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羊飼いと亡国のお姫様  作者: 書く猫
第5章.小さい女伯爵
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第43話.魔導士

 王城は何もかも想像を絶していた。

 最初は天に届くほど高い城壁と巨大な正門に驚いて、その中に入ると今度は内部の広さと庭園の美しさに驚く。そして次は庭園の向こうの優雅な宮殿の姿に思わず息を呑んでしまう。

 僕みたいな田舎の平民には、王城の中の風景を眺められるだけでもの一生の栄光に違いない。ほとんどの人はこの風景に近づくことさえできない。そう考えると体が震えてきた。

 ケイト卿の率いる部隊は庭園の前で進軍を止めた。そして姫様が馬車から降りると、全員片膝を折って頭を下げた。もちろん僕もだ。


「皆さん……長い間、大変ご苦労様でした」


 姫様も両手を胸の前で合わせて部隊の皆に挨拶した。そして一瞬だけ僕の方に視線を送った。


「お帰りなさいませ、お姫様」


 いつの間にか庭園の方から侍女らしき女性たちが現れて、姫様に深く頭を下げた。


「リナ」

「はい」

「私はこれからお父様にご報告いたしますので、後のことはお任せします」

「はい」


 姫様はリナさんに指示してから、ゆっくりと足を運んで宮殿へと向かった。侍女らしき女性たちがその後を追った。

 まだ平民の服装をしているにもかかわらず、姫様の気品と態度は平民とは思えない。自然に皆を従えている。


「アルビン君」


 ケイト卿の声が聞こえてきて、僕ははっと気が付いた。


「は、はい!」

「今までご苦労だった。我々の部隊の任務は終わりだ。君は現時点からリナさんの指示に従うように」

「かしこまりました!」

「では、また会おう」


 ケイト卿と王立軍の兵士たちは、王城の隅の兵舎に向かった。僕は遠ざかっていく王立軍の姿を見つめた。王都までの旅も終わったのだ。

 ケイト卿や王立軍の兵士たちとはたぶんこれで別れだろう。しばらく後、彼女たちは別の任務で別のところに行ってしまうはずだ。そう考えると少し寂しい気持ちになった。ケイト卿は僕の理想の騎士そのものだったし、いつもからかわれたけど女兵士たちは皆親切だった。

 いや……今生の別れでもないし、王城に住んでいれば顔を会わせる機会もあるだろう。今はこれからのことについて集中するべきだ。

 僕は気持ちを切り替えてリナさんい近づいた。リナさんの傍にはアイナもいた。


「アルビンさん」

「はい」

「まずはアイナさんを侍女たちの居所までご案内します。あそこは男性の出入が制限されているので、ここで少々お待ちください」

「分かりました」


 リナさんは西側の建物に向かって歩き出した。アイナは少し不安な顔だったが、何も言わずにリナさんの後を追った。

 一人になった僕は石像のように固まってひたすらリナさんのことを待った。そうしていると、何か王城の隅々に配置されている兵士たちに見られているような気がした。もちろんそれは気のせいのはずだけど。


「お待たせしました」


 やがてリナさんが戻ってきた。


「どうぞこちらへ」

「はい」


 今度は僕がリナさんの後を追って、王城の隅の高い塔に向かった。

 歩いているうちにアイナのことがちょっと心配になってきた。アイナは今頃どうしているんだろう? 侍女たちと一緒にいるのかな?


「アイナさんは部屋で休んでいます」


 僕の心が読めたかのように、リナさんがいきなりそう言った。


「夜には会えるはずだから、ご心配は要りません」

「はい」


 リナさんの言葉なら安心できる。気持ちが晴れた僕は、覚悟を決めて高い塔に入った。


---


 白くて高い塔の内部は……本でいっぱいだった。

 天井まで届く巨大な本棚に、数えきれないほどの本が並んでいる。そんな本棚が何台もあるので、もう何千冊……いや、何万冊を超えるかもしれない。

 そして本棚の真ん中には、青いシルクの服を着ている人が椅子に座って、一冊の本を読んでいた。リナさんと僕はその人に近づいた。


「魔導士様」


 リナさんが話かけると、『魔導士』と呼ばれた人が頭を上げた。


「あ、リナさん。お戻りになられましたね」


 魔導士が席から立って、リナさんの方を見つめた。僕は少し驚きを感じた。魔導士は……エルフの女性だった。


「予定より早かったんですね」

「はい、ケイト卿の指揮が素晴らしかったので」


 尖っている耳、茶色の髪と瞳、真っ白な肌、細い体……魔導士は30代くらいの美人だった。エルフ族は大体美男美女って噂は本当なんだろうか。


「そうですか……それで、こちらのお方は?」


 魔導士が僕に少し怪訝な眼差しを送ってきた。


「こちらはアルビンさんです。魔導士様、実は彼の体の中に『世界樹の実』が……」


 リナさんが事の顛末を分かりやすく説明した。それは聞いた魔導士は目を丸くした。


「この方の体の中に……世界樹の実が……?」


 魔導士が一歩前に出て、僕の胸に手を付けた。僕はちょっと驚いたが、動かなかった。


「……なるほど。微弱ですが、確かに古代エルフの魔力が感じられます」


 魔導士は僕の胸から手を離して、代わりに鋭い視線を送ってきた。


「アルビンさん、でしたよね? アルビンさんは魔法に素質を持っていないように見えます。要するに『世界樹の実』が魔法に素質のない人を選んだのです。こういうことは魔法研究の歴史の中にも前例がありません」


 つまり……何故僕が世界樹の実に選ばれたのか、その理由は王室魔導士すら分からないってことだ。


「いや、こんな話をしている場合ではない……私は王室魔導士のレオノラと申します。アルビンさん、今から私と一緒に来てください」

「分かりました」


 魔導士のレオノラさんは、急ぎ足で塔の外へ向かった。僕とリナさんも急いでその後を追った。

 僕たち3人は王城の真ん中を横切って、宮殿のすぐ隣の建物に入った。宮殿には劣るけど、優雅で美しい白い建物だ。


「こちらです」


 建物の1階の隅の部屋に入ると、二人の女性が大きなベッドの傍に立っているのが見えた。そしてそのベッドには……。


「この方が……エリン・ダビール女伯爵様でいらっしゃいます」


 大きなベッドに寝ているのは……病弱な姿で死にかけている、小さな少女だった。

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