第116話.仮面の下
「……かかれ!」
ギボン伯爵の声が響き渡ると……僕たちと化け物たちは約束でもしたかのように、同時に互いに向かって突撃した。
「はっ!」
先陣を切ったのはもちろんケイト卿だった。彼女は掛け声とともに剣を振るい、リンドワームに一撃を食らわした。傷を負ったリンドワームは即座に反撃したが、ケイト卿はその反撃を間一髪で避けてまた一撃を放った。緑の血が飛び散り、リンドワームは低い悲鳴を上げた。魔法を使っているわけでもないのに魔獣を正面から圧倒するなんて……ケイト卿の剣術はもう人間業ではない。
15人の兵士たちは黒い煙たちと張り合った。人の形をしている煙たちは本当に人間であるかのように拳や足で攻撃し、兵士たちは盾で防御した。兵士たちも槍で反撃しようとしたが、相手は煙だからまるで意味がなく……苦戦を強いられている。
「火だ!」
ギボン伯爵が声を上げた。
「やつらは火を避けている!」
その通りだった。煙たちは執拗に攻撃してきたが、何故かランタンを持っている兵士には手を出さない。火がやつらの弱点なんだろうか。
「アルビン君、手を貸せ!」
「はい!」
ギボン伯爵と僕は服の袖を裂いて矢に巻き、ランタンのオイルをかけて即座に簡易松明を作った。そして松明を一つずつ手にして煙たちに襲い掛かった。
「この化け物たちが!」
松明の火に直接触れると、煙たちはもがき苦しんだ。やっぱりやつらは火に弱かった。
「アルビン君!」
レオノラさんが僕に近寄った。
「今よ!」
「はい!」
さっきまでは魔獣と煙たちが視界を妨げたせいで、仮面の魔導士に射撃することができなかった。しかし魔獣はケイト卿に圧倒され、煙たちは火に触れて後ずさった。今なら……できる!
レオノラさんが僕の胸に手を当てると、彼女と僕の体から光が出てきた。僕の体内に潜んでいる『世界樹の実』がその力を発揮しているのだ。
「アルビン君……?」
白い光が礼拝堂の中を照らすと、ギボン伯爵と兵士たち、ケイト卿や魔獣すら驚いて一瞬動きが止まった。いや、彼らが止まったわけではない。僕の瞬発力が強化されて……周りが止まっているように見えるのだ。そして何もかも止まっている世界で僕だけが普通に動いて……弓に『結界の矢』をつがえた。
この距離なら……外さない。僕は仮面の魔導士の肩を狙って『結界の矢』を放った。矢はゆっくりと飛んで祭壇の前の仮面の魔導士へ向かった。
「あ……!」
しかし『結界の矢』は当たらなかった。僕の射撃が外れたわけではなく……何もかも止まっている世界で仮面の魔導士も普通に動き、剣を振るって矢を弾き飛ばしたのだ。その稲妻のように速い剣術に鳥肌が立った。
「足下!」
傍からレオノラさんが叫んだ。
「当てる必要はないわ! 足下を狙って結界を発動させればいい!」
「はい!」
僕は内心自分を責めた。仮面の魔導士に対する敵意のせいなんだろうか、矢を直接当てて早く戦いを終わらせようとした。でもその必要はない。作戦通りに結界を発動させればそれでいい。
まだ僕の体内の『世界樹の実』は力を発揮している。僕はもう一度を弓に『結界の矢』をつがえた。
「うっ……!」
だが次の瞬間、僕は反射的に弓と矢を手放した。仮面の魔導士が電光石火の如く走り、瞬く間に僕の目の前まで来ていた。
「はっ!」
僕は迷わず腰から白獅子を抜き、目の前の仮面の魔導士を攻撃した。ケイト卿やギボン伯爵、兵士たちはまだ各々の敵と戦っているのだ。ここは僕の力で乗り越えるしかない!
僕の剣と仮面の魔導士の剣がぶつかり合い、金属音が響いた。そしてその鋭い音が消え去るよりも早く、両者の剣はぶつかり合い続けた。明らかに相手の方が強いけど……僕は諦めずに剣を振るった。
「……素晴らしい」
ふと男の声が聞こえてきた。これは……仮面の魔導士の声だ。僕が驚いていると、仮面の魔導士が手を止めた。僕も少し距離を取って手を止めた。それで両者は互いを見つめた。
「アルビン君、よくぞ耐えた!」
ギボン伯爵の声が響き渡った。
「化け物たちは撃退した! 残ったのはお前だけだ!」
ケイト卿と兵士たちが仮面の魔導士を包囲した。もうリンドワームは地面に倒れ、煙たちは消え去っていた。残った敵は一人だ。
「降参しろ!」
ギボン伯爵が叫ぶと、仮面の魔導士はゆっくりと手を動かして……仮面を外した。
「エルフ……」
兵士の誰かが呟いた。その通り仮面の魔導士はエルフ族、しかも驚くほどの美男子だった。だが彼の色白な顔には生気がなく……まるでお人形みたいだった。
「……降参だ」
仮面の魔導士が剣を手放し、降参を宣言した。ギボン伯爵は兵士たちに命令して仮面の魔導士を縄で拘束した。それで戦いは終わった。僕たちの勝ちだ。しかし……何かが釈然としなかった。
「あなたは……」
僕は思わず仮面の魔導士に声をかけた。だが彼は何も言わず、ただ僕に冷たい視線を投げるだけだった。