第16話.運命転換
おじさんは申し訳なさそうな顔でケイト卿に説明を始めた。
「今朝作っておいたパンがいくつかあります。あまりおいしいものではないので騎士様のお口に合うかどうかは分かりませんが……」
ケイト卿が頷く。
「十分だ。私もあなたたちと同じく戦争を経験した。贅沢なことを言うつもりはない。早速パンを持ってきてくれ」
「はい!」
おじさんは自分の家に向かって走り、すぐパンが入っている籠を持ってきた。
「あなたの協力に感謝する」
ケイト卿はおじさんにお金を支払った後、兵士に指示してパンを馬車の荷台に運ばせた。王立軍は3台の馬車を連れていたのだ。馬車には進軍と野営に必要な物資が積まれているんだろう。
「他にはいないのか? 見た通りちゃんと3倍の価格で支払う」
ケイト卿がまた質問すると、おじさんたちがあちこちで手を挙げた。ちゃんとお金を支払ってくれることを確認したからだ。
それからさっきと同じ場面が繰り返された。おじさんたちがパンや干し肉などを持ってくると、ケイト卿がお金を支払って兵士たちが運ぶ。それの繰り返しだ。
僕はその場面を見ながら、流石騎士は違うと思った。相手が平民だからって手荒なことはしない。ロナン男爵のような貴族だし、軍隊を連れているのにもその行動には礼儀がある。
今僕の目の前に立っている女騎士は、まさに僕が考えていた理想の騎士そのものだった。僕はまた涙を流しそうになった。最近の僕は完全に泣き虫だ。精一杯我慢するしかない。
その時、僕はふと不思議なことに気付いた。食糧を運んでいる兵士たちが……みんな……女性だ。いや、まさかそんなはずが……と思いながら注意深く観察すると、それは本当だった……!
もちろん女騎士が存在しているように、女兵士も存在していることは知っている。しかし当然ながら女兵士も少数だ。それなのにこの部隊はみんな……女兵士だと?
指揮官から兵士まで全員女性って、聞いたこともないし本で読んだこともない。大体、わざわざ女性だけで部隊を編成する理由なんて想像もできない。しかし現に女性だけの部隊が目の前にいる。
これはどういうことだ……と思っていた瞬間、ケイト卿が声を出した。
「これで全部なのか?」
どうやら食糧の取引が終わったようだ。村のおじさんたちの顔が大分明るくなっていた。
「それでは、これはついでにだけど……ちょっと質問がしたい」
みんなケイト卿の話に注目した。また何か美味しい話でもあるんじゃないかなって期待しているのだ。
「おい、あれを持ってこい!」
その指示に、今度も兵士の一人が何かを持ってきた。それは……一枚の紙きれだった。
「この中で、この絵をどこかで目撃したものはいないか?」
ケイト卿はランタンの光で紙切れを照らして、そこに描かれている絵をみんなに見せた。その絵は……。
僕は心の中で悲鳴を上げた。その絵は……大きい木の絵だったのだ。つまりそれは、ここ最近忘れていた……古代エルフの紋章……!
「どうだ、村長。あなたはこの絵をどこかで見たことがないのか?」
ケイト卿の質問に村長がちょっと考えてから答える。
「それは……古代エルフの紋章ですね」
「知っているのか?」
「はい、本で読んだことがあります」
「なら、この紋章が付いている岩とか建物を見たことは?」
「ありません」
村長が首を横に振った。
「そんなことはありませんが、話なら聞いたことがあります」
「話?」
「はい、これは死んだ祖父から聞いた話ですが……北側の山のどこかに古代エルフの遺跡が残っているけど、現在はその場所を知るものがいなくなった……ということです」
「そうか……」
ケイト卿は頷いた後、声を上げた。
「他の人々はどうだ? この紋章について何か知っているものはいないのか?」
その質問に答える人はいなかった。
「みんな、何か知っていたら騎士様に申し上げてくれ」
村長もそう言った。村長としてはなるべくケイト卿に協力しておきたいんだろう。
僕の頭の中で何かが閃いた。ケイト卿がわざと食糧を3倍の価格で買ったのは……お詫びのためではなく、村の人々の警戒心を解かせるため……! つまりケイト卿の本当の目的は……あの古代エルフの紋章について調べることだ……!
白金騎士団の騎士と王立軍がこんな田舎まで来たことも、それで説明できる。ケイト卿は『取引のついでに質問するけど』とか言ったけど……紋章の方こそが本命に違いない。
しかし問題はここからだ。どうやら……この村であの紋章が付いている『扉』の場所を知っているのは……僕だけのようだ!
当然と言えば当然のことだ。あの場所は、山道を何年も通った僕でさえ、崖から落ちるという事故がなかったら辿り着けなかった場所だ。他の人が知っているはずがない……!
心臓がまた激しく鼓動し始めた。ど、どうすればいいんだ。騎士様に協力するべきか?
「あ、あの……!」
僕の口から、いきなり声が出た。
「アルビン……?」
村長が僕を見つめた。いや、村長だけではない。村のおじさんたち、王立軍の兵士たち、そしてケイト卿まで……みんなが僕を注目していた。
逃げたくなった。しかしもう逃げることはできない。
「君、何か知っているのか?」
ケイト卿が僕に質問した。
「その紋章が付いている場所を……知っています」
決意を固めてそう答えた瞬間、ふと思った。これで僕の運命は大きく変わるかもしれない、と。