第110話.突入
僕とレオノラさん、ケイト卿とヒルダさん、ギボン伯爵と兵士たち……数百を超える人員が一斉に街の中を進んだ。海の方から冷たい風が吹いてきたが、僕たちは歩みを遅らせなかった。
もちろん全員武装していた。革の兜と鎧を着て、各々武器を持っていた。僕は弓、ケイト卿とヒルダさんは剣、ギボン伯爵は洋弓銃、兵士たちは短い槍と盾を手にしていた。武器を持たないのは魔導士のレオノラさんだけだ。
「レオノラさん、体調はいかがですか?」
「心配要らないわ」
レオノラさんが強張った顔で答えた。
仮面の魔導士を逮捕するためには、どうしてもレオノラさんの力が必要だ。だから彼女もある程度の無理は仕方がないと覚悟を決めたんだろう。僕はそれ以上聞かなかった。
グレーポートの住民たちは、僕たちの行列を見て騒めいた。領主が武装した兵士たちを率いてどこかに向かっているんだから、何か大変なことが起きたに違いないと動揺しているのだ。でも僕たちには住民たちを安心させる時間も、余裕もなかった。
やがて行列は街の外側に出て……あまり人気のない場所で歩みを止めた。坂に囲まれて、誰かがこっそり隠れていても気付きにくいところだ。
「あれです」
ギボン伯爵が右手で何かを指さした。それは……海辺に接する洞窟だった。
「あの洞窟は下水道の入り口の中でも一番大きいもので、兵士たちが襲われたのもあそこです」
洞窟の入り口には4人の兵士たちが立っていた。ギボン伯爵が手を振って呼ぶと、彼らはすぐに駆けつけてきた。
「下水道の様子はどうだ?」
「あれ以来、異常はありません!」
「そうか」
ギボン伯爵はまず周りを封鎖するように兵士たちを配置した。
「他の小さい入り口は石を運んで塞ぎましたから……犯人が誰であれ、もうここから逃げることは難しいでしょう」
ということは、ついに仮面の魔導士を追い詰めたのだ……!
「では、突入の準備を……」
「伯爵様」
レオノラさんが口を開いた。
「突入する前に、一つ話しておきたいことがあります」
「何でしょうか」
皆の視線がレオノラさんに集まった。
「これは……たぶん罠です」
「罠……?」
「はい」
レオノラさんの声は確信に満ちていた。
「ずっと疑問に思ったんです。何故仮面の魔導士がわざと仮面をつけたまま密航したのか、と」
「確かに……」
ギボン伯爵が頷いた。
「私も疑問に思いましたが、何か仮面をつけなければならない理由があるのではないでしょうか」
「はい、最初は自分もそう思いました。しかしわざわざ召喚獣を使って兵士たちを襲ったということを聞いて、仮面の魔導士の意図がようやく分かりました」
レオノラさんは皆の顔を見回した。
「つまり……彼の者は『我ここにいる。捕まえに来い』と私たちを誘っているんです」
「なるほど」
みんな頷いた。
「しかし、そこまでして何を狙っているのでしょうか」
ケイト卿が慎重な口調で聞くと、レオノラさんは少し間を置いて答える。
「たぶん……仮面の魔導士の狙いは私だと思います。私さえ排除すれば、彼の者を阻止できる人はいなくなりますから」
そう言いながら、レオノラさんは一瞬だけ僕に視線を送った。それで僕は理解した。仮面の魔導士の本当の狙いは……この僕だ!
「なるほど、魔導士様を誘い出すための長大な芝居というわけですか」
ギボン伯爵が顎に手を当てた。
「となると、このまま突入するのは危険ですね。長期戦に持ち込みましょうか」
「いいえ、このまま突入します」
レオノラさんの発言にみんな驚いた。
「これは間違いなく罠ですが、逆に仮面の魔導士を捕まえる絶好の機会でもあります。今なら彼の者も逃げる算段より、私を排除しようとするはずです。時間を与えれば何をしでかす分かりません」
「しかし……」
ギボン伯爵もケイト卿も心配げな顔だったが、レオノラさんは断固とした態度だった。
「我が王国の平和のためにも、この機会を逃すわけにはいきません。多少の危険を冒してもここは賭けに出るべきです」
レオノラさんの覚悟が周りに伝わった。
「かしこまりました」
ギボン伯爵が笑顔を見せた。
「では、この年寄りがご同行いたします」
「伯爵様自らが……?」
「はい」
「流石にそれは……」
レオノラさんすら困惑したが、ギボン伯爵も断固とした態度だった。
「私もこのグレーポートの平和のために30年も働いてきましてね。覚悟なら魔導士様に負けませんよ」
ギボン伯爵は30名の兵士たちを選抜した。見るからに精鋭たちだ。
「お前たちの任務は守護だ。命にかけても美しい魔導士様を守り抜け……!」
兵士たちが口を揃って「はっ!」と答えた。
「では、行きましょうか」
顔が赤く染まったレオノラさんに振り向いて、ギボン伯爵が笑顔で言った。