第51話.二人の妹
「アルビン君、ちょっといいかしら」
「はい、少しお待ちください」
朝早くからレオノラさんが僕の部屋に訪ねた。僕は素早く部屋の中を見回して、ちゃんと整理されているところを確認してから扉を開いた。
「おはよう」
「おはようございます」
「入ってもいい?」
レオノラさんは僕が「はい」と答える前に一歩入ってくる。僕は内心苦笑した。
「実は女伯爵様の件で話したいの」
「そうですか」
僕の苦笑が動揺に変わった。まさか『兄妹』のことがもう知られたんじゃ……。
「どうやら……女伯爵様の食欲が戻ったみたい」
「それは……幸いですね」
「うん、これで一安心。でも一体どういう方法を使ったの?」
レオノラさんが好奇の眼差しを送ってきた。
「アルビン君のおかげでしょう? 女伯爵様が心を入れ替えられたのは。どうやったの? 何か魔法でも使った?」
「昨日説明した通り、女伯爵様の悩み事を聞かせて頂いただけです」
「そう?」
「はい、戦争と呪いのことで心がお疲れになったようで」
これは別に嘘ではない。女伯爵は……エリンはそのことで本当に疲れている。
「それは私も予想していたけど、何故アルビン君にそのことを相談したのかな?」
「それが……どうやら女伯爵様は僕がご自分の命を助けたと考えておられるようです」
「なるほど。女伯爵様も魔法の素質を持っておられるから、何かを感じ取った……というわけね」
レオノラさんが頷く。
「じゃ、アルビン君にはこれからも女伯爵様の話し相手になってもらうね」
「はい」
「あ、でも……アルビン君とずっと二人っきりでいるのはちょっとまずいかも」
確かにそうだ。まだ子供とはいえエリンは女の子だ。実の兄妹でもない僕とずっと二人でいれば、後ろで何を言われるか分かったものじゃない。
「あ! いいこと思いついた!」
レオノラさんがいきなり手を叩く。
「アルビン君には可愛い妹さんがいるでしょう!? 二人で駄目なら3人で会うのよ!」
「あ……!」
なるほど……確かにいい考えだ!
同い年の友達がいれば、エリンの寂しい気持ちも少しは緩和するだろう。それにアイナも村を出てから友達がいない。貴族と平民だけど、お互いにいい友達になれたら……。
まあ、アイナには『どんな人ともすぐ友達になる』という不思議な力がある。きっとエリンともいい友達になれるさ。
「いい考えだと思います、レオノラさん」
「よし、このことをリナさんに伝えておくね」
レオノラさんが部屋を出た。僕は椅子に座って、アイナとエリンの顔を思い浮かべた。
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「アルビンお兄さん」
二人っきりになると、エリンの顔が急に明るくなる。
「私ね、アルビンお兄さんがいつ来るのかなとずっと待っていたの」
「そうか。遅くなってすまん」
「ううん、大丈夫。私ばかりに構っているわけにはいかないんでしょう? 私、待てるから」
「そうは言っても、もっと早く来て欲しいんだろう?」
「それは……そうなんです!」
僕はベッドに寝たまま笑っているエリンを見つめた。こう見ると本当に純粋な子供だ。戦争とか暗殺とか、そういうものとは全然関係ない……普通の少女だ。
「エリン、ちょっと話したいことがあるんだ」
「話したいこと?」
「実は……僕の妹のアイナがさ、この王城で侍女として働いているんだ」
「ええ……!?」
エリンが目を丸くする。
「それでさ、そのアイナと……」
「会いたい!」
エリンの反応に僕は思わず苦笑してしまった。説明する必要もなかったのか。
「アルビンお兄さんの妹ってことは、私の姉妹でしょう? 早く会いたい!」
「ふ……分かった。少し待ってくれ」
僕は部屋を出て、別の部屋で待機していたアイナと合流した。そして早速エリンの部屋に戻った。
「お初にお目にかかります、女伯爵様」
アイナがエリンに向かって礼儀正しく挨拶した。その姿だけ見ればもう立派な王城の侍女だ。しかしエリンは笑顔で首を横に振る。
「そんな固い言葉は使わないで」
「はい?」
今度はアイナが目を丸くした。
「実はさ、エリンと僕は……」
僕が事情を説明すると、アイナはあまりにも驚いて、口を手で覆う。
「お兄ちゃんと女伯爵様が……!?」
「うん、つまりアイナと私は姉妹になるわけ」
「女伯爵様と私が……!? えええ……!?」
少し時間がかかったが、妹は全て理解してくれた。
「でも……私が女伯爵様と……」
「私と姉妹になるのは嫌なの……?」
エリンがわざと切ない表情を作った。ちょっとずるいけど、あの顔で頼まれたらたぶん誰も断ることはできない。
「いや、そういうわけでは……」
「それじゃ、今から私のことをエリンちゃんって呼んでね。アイナちゃん」
「う、うん」
少し戸惑いながらも、アイナは太陽みたいな笑顔を見せる。
「こんなに綺麗な姉妹ができたなんて……嬉しい!」
「アイナちゃんの方こそ可愛すぎる!」
それからアイナとエリンが親友になるまでは一時間もかからなかった。まあ、予想通りだな。
「お二方の楽しい時間をお邪魔してすみませんが……このことは僕たち3人だけの秘密だからな」
僕がそう言うと、アイナとエリンは一緒に「うん!」と答えた。
楽しく喋っている二人の妹を見ていると僕も自然に笑顔になる。そしてエリンを助けられて本当によかったと改めて思った。
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その日からアイナはエリン・ダビール女伯爵の侍女を務めることになった。二人はいつも一緒にいられるようになったわけだ。
「アルビンお兄さん!」
「お兄ちゃん!」
僕は『魔導士の助手として女伯爵様のご体調を確認するために』時々エリンの部屋を訪ねた。そしてその度に二人の妹は僕のことを笑顔で迎えてくれた。それは思いもしなかった幸せだった。
もうエリンはただ『パバラ地方の支配者』とか『6年前の戦争の勝利者』ではなくなった。僕とアイナにとってエリンはそれ以上に大切な存在に……『もう一人の家族』になりつつあったのだ。