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羊飼いと亡国のお姫様  作者: 書く猫
第1章.デイルの羊飼い
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第12話.春

 3日後、僕は仕事を再開した。体はもうある程度回復したし、いつまでも休んでいるわけにはいかない。


「アルビン。お前、もう大丈夫なのか?」


「はい、もう大丈夫です。ご心配ありがとうございます」


「まあ、お前がいないと仕事が大変だからな」


 コルさんは無表情でそう言ったけど、内心は相当嬉しそうだった。僕には何故かそれが分かった。


「暖かくなったな」


「はい」


 冬はまだ続いているけど、ちょっと暖かくなった。雪も降らなくなり、仕事もしやすくなった。この調子なら今年の冬も乗り越えられる。


 冬という季節は、確かに試練と苦痛だらけだけど……だからこそ学べることもある。家族の大切さ、人々の温かい心、生きていることのありがたさ ……すでに知っていたことだけど、今年の冬、もう一度それを学んだ。


 僕はこれからもいろんな試練に出会って、いろんなことを学んでいくだろう。それで少しずつ強くなりたい。そしていつの日にかは、人々の幸せを守る騎士のようになりたい。


---


 ある日の朝、畜舎に向かっている途中……ふと花が視野に入った。道端に咲いている、小さい黄色いの花……その花が僕に冬の終わりと春の始まりを告げた。


「おはようございます、コルさん」


「うむ」


 冬になってからもう3ヶ月が経ったのだ。いろいろ大変だったけど、これで一安心だ。


「乾草が尽きる前に冬が終わってよかったですね」


「うむ、でもまだ油断するな。急に寒くなるかもしれない」


「分かりました」


 羊たちも暖かくなって喜んでいるようだった。羊飼いを3年やったせいなのか、僕にも羊の気持ちが何となく分かる。


 コルさんと僕は油断せず羊たちの状態を確認して、食事させて、畜舎を補修した。


「アルビン」


 やがて今日の仕事が終わろうとしていた頃、コルさんが僕を呼んだ。


「はい、何ですか?」


「これ、持っていけ」


 コルさんは僕に……弓を渡した。相当大きく、細かく作られた立派な弓。明らかに田舎で使うものではない。


「これは……?」


「戦争の時、一緒に戦った士官が俺にくれたものだ」


「これを何故僕に……」


「誕生日の贈り物だ」


 その言葉でやっと僕は今日が自分の誕生日だということに気付いた。


「あ、ありがとうございます。でもこんな貴重なものをもらうわけには……」


「いいんだ。それに、これも持っていけ」


 今度は食べ物が入っている木箱を渡してくれた。


「それは村長からのものだ」


「本当にありがとうございます!」


「礼は村長に言え」


 そう言ってからコルさんは僕を畜舎から追い出した。早く家に帰って妹と一緒に過ごせって話だ。その配慮に僕は深く感謝した。


 それで僕は新しい弓と食べ物を持って歩き始めた。そしてふと気付いた。もしかしたらコルさんは僕のことを息子のように思っているのかもしれないって。ちょうど歳もお父さんくらいだし、コルさんには他の家族がいないから。


 確か奥さんがいたけど、10年以上前に病で亡くなったと聞いた。その時からコルさんは一人で暮らしているんだ。


 ……よし、明日はコルさんの好きな酒を買ってきて、一緒に飲もう。うん、必ずそうしよう。そう心を決めているうちに、僕は家についた。


「お兄ちゃん!」


 いつものように、いや、いつもより明るい顔でアイナが飛んできた。


「あれ? お兄ちゃん、何持っているの?」


「ああ、コルさんと村長からもらった誕生日の贈り物だ」


「ええ!? 今日がお兄ちゃんの誕生日って驚かせようとしたのに!」


「いや、いくら何でも自分の誕生日くらいはちゃんと覚えているよ」


「嘘」


 僕はアイナと一緒に家に入った。そして村長からもらった食べ物と、アイナが用意してくれた夕ご飯を食べた。それだけで僕の誕生日は幸せだった。


「はい、お兄ちゃん、これ!」


「これは……」


「私からの贈り物!」


 しかしその日の幸せはまだまだ続いた。アイナが僕に靴下を渡してくれたのだ。


「これ、お前が……?」


「うん! 私も簡単なものは作れる!」


 最近アイナは友達のメアリちゃんの母親から裁縫を学んでいる。裁縫を学べば仕事もできるし、将来嫁に行った時にも有用だからだ。


 それで妹がやっと作った、茶色の靴下。それをもらって、僕は思わず涙を流した。


「どうしたの?」


「ちょ、ちょっと疲れたんだ。顔洗ってくる」


 台所の木の桶に水があるにもかかわらず、僕はわざと家の外に出た。そして声を殺して泣いた。何故涙が出るんだろう。僕には分からない。僕は理由も分からないまま泣き続けた。


 後ろから誰かが僕に抱きついた。小さくてか弱い手が見える。


 「お兄ちゃん」


 僕は後ろを振り向いて、妹を見つめた。妹の目からも涙が流れていた。僕はそんな妹を抱きしめた。そして僕たちは一緒に泣いた。


---


 暖かい春の日差しと共に、僕の幸せな日々が続いた。僕の体は以前よりも元気になり、畜舎ではたくさんの子羊たちが生まれた。


「コルさん、これ、蜂蜜酒です」


「ふん、こいつ……またこんなものを」


 コルさんとはもっと仲良くなって、よく一緒にお酒を飲むようになった。まあ、僕は1杯しか飲まないけど、その香りと雰囲気を楽しむだけで満足できる。


「お兄ちゃん、今日はこれを作ってみたの」


 仕事が終わって家に帰ると、アイナが直接作った手袋などを僕にくれた。そして僕たちは一緒に笑いながら話をして、食事をして、眠りについた。


 それはいつまでも続きそうな、暖かい日々だった。僕とアイナは多分一生あの日々を忘れられないだろう。心の中でいつまでも暖かく残るだろう。


 しかし全てのものに終わりがあるように、その暖かさにも終わりがあった。ある日の夕方……村の中央から、緊急を知らせる鈴の音が聞こえてきたのだ。

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