第127話.二人の平行線
僕とセトは馬車をレベッカさんに任せ……村を出て歩き始めた。
いきなり徒歩旅行が始まったけど別に問題はない。僕もセトも魔法の力で体力を回復できるし、そもそも僕は元羊飼いだ。歩くことには慣れている。
いや、むしろレベッカさんと離れてよかったとも言える。もし僕とセトが戦うことになれば……彼女が巻き込まれるかもしれない。そんな悲しいことはできるだけ避けたい。
もちろん今の僕はセトに反抗できない。一対一で戦っても勝算などないし、『奴隷の烙印』のせいで彼に逆らえない。でも……耐えて機会を待てば道は必ず開く……!
「……本当に不思議だな」
沈黙の中で30分くらい道を歩いた時……ふとセトが口を開いた。
「何ですか、セトさん」
「お前のことだよ」
「はい?」
僕が……不思議?
「お前の右手に刻まれた『奴隷の烙印』は、本来奴隷の意志を破壊するためのものだ」
「意志を破壊……」
僕は自分の右手の甲に刻まれた赤い円を見つめた。
「もう説明したが……その烙印は主人に逆らう度に、そして主人に殺意を抱く度に奴隷の命を蝕む」
「はい」
「人間は表では笑顔で服従しても、裏では殺意を抱く生き物だからな。烙印はそんな奴隷の『殺意を抱く意志』すら破壊するんだ」
殺意を抱くことすら許されないから、やがては反抗しようする意志すらなくなるのか。
「逆らおうとするけど結局意志が破壊されるやつ、そして最初から強者には逆らえないやつ……結局奴隷ってこの二つだ。でも……お前は私に対して殺意を抱いていないし、だからといって反抗を諦めたわけでもない。一体どうしてそんなことができるんだ?」
「僕はあなたを殺したいわけではありませんから」
僕が答えるとセトは苦笑した。
「私はお前の大事な人を攻撃したし、お前自身にも何度も苦痛を与えた。それなのに小さな殺意を抱かないって……そんなこと、聖人でも不可能だと思うが」
「もちろん僕は聖人ではありません。どこにでもいる普通の人間です。だからこそ僕は自分が暴力に染まることが怖いです」
「暴力に染まる……」
「守るために戦うのは恥ずかしいことでも悪いことでもない。ただし、暴力に染まって自分を失ってはいけない」
「……レベッカが持っていた本の文章か」
セトが歩みを止めて僕を振り向いた。僕も足を止めて彼を見つめた。
「僕は騎士を殺しました。今でも彼のことが許せないし、憎んでいます。だが憎んでいる相手を殺し続けるだけでは……たぶん僕という人間は変わってしまいます。僕はそれが怖いんです」
「『他人を攻撃する前に、まず自分の中の悪を警戒するべき』か」
セトはあの本の文章を口にした。
「お前があの本に出会ったのはある意味運命だ」
「あの本がセトさんの師匠の言葉を集めたものだからですか」
「もうそこまで気づいていたか。勘のいいやつだな」
セトが笑った。
「そう、私がレベッカを助けたのは偶然ではない。師匠の教えを集めた本を追跡した結果だ」
「……セトさんはセトさんの師匠の考えに反対しているんですね?」
「もちろんだ」
セトが迷いなく答えた。
「私の師匠はいつも『暴力は最終手段だ』と強調した。しかしそれは間違っている。暴力は最初手段だ」
僕は息を殺した。
「人間の歴史は暴力の歴史だ。新しい技術が生まれたら、その技術が最初に適用されるのはいつも戦争兵器だった。エルフ帝国の魔導士たちはいつももっと簡単に相手を殺せる魔法を追求した」
セトの声は確信に満ちていた。
「対話、理解、外交……そんなものは問題を解決してくれない。結局暴力がないと何も始まらない。それが私の結論だ」
セトが僕を指さした。
「お前自身を見ろ。お前は口先だけの偽善者ではなく、正真正銘の義人だけど……結局私の暴力に囚われている。所詮そんなものだ」
僕はゆっくりと頷いた。
「確かにセトさんの言葉は一理あります。守るために戦うといっても、結局力が必要ですから。だが僕は……暴力ではなく別の道を探すための努力も大事だと思っています」
「それがお前の『不屈』か」
「はい。そしてセトさんの目標が人々を助けることだとしても……僕が賛成できない理由です」
「なるほど」
僕とセトははっきり分かった。これ以上会話しても……二人の考えが交差することはないということを。僕はその事実がとても悲しかった。
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パバラに近づくほど、どんどん暖かくなっていった。パバラは我が王国の東南端だから他の地域より暖かいんだろう。道の両側には見たことのない異国的な木々が並んでいた。
ふと後ろから馬の足音が聞こえてきた。振り向いたら馬に乗っている3人の兵士たちがこちらに向かっていた。
「アルビン、下手な真似をするな」
「はい」
やがて兵士たちは僕とセトの前まできて、馬を止めた。
「おい、お前たち」
兵士の一人が口を開いた。
「パバラに向かっているのか?」
「はい、パバラに向かって旅をしています」
セトが答えた。
「通行許可証は持っているのか?」
兵士が疑いの眼差しでまた質問してくると、セトが懐から一枚の紙切れを持ち出して彼に渡した。兵士は紙切れをゆっくりと確認してセトに返した。
「……で、お前たちの名前は何だ」
「私はケレイト、こっちはジョージです」
「ケレイト? 珍しい名前だな」
「エルフ族の名前でして」
兵士は眉をひそめた。
「俺は別にエルフ族に対して偏見を持っていない。だが最近のパバラはいろいろ物騒だ。くれぐれも下手な真似はするなよ」
「分かりました」
セトが素直に答えると、3人の兵士たちは馬を駆って離れていった。
「幸いですね」
僕がそう言うと、セトが微かに笑った。
「あれはたぶん任務を終えて帰還中の兵隊だ。そこまで厳しく検問しないさ」
「僕が心配したのはあなたの方ではありません」
「そうか」
「はい、もし正体が知られたら皆殺しにするつもりだったんでしょう?」
「当然だ」
僕とセトは旅を再開した。もうパバラは……エリンが統治している地方は目の前だ。