表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
羊飼いと亡国のお姫様  作者: 書く猫
第4章.王都へ
41/131

第41話.物事の裏

 なかなか眠れなかった。

 目を瞑っても今日の出来事が瞼に浮かんだ。都市ベルメの風景とそこに住んでいる人たちの姿、ベルメの城の威容、メイスン伯爵の姿、射撃場……。

 エルフの神殿を探索した日の夜は、大変疲れてすぐに眠ってしまった。しかし今日はそこまで疲れていない。進軍も短ったし、野営地の作りにも参加しなかったからだ。

 いっそ城でお酒をもっと飲んでおくべきだったかな。そうだったらすぐ眠ることができたかも。

 結局僕は体を起こして、天幕からこっそり出た。


「おい、羊飼い。何しているんだ?」


 夜の歩哨に立っていた兵士が、僕を訝しげに見つめた。


「あの……ちょっと便意を覚えまして……」

「そうか。あっちの森で済まして、すぐ戻れ」

「はい」


 僕は野営地のすぐ隣の森に入った。もちろん便意は嘘だ。ただ少し歩きたかった。

 遠くから光が見えた。それはベルメの、都市の光だ。僕は木に寄りかかってその光を眺めた。


「便意って嘘ですよね?」


 いきなり傍から女性の声が聞こえてきた。僕は驚いて振り向いた。


「り、リナさん……」


 月明かりの中に立っている美しい女性は……リナさんだった。リナさんは自分の肌と同じの真っ白い服を着て、綺麗な瞳で僕を見つめていた。その姿があまりにも神秘的で、僕の頭も一瞬真っ白になった。


「それが、その……」

「無理に言い訳しなくても結構です。私もたまにはこうして歩きたくなりますから」


 リナさんが笑顔を見せた。見とれてしまうほど魅力的な笑顔だ。


「それより、話は聞きましたよ。アルビンさんが城の射撃場で活躍したって」

「あれは……活躍というほどのものでは……」

「私は弓術のことを言っているわけではありません」

「はい?」


 僕は訳が分からなくて、リナさんの赤い唇を見つめた。


「今日メイスン伯爵がアルビンさんに興味を見せて、アルビンさんは城の射撃場で弓術を披露した。その弓術に感心したメイソン伯爵は、アルビンさんを狩りの手伝いとして雇おうとした。しかしケイト卿が事情を説明して、結局メイソン伯爵は諦めざるを得なかった……大体そういうところでしたよね?」

「はい」


 詳しいな。どうしてそこまで詳しいんだろう。


「しかしこれはあくまでも表の話にすぎない……実は裏の話があります」

「裏の話……ですか?」

「はい」


 リナさんは意味ありげな笑いを浮かべた。


「メイソン伯爵がアルビンさんのことを雇おうとしたのは、弓術のためではありません」

「じゃ、何のために……」

「あのお方は用心深い人物でしてね……疑ったんですよ。この部隊が以前ベルメに訪問した時にはいなかったのに、今は何故か一緒にいる……あなたという存在を」

「あ……!」


 何となく分かってきた。じゃ、あの人は……。


「分かりましたか? この部隊が女性だけで構成されていることは、もちろんメイソン伯爵も知っている。それなのに古代エルフの遺跡の探索を終えてから、何故かあなたという男性を連れている。だからメイスン伯爵はあなたが何か重要な存在ではないのか……と疑ったんです」

「そんな……」

「それで狩りの手伝いという名目で雇って、あなたの口から情報を引き出そうとしたんです。しかしケイト卿もそれを予想していたから、わざとアルビンさんをメイソン伯爵に見せて、疑いを晴らそうとしたんです」


 だから……ケイト卿は僕をベルメの城に連れていったのか。


「そしてアルビンさんはケイト卿の意図通りに、純朴で何も知らない田舎の青年を演じてくれました。私の言った『活躍』はそのことです」


 リナさんの綺麗な瞳が僕を凝視した。


「今はそれでいい……しかし忠告しておきましょう。王都では物事の裏を読めない人間はすぐ死んでしまいます。あそこは表こそ美しい都市ですが……裏は陰険な企みが渦巻いている修羅場なんですよ」

「……ご忠告、感謝いたします」


 僕は片膝を折って、頭を下げた。


「あら、素直なお方ですね」


 リナさんは嘲笑うような口調でそう言ったが、僕は本当に彼女に感謝している。

 ついこの間まで田舎の羊飼いだった僕には、貴族社会のことなんてまったく分からない。しかしリナさんの忠告のおかげで、僕は自分が極めて慎重に行動しなければならない立場だということに気付いた。

 リナさんは貴族だ。それも普通なら、平民の僕なんかが話しかけることさえできないほどの偉い貴族……しかしそんな彼女が本当に大事な忠告をしてくれたのだ。感謝するべきだろう。


「実は……ここ数日の間、姫さまは何度もあなたと今後のことについて相談したいと仰いました。しかし私が止めたんです。何故か分かりますか?」

「それは……」

「それは姫様が平民の男性と親しくなること自体がまずいからですよ」


 なるほど……。


「私なら後ろでいろいろ言われても別にどうということはありません。しかし姫様は違う。姫様はいつか女王になって、この王国を統率しなければならない存在です。だから些細なことにも気を付かなければならないんです」

「確かにそうですね」

「ふ……アルビンさんの理解が早くて助かります」


 リナさんが再び魅力的な笑顔を見せた。


「アルビンさんには今月から王室魔導士様の助手になってもらいます。あの方は魔法に関して王国一の専門家であり、姫様の師匠でもあります。あの方の指示に従えば間違いないでしょう」

「かしこまりました」


 王室魔導士……どんな人なんだろう。


「もう一度言いますが、王都では注意してください。アルビンさんが『世界樹の実』を持っていることは当然にも秘密。つまりあなたの身に何が起こっても、私はもちろん姫様すら直接助けてあげることは難しい。ある程度のことはアルビンさんが自分で乗り越えなければならないのです」

「ご忠告、もう一度感謝申し上げます」

「ふふ……私の話はここまでです。では、おやすみなさい」


 妖艶な声で笑った後、リナさんは野営地に戻っていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

▼クリックで応援よろしくお願いします! - 『書く猫』

小説家になろう 勝手にランキング

小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ