第100話.会談
僕の友達、エルナンが王都を去って間もなく……冬がやってきた。
青かった空が灰色になり、冷たい空気が街を満たした。秋の活気も凍りついて、人々は家の中に閉じこもった。数万人が住んでいる王都も今は物静かだ。
色とりどりの花たちが満開で美しかった王城の庭園も、いつの間にか寂しい姿になってしまった。それはそれでどこか味のある風景だけど、寒さのせいでゆっくり眺めることも難しい。
まあ、でも僕は室内で働いているからまだいい方だ。兵士たちは外で冬の寒さに耐えながら働かなければならない。僕も羊飼いだったから彼らの苦労が理解できる。
そして冬が深まって雪が降り始めた頃……姫様が帰還した。
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灰色の空の下……国王陛下と姫様が王立軍を率いて王都に帰還した。王都の人々は寒さに耐えながらその行列を見物した。僕もレオノラさんと一緒に王都の門まで行って、魔法による危害に備えた。
「国王陛下と姫様だ!」
人々が声を上げ、この王国の支配者を迎え入れた。僕も胸がドキドキしてきた。
「おお!」
そして次の瞬間、その場の全員が感嘆した。国王陛下と姫様が馬車ではなく軍馬に乗っていたのだ。しかもお二方は銀色の兜と鎧を着て、騎士にも劣らない威厳や勇猛さを発していた。
特に姫様はまるで別人になったようだった。パバラ地方へ旅立った時の姫様からは春花のような可憐さが感じられたのに、今の姫様からは冬の寒さにも負けない強靭な精神が感じられた。
やがて行列が王城に入城した。人々は姫様について語り合いながら解散した。これで当分の間は姫様が王都の話題だろう。僕とレオノラさんは行列を後を追って入城し、魔導士の塔に戻った。
「凄かったよね、姫様」
暖炉の前で一緒に体を温めていた時、ふとレオノラさんが口を開いた。僕は「はい」と答えた。此度の出陣で姫様も成長なさったんだろう。そしていつかは女王に……。
「ダビール女伯爵様はそのまま領地を治めることになったらしいね」
「はい」
それはもう知っていた。エリンとアイナは王都に帰還せず、パバラ地方に残ることになった。
「仮面の魔導士のことが一段落したら……パバラ地方に旅行に行きましょう」
「いい考えですけど……レオノラさんも一緒に行くんですか?」
「もちろんよ! 私だって何ヶ月も研究してばかりでもううんざりだよ!」
レオノラさんはまるで子供みたいな不満顔になった。まあ、考えてみれば……王子襲撃事件以来、一番頑張ってきたのは彼女だ。少しは休憩が必要だろう。
それにしても……果たして『仮面の魔導士』を捕まえることができるだろうか。エリンを呪いで殺そうとして、エルナンを召喚獣で襲撃した犯人……しかしその正体については未だに何の手掛かりもない。このままだとパバラ地方に旅行に行くのは……無理かもしれない。
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その日の夕方だった。周りを整理してそろそろ日課を終えようとしていると、誰かが塔の内部に入ってきた。
「お二方共、久しぶりですね」
魅力的な女性の声が聞こえてきた。振り向いたらそれは……姫様の侍女、リナ・エストンさんだった。
「リナさん!」
僕は声を上げた。当然ながらリナさんも姫様と一緒に帰還したのだ。美しくて聡明な彼女との再会は嬉しかった。
「早速で申し訳ございませんが、お二方にご同行願えますでしょうか」
リナさんは相変わらず単刀直入な人だった。僕とレオノラさんはリナさんの後を追って塔を出た。そして3人は宮殿の方に向かった。
「まさか……」
まさか国王陛下に謁見するのか? 僕は緊張した。流石に急すぎる。
しかし宮殿に入った僕たちは、国王陛下の書斎ではなくてもっと奥の部屋に向かった。ここは……?
「ここは姫様の部屋です」
……え!? 僕は目を丸くした。しかし覚悟を決める隙もなく、僕たちは姫様の部屋に入った。すると美しい金髪の少女がテーブルに座っているのが見えた。
「お久しぶりです」
姫様だった。この王国の支配者であるウイリアム・イーストリア陛下の一人娘、ヘレナ・イーストリア様だ。僕とレオノラさんは片膝を折って頭を下げた。姫様は美しい声で「どうぞテーブルにお座りになってください」と言った。
姫様の部屋は、エルナンが使っていた部屋とそっくりだった。広くてよく整頓されている貴族の部屋……しかしどこか素朴な感じがする。本当に似ているな。
「先生もアルビンさんも……本当に久しぶりですね」
僕たちがテーブルに座ると姫様は笑みを浮かべた。そう、こうして姫様と直接話すのは本当に久しぶり……デイルから王都へ旅立った日以来だ。その日から今まで、本当にいろんはことがあった。
「アルビンさん」
「はい」
「辛い時期、お力になれなかったこと……申し訳ございません」
「いいえ」
この間のことなら、別に姫様の責任でも何でもない。むしろ姫様がエリンの帰還を許可してくれたおかげで助かった。
「アルビンさんがご無事で何よりです」
「はい、自分も姫様がご健在で何よりです」
「ありがとうございます」
正確に言うと、姫様は少し疲れ気味だった。この寒さの中を軍馬に乗って行軍したんだから、当然のことだ。女王になるためとはいえ……まだ少女である姫様には厳しい道のりだったはずだ。
「お二方といろいろお話したいですが……今は急を要することがありまして」
「はい、何事でしょうか」
レオノラさんが答えると、姫様が冷静な顔になった。
「それは他ではなく……仮面の魔導士についてです」
その言葉に、僕とレオノラさんは顔を強張らせた。