
「いいえ……」
「……まあ、照れくさい話はここまでにしよう」
クロード卿が苦笑する。
「それよりお前……魔導士様がいないから暇なんだろう?」
「はい?」
「今日も俺にちょっと付き合ってくれよ。俺、従者いないから寂しいんだ」
「しかし……」
「いいじゃないか。今日は勝負なしで、剣術だけちゃんと教えてやるからさ」
結局僕はまた腕を掴まれて、塔を出ることになった。
そのまま再び訓練場に入った僕は、クロード卿から基本的な剣術を学んだ。剣の握り方、足の動き、踏み込み、上段斬り……それを何時間も繰り返した。それは本当に楽しくて……充実した時間だった。