第128話.後継者
僕とセトはパバラに着いた。
パバラは一つの都市や村ではなく『地方』だ。我がラべリア王国は大きく5つの地方に分けられるけど、パバラは最東南に位置していて……暖かい気候と美味しい果物で有名だ。
このパバラを統治している大領主が『エリン・ダビール女伯爵』……つまり僕の妹だ。まだ幼いエリンは自分の領地であるパバラから離れて王都で生活していたけど、数ヶ月前、領主としての義務を果たすためにパバラへ旅立った。そしてアイナもエリンを支えるために一緒に旅立った。
いつかは妹たちに会いに行きたいと思っていた。しかしこうも早くパバラを訪ねることになるとは……想像もしていなかった。だが素直に喜べない。何しろ今の僕はセトに拉致されている状態なのだ。
僕は隣で歩いているセトの色白な横顔を見つめた。彼はもうエリンの命を狙わないと言ったけど、その言葉を信用できるかな? いや……そもそもセトは何故エリンの命を狙ったんだ?
姫様やレオノラさんは、セトが我が王国を戦乱に陥れるために動いていると推測した。だからこそエリンやエルナン王子の命を狙ったんだと。幸い彼の企みは失敗に終わり、エリンもエルナンも無事だけど……何か寂然としない。
「今日はあの村に泊まる」
セトの声が聞こえてきた。考えにふけていた僕は頭を上げ、前方を注視した。すると地平線の向こうから村の姿が見えてきた。
近くまで行ってみると結構大きい村だった。旅人や行商人のための宿もあるはずだ。何時間も歩いたせいで流石に足も疲れたし、今夜はゆっくりしたい。
しかし……宿を見つけて入ると、宿の主人が僕たちに冷たい視線を投げてきた。
「すまんが、部屋がない。他に行ってくれ」
僕は少し驚いた。満室には見えないのに……。
「分かった」
でもセトは別に反論しなく、宿を出た。僕も彼の後を追った。
数分後、僕たちは別の宿を見つけて入った。しかしそこも同じ反応だった。
「今は部屋がないんだ。お引き取り願えるかな」
中年の主人が冷たい声でそう言った。セトは今度も反論しなくて素直に宿を出た。まるでこうなることを予想でもしたかのように。
「セトさん」
「何だ」
「これは……どういうことですか? あの宿たち、満室には見えなかったんですが」
「私がエルフ族だからだ」
何?
「セトさんがエルフ族だから……拒否したと?」
「そうだ」
セトの顔に微かな笑みが浮かんだ。
「やつらはエルフ族を怖がっているんだ。だから拒否しただけだ」
「どうして……」
「分からないのか? 考えてみろ」
セトが歩みを止めて僕を振り向いた。
「昨年から『仮面の魔導士』はこの王国の恐怖の対象となった。見たことも聞いたこともない魔法を使って王都を襲撃したからな。そしてお前の活躍で……仮面の魔導士の正体がエルフ族だということが判明された」
「まさか……」
「しかも仮面の魔導士は軍隊によって拘束されたのにもかかわらず、そこの領主を殺して脱走した。どうだ、この上ない危険人物だろう?」
「人々がエルフ族を危険視するようになった……」
僕が目を丸くすると、セトは冷笑した。
「この王国の人々は、もともとエルフ族に対してあまりいい印象を持っていない。そこで魔法に対する恐怖が広がれば……魔法で有名なエルフ族が危険視されるのは当然なことだ」
「……あなたのせいで……!」
「ああ、私のせいだ」
セトが素直に認めた。
「昨日、食べ物を盗んだエルフ族の子供が酷く殴られただろう? しかし誰もその子供を助けようとしなかった。どうしてだと思うんだ?」
「エルフ族が嫌われているから……」
「そうだ。お前みたいにどんな状況でも善意を忘れない人間は……決して多くないんだよ」
僕はやっと昨日のことが理解できた。食料品店の主人が僕のことを『善人ヅラするやつ』と罵ったのは……僕がエルフ族の味方をしていると思ったからだ。
「昨日の村はまだいい方だ。エルフ族の客を追い払わなかったからな。でもパバラは排他的な地方だ」
「あの兵隊たちが警告したのも……」
「ああ、そういう意味だ」
数時間前、僕たちを検問した兵隊たちは『俺は別にエルフ族に対して偏見を持っていない』と言っていた。つまり……『他の人々はエルフ族のことを偏見の目で見ているかもしれない』と警告してくれたのだ。
「セトさん」
僕は怒りを感じた。
「あなたせいで……罪のない人々がお互いを憎しみ合うようになりました。どうとも思わないんですか!?」
「必要なことだ」
セトは相変わらず冷たい声だった。
「人間社会を変えるためには犠牲が必要だ」
その瞬間、僕はある事実に気付いた。セトは……『意図的にエルフ族が差別されるように仕向けた』のだ。
女伯爵暗殺や王子襲撃が失敗したのも……最初から計画通りのことだった。セトがギボン伯爵に捕まったことも、伯爵を殺して脱走したのも……全て計画通りだ。つまりセトの狙いはこの王国を戦乱に陥れることではない。彼の本当の狙いは……『世界樹の実』を持っている僕の拉致と……エルフ族が差別されるように仕向けること……!
「……その顔、やっと気付いたようだな」
セトが無表情で僕を凝視した。
「私は数百年前からお前のことを待っていた。あの女の意志を継ぐ……『後継者』を」
「セトさんの師匠の後継者……」
「お前を殺し、人間の善意は無力だということを証明する。それで私はあの女に勝てる」
セトの冷たい声から……底の見えない執念が感じられた。