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羊飼いと亡国のお姫様  作者: 書く猫
第1章.デイルの羊飼い
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第3話.扉

 僕は何もないところに一人で立っていた。そして、いつの間にか3匹の狼に囲まれていた。


 狼たちは僕を睨みながら近づいてきた。僕を噛み殺すつもりだ。しかし僕は何もできないまま、ただ死ぬのを待つだけだった。さっきまではあんなに必死に戦ったのに、もう恐怖で体が動かないのだ。


 そう……忘れようとしていた死への恐怖が、いつの間にか僕を支配している。それで怯えながら絶望している。まるで羊のように。


 いや、でも……でも僕はまだ死ねない。アイナを……アイナを置いて死ぬわけにはいかない。あいつはまだ子供だ。僕がいないと駄目なんだ。だから、だからせめてあいつが成長するまでは死ねない……!


 体がいきなり動き出した。これで戦える。僕は背負っていた弓を手にして、狼に向かって矢を放った。


---


「う……」


 暗闇が光に変わった。数秒後、僕は自分が目を覚ましたことを認識した。


「うっ……」


 痛みが全身に広がった。そしてその痛みと共に、ついさっきのことが思い浮かんだ。僕は狼と戦って、崖から落ちたのだ。でもまだまだ生きているし、腕も脚もちゃんと残っている。僕は決して信仰深い人間ではないが、この時は女神様に深く感謝した。


 僕の体は茂みの中だった。多分この茂みが命の恩人なんだろう。僕は体を起こして立ち上がった。痛みがもう一度全身に広がったが、歯を食いしばって我慢した。


 空もまだ明るいし、時間もそれほど経っていないようだった。崖を見上げたら僕が落ちた山道が見えた。幸いにもそこまで高い崖ではなかったのだ。それでも茂みがなかったら大変なことになったはずだ。今日は運がいいのか悪いのか、よく分からなかった。


 早く元の場所へ戻らなければならない。羊たちが狼にやられる前に……いや、もうやられているはずだけど被害を最小限に抑えるために。


 僕は地面に落ちていた杖を手にして、茂みを掻き分けながら進んだ。この辺の地理なら大体知っている。崖を沿って進めば何とか山道に戻られるはずだ。


「あ……」


 しかし10分くらい歩いた時、僕は思わず声を上げた。茂みの中に何かがあったのだ。それも自然のものではない。明らかに人工的なものだ。


 何なんだ、これは……と思いながら、僕は茂みを退けてその物体を観察した。


「……扉?」


 奇妙な話だけど、それは崖についた扉のように見えた。四角形の石で、真ん中には木の絵が刻まれていて、左側には取っ手のようなものまでついている。大きさは、もしこれが本当に扉ならちょうど人一人が通れるほどだ。


「何故こんなところに……」


 こんなものがあるんだ。ここは山道から結構離れていて、普通なら絶対辿り着くことのない場所だ。こんなところに何故……? 僕には分からない。分かるはずがない。


 でも一つだけ分かったこともある。扉の真ん中に刻まれている木の絵……これには見覚えがある。僕はこの絵をどこかで見たことがあるんだ。


 一体どこでこれを……と思っている途中、僕は気がついた。今はこんな訳の分からないものに気を使っている場合ではない。一刻も早く羊たちに戻るべきだ。


 結局僕はその疑問の物体を置き去りにして、また必死に山を登った。


---


 その日、僕は1匹の羊を失った。狼は仲間たちの命の代わりに1匹の羊を得たのだ。やつがそれで満足したのかはどうかは、知る由もない。


 僕が責任を問われることはなかった。いや、むしろ狼を2匹も射殺したことに、村長を含めてみんなが褒めてくれた。


「お兄ちゃん、本当に大丈夫?」


「うん、大丈夫だ」


「本当の本当に?」


「そんなに心配しなくてもいいよ。大した怪我もないし」


 アイナはすぐにでも泣きそうな顔で僕を心配してくれた。僕は妹を安心させるために笑顔を見せた。それでやっとアイナも笑顔を見せてくれた。


 死んだ2匹の狼はみんなに手伝ってもらって、村まで運んだ。皮と肉を売ればなかなかお金になるんじゃないかな、と村長が言った。


 僕はそのお金で失った羊の弁償がしたいと言った。だが村長は首を横に振った。


「そんなことしなくてもいいよ、アルビン」


「でも……」


「逆にそのくらいの被害で済んだことに感謝したいところだ。流石は村一の弓使いだな。お金はアイナちゃんのために使ってくれ」


 本当にありがたい言葉だった。僕としても思いもよらなかったお金だ。これでアイナに好きなものを食べさせることができる。


 更に村長は体が治るまで休んでもいいと言ったが、お断りした。この村で羊飼いの仕事に慣れているのはコルさんを除けば僕だけだし、僕が休んだらアイナが余計な心配をする。それに、そもそも僕の怪我は大したことない。傷にちゃんと薬草を貼り付けておいたからすぐに治るだろう。


「お兄ちゃん、今日は私が食事を用意するからじっとしていてね」


「何言ってんだ、それは僕が……」


「駄目! じっとしていないと怒るから!」


 アイナはわざと怒ったような顔を見せてから本当に食事の用意をしてくれた。いつものようにパンとスープの簡単な食事だったけど、何故かいつもより美味しかった。


 やがて一日が終わり、僕はベッドで横になった。本当に疲れる一日だった。しかしなかなか眠れない。それで僕はアイナの寝息の音を聞きながら、今日のことについていろいろ考えてみた。


 現実は本で読んだ騎士たちの英雄譚とはまったく違う。僕は何百の敵ではなく、たった3匹の狼にやられて死ぬところだったのだ。その恐怖が今も残っていて足がちょっと震えてくる。村の人々は僕のことを勇気があるって褒めてくれたけど、僕はただ精一杯我慢しただけだ。


 もちろん僕は騎士ではなく羊飼いにすぎないから、羊飼いとしてはよく戦ったとも言える。でももう少し勇敢になりたい。僕が憧れる騎士たちのように。


 ふと忘れていたものを思い出した。例の扉みたいなものだ。あれに刻まれている木の絵は確かにどこかで見たことがある。一体どこで見たっけ……と考えている途中、いきなり答えが分かった。


 そうだ、本で見た……! 


 確か『古代エルフ』についての本だった。題名は……『古代エルフの歴史』だ。間違いない。


 『古代エルフ』……その言葉を思い出した僕は、想像力を働かせた。偉大な帝国、美しい神殿、不思議な魔法……古代エルフの様々な伝説を頭の中で描きながら、僕は眠りについた。

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