走る少女
今回はセラ視点です
ではどうぞ!
時は少し遡る。
一人の少女が森を駆ける。
セラだ。
あたしは、夢中で走っていた。
当たる木の枝で傷つこうと、服が破けようと、たとえ息が苦しく、自らの肺が悲鳴をあげようと、あたしは走り続けた。
ただ、一刻も早く村に戻って助けを呼ぶために。
走る、走る、走る、走る、走る、走る、走る、走る、走る、走る、走る、走る、走る、走る。
あたしの頭の中は、黒い髪をした魔族の少年、カレンの事でいっぱいだった。
カレンはあたしを逃がすために、たった一人で百匹以上はいる魔物の大群の前に立ちはだかった。
手にはお父さんから護身用に借りた短剣が一本。どう考えてもそれで百匹の魔物を相手にするのは無謀すぎる。
どうして逃げないの?怖くないの?そんな言葉が喉まで出かかっていた。でも、その時あたしは、唐突に理解した。
(ああ…あたしがいるからか……)
カレンは口に出さなかったけど、きっとそう言う事なんだと思う。でなければ、態々戦うなんていう危険を犯すわけがないし、何よりもっと早く逃げれる筈だ。カレンはあたしがいるから、走る速度を合わせ、最終的に足止めという形でその場に留まったんだ。
あたしはカレンにとって、足手まといでしかなかった。
いや、まだ十歳の子供のあたしが魔物達相手に何か出来るわけがないのは寧ろ普通だし。仮にあの場にあたし以外の人がいても、同じ結果になっていただろう。
それでも、悔しかった。
何も出来ない自分が、役に立たない自分が、何より、カレンを一人残して来た自分が。
あたしには、力が無い。
剣も使えなければ、魔法も使えない。
そんな弱くて何も出来ない自分に腹が立つ。
今のあたしに出来る事と言えば、一刻も早く村に戻り、助けを呼ぶ事だけ、それが私に出来る精一杯。
全力疾走で走り続けたセラは、村まであともう少しの所まで来ていた。
しかし、ここまでほぼノンストップで走り続けたセラの脚は既に限界を迎え、ガクガクと揺れる。顔色は悪く、軽い酸欠を引き起こしていた。
「ゼェ、ゼェ……あと、もう少…し、ゼェ、ゼェ、ゼェ」
今まで味わったことのない息苦しさと身体的疲労、思わず座り込みそうになるが、悠長にしていられない。
こうしている間にもカレンの命は危険に晒されている。セラは自分の体に鞭打ち、無理やりに脚を動かした。
フラフラとした足取りはとても走っているようには見えない。寧ろ、倒れまいと必死で歩いているようだ。
一歩、一歩、確実に村へと向かう。
すると、数十メートル先で森の終わりが見えた。
セラは今度こそ走り出し、速度を落とす事なくそのまま森を抜けた。
森を抜ければ村まではほんの少しだけ、百メートル程だ。セラは最後の力を振り絞り、走る、走る。
ある程度村に近づくと、悲鳴を上げる肺に無理やり空気を入れ、今出せる全力で叫んだ。
「誰か助けてぇぇぇぇぇ!!」
すると、あたしの叫び声に気づいた何人かがこちらに向かって走る。
駆け寄って来たのは、セラの家の近所に住む、少し小太りのルイジおじさんとその息子二人でエリックとトニーの兄弟だ。
三人が近くまで来ると、セラは倒れこむように膝をつき、荒い息を上げた。
汗は滝のように滴り落ち、酷使した脚は痙攣し、心臓がバクバクと破裂しそうな程跳ねる。
「ゼェ!ゼェ!ゼェ!」
尋常ではないセラの様子を見て、ルイジおじさんとエリックが問いかけた。
「セラちゃん!!どうしたんだ、この傷は、何かあったのか?!」
「どうして一人なんだ?カレンはどうした?!」
セラは荒い息をある程度整えて、ルイジおじさん達に森で起きた事を伝えた。
百匹規模の魔物大進行がこちらに向かっていること。それを伝えるため、セラを逃し、カレンがたった一人で足止めに残ったことを説明した。
ルイジおじさん達は驚愕をあらわに、顔色を蒼白にさせた。
「魔物大進行だと!!そんなもん今まで一度も起きたことなどないぞ!!」
「そんな事言ってる場合かよ!それが本当なら今すぐ避難しないとマズイぞ!!」
「それに、カレンのヤツも心配だ、助けに行かないと!
とにかく、オレはトニーと村にこの事を知らせてくる!オヤジはセラちゃんを頼んだ!!」
「わかった、頼んだぞ!」
エリックは弟のトニーを連れて先に村へと戻って行き、ルイジおじさんがセラを抱えて後を追う。
村に戻ると、そこは大騒ぎとなっていた。統制が取れず、全員がバラバラに行動していて最早避難どころではなかった。すると、
「みんな落ち着くんだ!!」
普段温厚で大声を出さないユルトが、珍しく叫ぶ。
村人は声の主がユルトだと知ると、ピタリと動きを止め、全員の視線がユルトへと向く。
「みんなバラバラに動かないで、それじゃ返って危険だ。焦らず、落ち着いて行動して欲しい。
とりあえずば必要なものだけ持って、高台にある洞窟に避難しよう。あそこなら僕たちの匂いも風で流されて分からない」
ユルトの指示に村人達は顔を見合わせると、納得がいったのか、すぐに避難が始まった。
皆んな必要な物をーー持てるだけーー持って、村近くの高台にある洞窟へ避難した。
洞窟はそこそこの広さをしており、その昔、何かがこの洞窟を作ったと言われいる。
洞窟へ避難した村人達は、息を殺すように静まり返る。
この村ができてから、これまで魔物大進行など起きた事がない為に、その衝撃は大きなものだ。巻き込まれれば、こんな小さな村など、跡形もなく消え去る。
そうなるかも知れない未来を幻視する殆どの村人は、表情が暗く、もう終わりだ、という心境をしていることだろう。
実際、魔物大進行に巻き込まれて壊滅した村や町は少なくはない。人間にとっては洒落にならない脅威なのだ。
村人達が洞窟の奥で身を潜めている中、入り口付近ではカレンを助ける為の救助隊が編成された。
救助隊と言っても村の中で多少の腕が立つ程度で、申し訳程度の武装をしたのものだ。
その中にはセラの父であるオルドも含まれていて、カレンが一人で魔物の大群を足止めしていると聞いて、いても立っても居られず、無理矢理救助隊にねじ込んだのだ。
セラは顔や腕などに出来たすり傷を手当てしてもらい、救助隊の人達にカレンと別れた場所の、だいたいの位置を告げた。
「お父さん、カレンを助けて!」
「ああ、絶対助け出して連れて帰る!」
「あなた、気をつけて。カレン君をお願い!」
オルドはコクリと頷くと、救助隊の皆んなと供に森へ向かった。
「カレン大丈夫かな?」
不安になるセラの様子に、隣にいたシーマが優しく抱き寄せて、安心させるように微笑んだ。
「大丈夫よ、きっとお父さんが連れて帰って来るわ。それにユルト君も付いているし、無茶しないわ」
「……うん!」
(きっと、大丈夫だよね、カレン!)
それから数十分後、救助隊がカレンの元に辿り着き、地獄絵図とかしたその光景に全員が凍りつくことになるのだった。