第130話.反乱軍
険しい山道の途中、僕とセトは切り株や岩に座って食事をした。
空はもう結構暗くなっていた。狼の群れが出没する山の中で野営するのは危険そうだし、そろそろ食料も底をつきそうだけど……セトなら何か考えがあるだろう。おかしい話だが、そういう面では信頼できる人だ。
「そう言えば」
干し果物を噛みながら、僕はふと話を始めた。
「セトさんのご家族は?」
「……何故そんなことを聞く?」
セトが僕に鋭い眼差しを投げてきた。
「いや、何というか……僕たちって、いつも勝ち負けとか善悪の話ばかりしていますから。たまには別の話題もいいかな、と」
僕はありのままの気持ちを口にした。セトは少し間を置いてから……ゆっくりと口を開く。
「私には……妹がいる」
「僕と同じですね。僕にも二人の妹がいます」
しばらく沈黙が流れた。
「……その、セトさんの妹さんは?」
「別れた」
「そうですか……」
セトは、数百年前に滅亡したと言われている古代エルフの生き残りだ。もう僕としては想像もできない人生を生きてきたに違いない。
「敵の事情を知ったところで、どうしようもないだろう」
セトが冷たく言った。
「余計に戦いにくくなるだけだぞ」
「それは……そうかもしれません」
僕が頷くと、セトは苦笑した。
「本当に不思議なやつだ、お前は」
セトは僕のことを本当に不思議に思っていた。奇妙な話だ。僕からすれば、古代エルフであるセトこそ不思議な存在なのに。
「お前を見ていると……まるで掴めない雲を見ているようだ。まあ、それもあの女と同じか」
それから僕たちは沈黙の中で食事を終えた。
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ランタンの光に頼って、僕とセトは暗闇の中を歩いた。
もう道と呼べるものすら無くなり、僕たちは道なき山の中を進んでいた。一体セトはどこに向かっているんだろう?
少し不安を感じていた時だった。いきなり暗闇の向こうから光が見えてきた。あれは……松明だ。洞窟の入り口に松明がついている。まさかあんなところに人が住んでいるのか?
「誰だ!」
僕たちが洞窟に近づくと、緊張した声と共に二人の男が現れた。彼らは手に槍を持っていて……二人ともエルフ族だった。
「私だ」
セトが答えた。二人の男はセトの顔を確認して「セトさん!」と声を上げた。
「待っていました。どうぞ中へ」
セトは軽く頷いて洞窟に入り、僕もその後を追った。
洞窟の内部にはランタンや松明などが設置されていて、意外と明るかった。しかし広くて分かれ道も多いから完全に迷路だ。セトはそんな迷路の中を迷いなく進んだ。
「セトさん!」
洞窟の通路で若い男がセトに挨拶してきた。彼もエルフ族だった。
「報告は聞きました! 流石セトさんです!」
「エリックは?」
「団長は作戦室です!」
「そうか」
セトは軽く頷いて足を運んだ。若い男はそんなセトを尊敬の眼差しで見つめた。
やがて僕とセトは大きな扉の前で歩みを止めた。セトがノックすると、中から「入れ」という男の声がした。
「セトさん……!」
セトと僕が部屋に入ると、大きなテーブルの前に立っていた男が声を上げた。
「久しぶりだな、エリック」
「お久しぶりです!」
僕は『エリック』と呼ばれた男を観察した。30代に見える背の高い美男子だが……顔に大きな傷跡があった。そして彼ももちろん……エルフ族だった。
「作戦は完璧に成功したようですね。流石セトさんです」
「レベッカが大活躍してくれた。だが、彼女は検問の関係でパバラの外に待機させておいた」
「そうですか。して、後ろの人が噂の……?」
エリックが僕を凝視すると、セトが頷いた。
「ああ、こいつがアルビンだ」
「なるほど……噂の『騎士殺し』ですか」
エリックは僕に一歩近づいて笑顔を見せた。
「俺はここの責任者であるエリックだ」
「……アルビンと申します」
僕は警戒しながら自己紹介した。
「君の噂なら何度も聞いたよ。王都の英雄だってね」
王都の英雄……僕はそこまで言われているのか。
「剣術も弓術も強いらしいじゃないか。まだ若いのに大したもんだ。よかったら今度……」
「……よかったら、あなたたちについて説明して頂けませんか」
僕は無理矢理話題を変えた。
「ふっ、なるほど」
エリックが笑った。
「敵陣の中なのに大胆だな。分かった、話してあげよう」
「お願いします」
「俺たちは……『森の兄弟団』だ」
森の兄弟団……。
「もう予想はついているはずだけど、エルフ族の反乱軍だ」
「反乱軍って……何のための反乱ですか?」
「差別されているエルフ族の解放……とだけ言っておこう」
僕はセトの顔をちらっと見てから質問を続けた。
「あなたたちも古代エルフですか?」
その質問にエリックは笑顔で首を横に振る。
「いや、俺たちは普通の人間だ。セトさんのような超人ではない」
「……そのセトさんがエルフ族の差別を助長しているのは知っているんですか?」
「ああ、知っているさ。というか作戦通りだ」
「作戦通りって……」
エリックの顔から笑みが消え去った。
「平和な方法では何も変えられない。俺たちはその事実を誰よりもよく知っている」
「だからといって差別を助長するのは……」
「勘違いしてもらっては困る。差別を始めたのはセトさんではない。ずっと昔からのことだ」
エリックが手を伸ばして、僕の肩を掴んだ。
「考えてみてくれ。一人のエルフ族が犯罪を犯したからって、エルフ族全体を差別するのが正しい社会だと思うか?」
「それは……」
「違うだろう。しかし現実はそうなるんだ。何故なら……エルフ族は元々差別されていたからだ」
エリックが僕の肩を放した。
「エルフ族はずっと昔から差別されていた。一人のエルフ族が罪を犯したらエルフ族全体が悪だと言われ続けてきた。俺たちはそんな現実にもううんざりだ」
エリックの瞳に怒りがこもった。
「だから……言われた通りにしてやるつもりだ。エルフ族全体が悪となって、この王国を覆す。それが俺たちの目標だ」
僕は思わず固唾を呑んだ。それは……僕の想像を遥かに超える憎悪だった。