第122話.旅の途中
『霧の森』は思ったよりも広かった。東に向かって数時間走ったのに、僕たちを乗せた馬車はまだ森の中だった。
やがて馬車は小さな湖の傍で止まった。馬を休ませ、同時に僕たちも食事をするためだ。
「お前も手伝え」
「……分かりました」
僕も食事の準備を手伝った。何もしないわけにもいかない。
「一つ聞いてもいいですか」
食事の途中、僕はセトに話しかけた。
「何だ」
「僕たちはどこに向かっているんですか?」
「それを知ってどうする」
「知りたいです」
セトは僕の質問を無視しようとしたが、僕は退かなかった。
「どうせ僕は反抗できないんでしょう? なら教えてくれても構わないと思いますが」
「ふっ……」
セトが笑った。
「本当に一々似ているな」
「どういうことですか」
「弱者には強く出られないのに、強者の威嚇には屈服しない……もう瓜二つだ」
「だから、一体誰と比べているんですか?」
「あの女さ」
「あの女……?」
僕は『あの女』について聞こうとしたが、セトはその隙を許さず話題を変えた。
「検問を避けるために遠回りしているが、私たちはパバラ地方に向かっている」
「……パバラ!?」
パバラ地方は、僕の妹であるエリンが治めているところだ……!
「あなた、まさか……」
僕は拳を握って席から立った。
「まさかまたエリン・ダビール女伯爵の命を狙うつもりですか……!?」
「ふっ……」
セトは再び笑った。
「よせ。私に殺意を抱くとまた地獄を見るぞ」
「答えてください!」
「それが心配なのか? なら安心しろ。女伯爵の命は任務に含まれていない」
セトの答えを聞いて、僕は一旦気持ちを落ち着かせて考えてみた。
問題はセトの言葉をどこまで信用できるか、その点だ。確かに敵ではあるが……セトは妙に正直なところがある。『答えを回避する』ことはあったけど、『嘘で答える』ことはなかった。
「……パバラ地方に行って、どうするつもりですか?」
「情報収集をするつもり……そしてお見舞いに行くつもりだ」
お見舞い? 僕はもっと詳しく聞こうとしたが、セトはそれ以上答えなかった。
食事を終えて馬車での移動を再開した。本当にパバラに向かっているのなら、このまま一週くらい走らなければならない。
パバラに行けば……アイナとエリンに会えるのだろうか。いや、それは無理だろうな。何せ今はセトの手から逃げることができない。それに妹たちの安全を考えると会わない方がいいだろう。
僕は馬車の振動に身を任せていろいろ考えてみた。レベッカさんも僕の反対側に座って何かを考えていた。
レベッカさんは……半年前から、つまり王都での襲撃事件の後からギボン伯爵の屋敷で働いた。その時からずっとセトに情報を流していたんだろう。そして僕に気があるような素振りをして、こっそり僕のことを監視した。もう本当に完璧な演技だった。僕を含めてみんな騙された。
しかしレベッカさんの顔は明るくない。むしろ暗い顔をしている。僕はそれが何故なのか分かるような気がした。ギボン伯爵が死んだからだ。たぶん彼女はギボン伯爵のことを悪く思っていない。少なくともギボン伯爵は……レベッカさんの親友みたいな犠牲者が出ないように、領主として頑張ったのだ。
レベッカさんはギボン伯爵の死に罪悪感を感じている。罪悪感を感じならもセトに従っている。そんな彼女の暗い顔が僕にはとても悲しく見えた。
---
空が暗くなり始めた頃、馬車は『霧の森』を抜けて広い平原を走り出した。森を抜けてからも薄い霧はずっと続いていた。僕は荷台の天幕の隙間から風景を眺めた。
「ん……?」
いきなり馬車が止まった。まだ休憩するには早い時間なのに……何かあったのか?
「アルビン、馬車から降りろ」
運転席からセトの声が聞こえてきた。僕は疑問を感じながらも荷台から降りて、運転席に近づいた。
「どういうことですか?」
「前方に何かがある」
セトも運転席から降りて、慎重に歩みを進めた。僕は彼の後を追った。
「あれは……」
薄い霧に隠れていたのは……地面に倒れている人だった!
「屍だ」
セトが呟いた。屍に近づいてみると、周りには馬車の車輪の跡や馬の足跡がいっぱいだった。
「……この人は商人だ」
セトは中年男性の屍を見下ろしながらそう言った。屍の首筋には一本の矢が刺さっていた。
「盗賊たちが商人の馬車を襲撃したんだろう。まだそんなに時間は経っていない」
「生きたまま連れ去られた人がいるかもしれません」
「ああ、その可能性はある」
僕たちは一旦馬車に戻り、レベッカさんに警告した。彼女は馬車を操って道から離れた。
「アルビン」
「はい」
「走るぞ」
セトは盗賊たちの馬の足跡を追って走り出した。僕も全力で彼の後ろを走った。二人はそのまま20分くらい走り続けた。
「……ここだ」
セトと僕は姿勢を低くした。そこは……沼地だった。背の高い草に覆われて、緑色の沼が広がっていた。一見馬が進入できなさそうな場所のようだが……草に隠された道があった。
「音を立てるな」
「はい」
姿勢を低くしたまま、僕たちは道を辿って沼の奥に向かった。沼の奥には……3棟の小屋があった。盗賊たちの隠れ家だ。
「アルビン、やることは分かっているな?」
「はい」
僕はこれから起きることを理解していた。商人を襲撃した盗賊たちを、今度は僕たちが襲撃するのだ。