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羊飼いと亡国のお姫様  作者: 書く猫
第1章.デイルの羊飼い
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第11話.回生

 僕はひたすら歩いていた。


 目の前には光があった。僕はその光に向かって歩いていたのだ。まるで呼ばれているかのように。


 光の向こうには何があるんだろう。それに、僕は何故光に向かっているんだろう。分からない。ただの羊飼いである僕には分からない。


 羊飼い……? そうだ、思い出した。僕は羊飼いだ。デイルという小さな村の、貧乏な羊飼いだ。しかし貧乏でも幸せだった。僕には家族が、妹のアイナがいるから。


 僕はこんなところで一体何をしているんだろう。早く妹のいるところに帰らなければならないのに、一体何であの光に向かっているんだろう。


 反対だ。妹は光の反対の方向にいる。不思議にもそれだけは分かる。僕は体の向きを変えようとした。しかしそれがままならない。僕の体は、僕の意志とは関係なく光に向かって歩き続けていた。


 ただ体の向きを変えるだけなのに何故それができないんだ。このままだと何もかも終わってしまう……。


 いや、このまま終わってたまるか。こんな、何も成せないまま、妹の成長すら見守ってあげなかったまま、終わってたまるか。妹を貧乏にしたまま終わってたまるか……!


 僕は叫んだ。口も自由に動けないけど、心の中で必死に叫んだ。状況を変えるために、現実を変えるために、運命を変えるために、僕自身を変えるために叫び続けた。


 いきなり僕の周りに何かが現れた。それは大勢の人々だった。彼らは僕を見つめていた。いや、ただ見つめているだけではない。人々は……僕を応援してくれている。


 その大勢の人々の中には男も女も、子供も老人もいたけど、みんな貧乏で、みんな傷ついて、みんな苦しんでいた。そんな彼らが僕を応援してくれているのだ。まるで僕だけが彼らの希望であるかのように。


 僕はふと気付いた。彼らは僕だった。僕とアイナだった。この世には僕とアイナがいっぱいいたのだ。厳しい現実にも屈せず、どうにか幸せに生きようと頑張っているけど、結局くじけてしまう人たち……その人たちが僕を応援してくれているのだ。


 そしてその応援が、僕に力を与えてくれた。それは運命をも変えるほどの力……僕はその力をもって、体の向きを変えた。


---


 僕は目を覚ました。


 頭がまだ痛かった。しかしその痛みは、僕がまだ生きていることを意味していた。痛みがこんなに嬉しいなんて、あり得るんだろうか。


 それに何故か体の底から元気が出てきた。まだあちこちが痛いけど、その痛みを退けられるほどの元気が出てきた。理由は分からないが、多分これで僕は死ななくて済む。今はそれだけで十分だ。


 アイナは僕のベッドの傍に座ったまま寝ていた。何時間も僕を看病して、それに泣き続けて相当疲れていたはずだ。僕は妹の体が心配になって、手を伸ばした。


「アイナ」


「……お、お兄ちゃん……」


「アイナ、ちゃんとベッドで寝ろ」


「お兄ちゃん……お兄ちゃん!」


 アイナは僕に抱きついてまた泣き出した。僕が死にかけた時にもあんなに泣いていたのに、生き残った時にも泣いてどうする。


「泣くなよ……アイナ。結構よくなったから」


「本当? 本当によくなったの?」


 僕は妹を安心させるために頭を撫でてやった。


「ああ、だからお前はちょっと休め。お前まで病にかかったら大変だ」


 僕の言葉に、アイナは濡れた顔を洗ってベッドで横になったが、なかなか眠れない様子だった。


「お兄ちゃん、どこにも行かないでね」


「分かったよ。僕はどこにも行かないから」


「うん……」


 それで少し安心したアイナは、すぐ眠りについてしまった。やっぱり相当疲れていたようだ。


 僕はまず村の人々が贈ってくれた食べ物を食べた。干し果物やパイ、ジュースが美味しかった。そしてある程度空腹を満たした後、体を洗った。


「ふう」


 温めた水で体を洗ったら、生き返ったという実感が湧いた。まだ体が重いけど無理さえしなければ大丈夫なはずだ。でも念のため薬草師さんからもらった薬瓶を開けた。緑色の液体が入っていた。僕は目を瞑って一気にそれを飲んだ。苦い。


 それからベッドで横になって本を読み始めた。騎士たちの英雄譚が描かれている小説だ。もう何度も繰り返して読んだので、何ページにどんな言葉が出て来るのかさえ覚えてしまった本だ。でも何故かこれを読んでいると心が落ち着く。僕の人生とはまったく違う夢の話だからなのだろうか。


 ふと本から目を離してアイナの寝顔を確認した。妹の顔に光が戻っていた。そう、僕は妹を悲しませないためにも生きなければならない。そんな単純なことを、僕はその日もう一度思い知った。

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