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羊飼いと亡国のお姫様  作者: 書く猫
第14章.パバラにて
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第129話.暗い執念

 パバラ地方の村たちは……どこも同じ反応だった。

 どの店に入っても、どの宿に入っても……客がエルフ族だと知った途端、相手にしてくれなかった。


「クソみたいなエルフ族のお金は要らないんだよ」


 露骨にそんな言葉を言う人もいた。だがセトは怒らなかった。いや、むしろ彼は喜んでいる。セトの顔はいつもと同じく無表情だけど……僕には分かる。

 人々が憎しみ合えば憎しみ合うほど、彼の計画通りなのだ。人間の善意なんて無力だという彼の考えが正しいと証明されるのだ。セトはその事実に喜んでいる。

 僕は……悲しかった。もう少し、もう少し理解し合えるはずなのに……何でこんなことになるんだろう。何故人々はお互いを憎しみ合おうとしているんだろう。


「怖いからだ」


 ふとセトが言った。まるで僕の心を読んだように。


「安全な場所で善人ヅラするのは誰にでもできる。しかし自分自身が危険に晒されていると感じた瞬間……そんな薄っぺらい善人の仮面などいとも簡単に剥がれる」

「……嬉しそうですね」

「ああ、嬉しいさ」


 セトは否定しなかった。


「結局この世を司るのは暴力だ。善意や慈悲など……敗北者たちの言い訳にすぎない」


 僕は反論しなく、ただ拳を握った。


---


 思えば僕は最初からセトに誘導されていた。

 セトはエリンの命を狙うふりをして、人々に『世界樹の実』を探させた。それで僕が『世界樹の実』に選ばれ……王都まで来ることになった。

 王都ではわざと僕の目の前で王子を襲撃して、僕の存在を確認した。ついでに僕が人々を助けるかどうか試したんだろう。

 その後、僕を拉致するためにレベッカさんをギボン伯爵の屋敷で働かせて、自分自身は密航者のふりをして僕をグレーポートまで誘導した。全て計画通りだった。

 セトは僕が彼の師匠の後継者だと言った。そんな僕に勝つことで、師匠に勝ちたいのだ。単純に僕を殺すだけでは足りない。『人間は自分の中の悪を警戒して、暴力以外の道を探すべき』という師匠の考えを否定して……『人間は憎しみ合う存在で、結局暴力こそが全ての鍵』だと証明したいのだ。本当に暗くて底が見えない執念だ。

 今までは……紛れなくセトの勝ちだ。僕は拉致されて、人々はお互いを憎しみ合い始めた。だがこれからは……僕が反撃しなければならない。


---


 野営と旅を繰り返して……僕とセトはパバラの東に向かった。

 いつの間にか遠くから山が見え始めた。しかも僕が見てきたどんな山よりも高くて……まるで空まで届きそうな山だ。セトはあの山に向かっているんだろうか?

 それから数時間歩いて、やっと山の近くに辿り着いた。近くでみると本当に圧倒されそうな山だ。白い山頂は雲に覆われていて神々しい。

 山の前には『カシス』と書かれている道標が立っていた。この山の名前なんだろう。


「この山を登るんですか?」

「そうだ」


 セトは短く答えてから山道を登り始めた。僕もその後を追った。

 山道を歩いていると羊飼いだった頃のことが思い出された。羊たちと山道を歩いていた日々……疲れた体で小さな家に戻ると、アイナが笑顔で僕を待っていた。

 もちろんこのカシス山は故郷の山とはまったく違う。空が見えないほど鬱蒼とした木々のせいで常に暗い。道は険しくて、もう人の通る道というより獣道に近い。


「あ……」


 僕は思わず声を漏らした。道が少し広くなったと思った途端、何の前触れもなく……狼たちが現れたのだ。


「対応する」


 セトが剣を抜いた。僕も腰から白獅子はくじしを抜いた。美しい剣身けんしんが日差しを反射して輝いた。そして人間側が剣を抜くことを信号に……狼たちが一斉に動いた。


「はっ!」


 僕は真っ先にかかってくる狼の向かって剣を振るった。するとその狼の首から真っ赤な血が飛び上がった。その隙に次の狼が僕に襲い掛かろうとしたが、僕はそいつも迷いなく斬った。

 僕の全身は熱に包まれた。『世界樹の実』の力によって身体が強化されているのだ。この感覚にももう慣れている。

 次々とかかってくる狼たちを、白獅子で切り裂き続ける。学んできた剣術を応用して、周りの環境に注意して、かかってくる敵を観察して……剣を振るい続ける。雑念も悩みも生じる暇などない。自分を守って生き続けるための生存本能が僕を完全に支配している。


「はあっ!」


 狼が地面から飛び上がった瞬間、僕の白獅子が鋭い光を発した。手応えと共に狼が真っ二つになってしまった。


「はあ……はあ……」


 そいつが最後の狼だった。僕は荒くなった呼吸を整えるように、大きく息を吸い込んだ。


「素晴らしい」


 セトも戦いを終えて僕を振り向いた。彼の周りにも多数の狼が倒れていた。


「平和主義者のくせに強いじゃないか」

「……僕の力ではありません。『世界樹の実』の力です」


 僕が答えると、セトが首を横の振る。


「その力を完全に制御できるのはこの世でお前しかいないんだよ」

「セトさんにもできないんですか?」

「私には『専用の実』がある」


 セトが右手を差し伸べた。すると彼の手のひらから美しい宝石が浮かび上がった。それは……『世界樹の実』だった。


「『世界樹の実』は、その実に選ばれた人間だけが完全に制御できる。手助けくらいはできるが、その力はあくまでもお前のものだ」

「なるほど……」


 僕は頷いた。


「つまり僕を殺して力を奪うことは、セトさんにもできないわけですね」

「ああ、それがお前を生かしている理由の一つだ」


 僕とセトは刃に着いた血を拭き取って、剣を納めた。そして狼たちの死骸を後にして……再び山道を進んだ。

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