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羊飼いと亡国のお姫様  作者: 書く猫
第13章.敵との旅
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第124話.不屈

「……だから僕にあんな幻想を見せたんですか」


 僕は淡々とした口調で聞くと、セトは僕をちらっと見てから口を開く。


「下水道でのことか」


 下水道での戦いで、セトは僕に幻影魔法を使った。それで僕は自分がとある都市の領主になる幻想を見た。幻想の中で、僕は恐ろしいの事件の容疑者をなるべく公平に扱おうとしたが……結果的に人望を失い、暴動が起きてしまった。


「あれはちょっとした芝居さ」

「どういう意味ですか?」

「エルフ帝国の伝統だ」


 伝統……?


「エルフ帝国では、才能ある若者を選抜して……指導者として養成する制度があった」

「指導者を養成……」

「だから才能ある若者かどうかを調べるための『試練』があったのだ」


 セトの声はどこか優しかった。過去のことを思い出しているからだろうか。


「試練の内容は毎回違う。だが若者の武と知識と志を試すということは共通する」

「武と知識と志……」

「武と知識の試練は、仲間の力を借りても構わないけど……志の試練は本人の力だけで乗り越えなければならない」

「まさか……」

「下水道で私がやったことは、その試練の猿真似に過ぎない」


 セトは自嘲的に言った。


「魔獣は武の試練、魔法の仕掛けや探索は知識の試練、そしてお前に見せた幻想が志の試練だった」

「なるほど……」


 つまり僕はみんなの力を借りて武と知識の試練を乗り越え……一人で志の試練に当たったわけだ。


「僕を試して……情報を収集したわけですね」

「ああ、それでお前がどういう人間なのかはっきり分かった」

「僕はどういう人間ですか?」

「お前はあの女とまったく同じだ」

「だから、あの女って一体誰ですか?」

「私の師匠だ」


 え……?


「お前には指導者としての資質がある。決断が早く、行動にも迷いがない。頭も身体能力も悪くない。しかし……決定的な問題がある」

「何ですか」

「あまりにもまっすぐ歩こうとしているところだ」


 セトの声が冷たくなった。


「一人で静かに暮らすつもりなら、それも悪くないかもしれない。しかし人間社会で何かを成し遂げようとすると……そんな性格では孤立してしまう」

「孤立……」

「そもそも人間社会は綺麗でもなく、美しくもない。あまりまっすぐな人間は歓迎されない。どの時代でもどの国でもそれが摂理だ」


 セトが僕を振り向いた。


「あの幻想でのお前の選択も同じだ。『疑いだけで人を罰してはならない』……本当に立派な話だ。だが多くの場合、そんな立派な行動は理解されない」


 僕は何も言えなかった。


「……ちょっと喋りすぎたな」


 セトも口を黙った。


---


 僕たちが馬車に戻った頃には、もう空が暗くなっていた。


「今日はここで野営だ」


 天幕を張り、焚き火に火をくべり、お湯を沸かし、食事を済ました。これで今日も終わりだ。


「おやすみなさい」


 レベッカさんは厚い毛布を被ってすぐ眠りについた。僕とセトはともかく、彼女には冬の旅路が厳しいはずだ。

 僕とセトは焚き火の周りに座って、沈黙の中で赤い炎を見つめた。どうやらセトも寝る気がないらしい。


「セトさん」


 ふと僕が口を開いた。


「何だ」


 セトは炎を見つめながら答えた。


「さっきセトさんが言っていたこと……確かにその通りかもしれません」


 僕は顔を上げてセトを見つめた。


「実は僕にも師匠と呼べる人がいます」

「そうか」

「はい。僕に初めて剣術を教えてくれた騎士様です」


 セトも顔を上げて僕を見つめた。


「豪快で、男前で、優しい……本当に尊敬できる人です」

「いい師匠だな」

「はい」


 僕は頷いた。


「その人は僕を助けるために……自分が属している騎士団の腐敗を告発しました。そしてそれが原因で左遷されました」


 セトは何も言わなかった。


「セトさんの師匠にも同じようなことが起きたんではありませんか?」

「……そうだな」


 セトが頷いた。


「でも僕の師匠は……最後の最後まで諦めなかったし、後悔もしませんでした」

「そうか」

「セトさんの師匠も同じだったはずです」


 僕とセトの視線がぶつかった。


「周りから非難され、戦いに負け、孤立しながらも……近道を選ばず、険しい道を一歩一歩進んだ。その不屈の姿が僕に勇気を与えてくれました」

「なるほど……」


 セトが微かな笑みを浮かべた。


「つまり……お前も諦めるつもりはないんだな。散々殴られ、烙印が刻まれ、地獄のような苦しみを味わっても……諦めるつもりは毛頭ないんだ」

「はい」


 僕は唇を噛んだ。


「僕がここで諦めたら、今まで僕を信じてくれた人々を裏切ることになる。僕は……それだけは許せない」


 僕とセトはしばらく互いを見つめた。そして数秒後……セトが視線を逸らした。


「……強敵だな」


 そこで僕たちの会話は終わった。

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