第40話.射撃場
「失礼いたします」
女性は服装からして、この城で働いている人に違いない。
「伯爵様、お食事の用意ができました」
「もうそんな時間か。よし、せっかくだからお客さんたちと一緒に食べよう。食事をここに運んでくれ」
「かしこまりました」
しばらくすると、数人の女性たちが両手に皿や食器などを持ってきて、テーブルの上に置いた。僕と5人の兵士たちは椅子を運んでケイト卿の近くに座った。メイスン伯爵の部下たちもそれぞれの席に座った。それで食事の準備が終わった。
「さあ、どうぞお召し上がりください」
「感謝いたします」
ケイト卿が返事をすると、みんな自分の皿にパンとか肉を移して食べ始めた。僕はまずコップに手を伸ばして、その中の飲み物を口にした。
あ!? これは……ジュースではなく、お酒だ! この香りからして……たぶんワインだ。コルさんと一緒に飲んだことがあるから分かる。
それはそうだよな。ここは軍隊の野営地でもないし、メイスン伯爵は今お客さんをもてなしているところだ。こういう場合は当然にお酒だ。
お酒はあまり好きではないけどこれは仕方がない。僕はワインを一口飲んで、パンを食べた。柔らかくて美味しい。普段野営地で食べているパンとは大違いだ。流石都市の支配者の食事だ。
パンだけではない。ベーコンも丸焼きも、アップルパイもサラダも全部美味しい。こっそり持って帰ってアイナにも分けてやりたいくらいだ。もちろんそんなことはできないだろうけど。
「ところで、ケイト卿」
食事の最中、メイスン伯爵がいきなり話を始めた。
「はい。何でしょうか、メイスン伯爵様」
「そこの青年は誰ですか?」
僕のこと!? 僕は目を丸くして、食事を一時中断した。
「彼はアルビンというもので、遺跡探索に協力してもらったことをきっかけに私が雑務員として雇いました」
「ほお、ケイト卿の部隊は全員女性のはずなのに、わざと男性を雇ったんですか?」
「彼は弓に長けていて、難しい本も読めます。平民としてはなかなかの人材だと思いまして」
「そうですか」
メイスン伯爵が僕を凝視した。
「白金騎士団の騎士に気に入られるなんて。運がいいね、君」
「は、はい」
僕は自分の顔が赤く染まっていくのを感じた。
「そう言えば君が背負っている弓もなかなかいい物に見えるな。父親からもらったのか?」
「いいえ、これは……恩人からもらったものです」
「そうか。ちょっと見せてもらっても構わないかな?」
「はい」
僕は席から立ってメイスン伯爵に近づき、背負っていた弓を渡した。メイスン伯爵は弓を受け取って、注意深く眺めた。
「これは戦争用の弓だな。君の恩人の職業は何だ?」
「羊飼いです」
「羊飼い……ということは、君の恩人はたぶん戦争で活躍した英雄だな」
それは僕にも分からない。コルさんは戦争についてほとんど何も言わなかったから。
「どうだ、こんないい弓を扱う資格があるかどうか、私に見せてくれないか?」
「はい?」
「この城の射撃場で君の腕を見せてくれ。食後の余興としてちょうどいいだろう」
僕は驚いた。しかしどうせ僕に拒否する権利なんてない。ここは覚悟を決めるしか。
「はい、分かりました」
「よし、決まりだな」
何か胸が熱くなり始めた。生まれて初めて訪ねた城で、まさか弓を引くことになるとは。
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僕は射撃場に立って、深呼吸をした。
「ふう……」
兵士たちの訓練のための場所だからなんだろうけど、射撃場は結構広い。そしてもちろん的までの距離も遠い。デイルにいた時、僕は大体30歩くらい離れた的で練習していたけど、ここの的はそれの2倍くらいの距離だ。
コルさんからもらったこの弓は引くために相当な力がいるけど、それだけに矢も遠くまで飛ぶ。この程度の距離なら、的の少し上を狙えば間違いない。
ケイト卿とメイスン伯爵、そして王立軍の兵士たちと城の守備兵たちはちょっと離れたところで僕を見つめている。この状況は流石に緊張をしてしまう。あまり酷い結果を出してしまうとケイト卿の顔に泥を塗ることになるのだ。
いや、自信を持とう。僕は平民で、貧乏で、親もいないけど、弓の練習だけは一生懸命に頑張ってきたんじゃないか。暑い時も、寒い時も、昼も夜も、何度も何度も弓を引いた。それでいつの間にか村一の弓使いになって、狼を射殺したこともある。たとえ貴族の前だとしても、騎士の前だとしても、その事実に変わりはない……!
やがて僕は息を殺して、一発目を打った。矢は風を切って飛び、的に刺さった。命中だ。
「ふう……」
確かに命中だけど真ん中より少し上に刺さった。僕は再度深呼吸して、さっきより少しだけ下を狙って矢を打った。そしてその矢は的の真ん中に刺さった。
これだ。この感覚だ。僕は今の狙いを覚えて、そのまま矢を打ち続けた。矢は次々と的の真ん中に刺さり、最後の10本目の矢は的の真ん中の点に刺さった。
「素晴らしい」
メイスン伯爵が拍手しながら褒めてくれた。すると他の人たちも拍手し出した。僕はメイスン伯爵に近づいて、片膝を折って頭を下げた。
「君、軍隊の射撃場で矢を打ったのは初めてだろう?」
「はい」
「それなのに全部命中、しかも9本は真ん中か。確かになかなかの人材だな」
「感謝いたします」
頑張って結果を出して、それを褒められるのは嬉しい。
「アルビンという名前だったな。狩りの経験は?」
「狼を……射殺したことがあります」
「人に射撃した経験は?」
「ありません」
僕の答えを聞いたメイスン伯爵は、ケイト卿に振り向いた。
「ケイト卿、この青年、私に貸してくれませんか?」
「アルビン君を……ですか?」
「はい、実は今月中に狩りに行く予定です。その時この青年がいれば役に立つと思うんですが」
それは困る。僕は王立軍と、姫様と一緒に王都に行かなければならない。
「……残念ですが、彼は今月から王都で働くことが決まっています」
「そうですか?」
「はい、王室魔導士様から助手になれる平民の人材を見つけてほしいと言われまして。アルビン君を雇ったのも実はそのためです」
「あの方が……」
王室魔導士? 誰なのか分からない。ここは黙っているしかない。
「分かりました。そんな事情があるなら仕方ありませんね」
メイスン伯爵は残念そうに言った後、僕を見下ろした。
「君」
「はい」
「これを」
僕は頭を上げた。するとメイスン伯爵が何かを指で弾いて空中に飛ばした。反射的に受け取って見たら銀貨だった。
「私からの餞別だ」
「誠にありがとうございます!」
思ってもみなかったお金だ。王都に行ったらアイナにいろいろ買ってあげよう。あそこもお金さえあれば大体のものは手に入れられるだろうし。
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ケイト卿と5人の兵士たち、そして僕はメイスン伯爵に別れを告げて城を出た。もう部隊に帰る時間だ。
帰り道の途中、僕はベルメの姿をもう一度眺めた。すると前回とは違って、建物や風景よりもここに住んでいる人々の表情が目に入った。
ベルメの人々は喜び、悲しみ、怒り、挫折、希望、愛情などの様々な感情を顔に出していた。そういうところは都市の人々も田舎の人々も大した差はない。それを確認した瞬間、ちょっと安心した。
僕は今月から王都で、しかも王城で暮らすことになる。その事実にちょっと恐れも感じるけど、慣れればどうにかなるさ。ベルメの風景と人々を眺めながら、僕は自分を励ました。