勇者の条件
あけましておめでとうございます!
全然年を越した感じはしませんが……今年も『転生悪魔〜世界最強に至るまで〜』をよろしくお願いしたします!
時は遡る事少し前。
ルミナスことシェイバが王都のギルドで短期決戦を提案し、色々あってそれが実行へ移される事となった。
「ではギルドマスター殿、上への報告は任せた! ちなみに、たとえ反対されても我は強行するからそのつもりでいる様に!」
「お前、無茶苦茶過ぎるぞ……」
その後、ギルドマスターことベックは手紙を書いて、その手紙を先に国王に届ける様に伝えると、素早く身支度を整え、重い足取りでギルドを後にした。
それはさながら戦場へ向かう兵士の様だ。
ギルド内は溢れ返るほどの人がいるにも関わらず、不気味なぐらい静かであった。
その殆どがソファーに座るシェイバに「これからどうする?」という視線を向ける。
今回の作戦を立案したのはシェイバである。その為、司令塔はシェイバという事になる。つまり、責任重大なポジションという事だ。
それを理解しているシェイバは、自分が言い出した事とは言え、その背中に、肩に、多くの命を預かる重圧に押しつぶされそうになる。
(勢いに任せすぎた……カレンと相談すべきだったかも知れない。でも、今更止まることもできないしなぁ……それに、"人喰い"によるさらなる被害が出る前に、早く片付けなければならないんだぞ)
下手を打てば自分だけじゃなく、数百万の命が失われる事となる。その重みが、恐怖が、立つ事を拒むように心を揺らす。
ぶっちゃけた話、今回の作戦はかなり無謀である。現在のルミナスの魔力残量は、魔力値で表すなら、約十六万程しかなく。本来の魔力値の三分の一程度しかない。
残りの魔力を回復するには二日以上の時間がかかる。その間に住民を全て王都に避難させたとして、そこへ"人喰い"が餌を求めて攻めてきたとしたなら、勝てる確率はかなり低い。
勿論、他の冒険者や兵士、それにこの王都にある大型武器の事などを全て導入したと仮定した上でだ。
〈神罰の炎〉を使えれば話は変わってくるだろうが、あの魔法は高威力過ぎる為に味方が巻き込まれかねないという危険を孕んでいる。
仮に〈神罰の炎〉を放ったとして、その爆発を防ぐことはできる。ただし、それは残った魔力を全て〈魔力障壁〉へ注ぎ込んだ場合だ。もしそれで仕留め切れなければ、その時点で負けは確定する。
見下すつもりはないが、この王都においてルミナスが強いと思う人物は今のところ見当たらない。はっきり言ってしまえば弱い。
そんな彼らが、シェイバが動けない状態になってしまった場合、果たして"人喰い"の猛攻を防ぐことができるのか……答えは否、無理だろう。ある程度抵抗はするだろうが、それもほんの数分で限界を迎える筈である。
しかし、この短期決戦が最も確実なのも事実。戦力の全てを王都へ集めることができ、尚且つ、守りやすい。防御に徹すれば一時間は持つだろう。
そうすれば、外にいるギレンやエスタロッサが王都に"人喰い"が襲撃した事を察知し、カレンを呼んで来てくれる。勝てる確率はぐーっと上がるだろう。だが、
(カレンが来る前に、かたをつけてみせるぞ! 頼りっぱなしではいけない!)
シェイバはカレンを待つつもりは無かった。
シェイバは深く息を吸い込むと、ゆっくりと吐き出す。
未だ肩にのしかかる濁流の如き重圧は凄まじいが、覚悟は出来た。
腰掛けていたソファーから立ち上がり、こちらを見つめる冒険者やギルド職員、一人一人の目を見ていく。
その瞳からは、「本当に大丈夫なのか?」「勝てるのか?」という思いが痛々しい程に伝わって来る。
不安に満ちた目の奥には、死ぬかもしれないという恐怖が見て取れた。その様子に、つられる様にルミナス自身も不安になる。
正直、それも無理はないと思う、相手は"災禍級"と仮定される化け物、勝てるかどうかも分からない。
「……ここには、人間の他にエルフ、ドワーフ、獣人もいるが、分かりやすく人間と総称させて貰う!」
シェイバは大きく息を吸い込むと、ギルド全体に聞こえる様な声で語りかける。
「ハッキリ言う、人間は強くない……ありとあらゆる生物の中で劣等種族に位置する!
身体能力が高い、魔法で守りも攻撃も強いと謳うのは結構だ。だが、それは人間達の物差しの中だけの狭い世界だ!
我々には竜の様に、鉄壁の硬い鱗も無ければ、全てを引き裂く爪も、全てを薙ぎ払う尾も、全てを噛み砕く牙も、全てを焼き払う強力な竜砲撃も放つ事は出来ない! どんなに繁栄していようが、どんなに人間が栄華を極めようが、その事実は変わらない! もう一度言う、人間は強くない!」
"人間は強くない"それは事実だ。この世界において、ありとあらゆる生物の頂点に君臨するのが竜、一方で人間の種族的位置は、その逆、ほぼ底辺に近い。それは何百、何千年も前から分かり切っていた事であり、周知の事実だ。
人間の体は脆い。病気にかかれば治りは遅く、傷が出来れば中々癒えない。皮膚は柔らかいし、骨だって簡単に折れる。たった一メートルの高さから落ちて、当たりどころが悪ければ、それだけで死ぬ事すらある。
人間自身、魔法を使わなければ、蛇の様に毒を作る事も、鳥の様に空を飛ぶ事も、魚の様に速く泳ぐ事も、ましてや竜のように火を吹く事も出来ない。人間には武器となるものは何も無い。だからこその劣等種族。
「だが……我々人間には、魔物にはない武器がある! それは、ここにある!!」
シェイバはドンッ! と握り拳を胸に当てる。
「"勇気"だっ!」
この瞬間、視線は未だ不安で一杯であり、その瞳には恐怖が宿っている。しかし、ほんの僅かではあるが、心に熱を持ち始める。
「戦うのが怖い、傷を負うのが怖い、死ぬのが怖い、失うのが怖い……当然だ、それはごく当たり前の事なのだ! 誰だって恐怖を抱く、誰だって死を恐れる! それは我とて同じだ! 恐怖に泣き叫ぶ事もある。不様に逃げる事もある。腰が抜ける事だってある! だが、それは恥ではない!
我ら人間はどこまで行こうが所詮は人間、劣等種族なのだ、竜にはなれない! だが、だからといって弱くもない!
物語の英雄達は、最初から強かったわけじゃない! 強大な敵を前に足が竦んだ筈だ。体が逃げろと心胆から震えた筈だ。でも、彼らは踏み出した! 死ぬかもしれない恐怖に震えながらも、その一歩を……その一歩こそが私たち人間の最強の武器、"勇気"だぞ!
勇気は誰だって持ってるんだ。小さな子供も、年老いた老人も、男も女もらみんな持ってるんだ!
恐怖に立ち向かう事は容易じゃない。一歩を踏み出す事はとても難しい。だけど、それが出来たから物語の英雄達は"英雄"と呼ばれるんだぞ!
恐怖に打ち勝ってなんかいない。でも、恐怖に負けてもいない。彼らをつき動かしたのは、いつだって小さな勇気だ!
だから、私達だってなれる。"勇者"にだって"英雄"にだってなれる! だって、"勇気"と言う武器は、誰だって持っているのだから!!」
"勇気ある者"、"勇ましい者"、それが勇者。
勇気と言う武器は、すべての人間が心に宿しているもの。つまり、"勇者"になれる資格は誰しもが持っているのだ。
だが、それを多くの人は知らない。
自分を何も出来ない平凡な人間と決めつけて諦める。それが殆どであり普通だ。
一歩を踏み出す事は簡単に思えてとても難しいのである。
「最後に言わせて欲しいことがある……私達は負けない! 例え、相手が強大な魔物でも、必ずこの王都を、人々を護り、そして勝つ!」
力強く握った拳を掲げ、自身にも喝を入れるように叫ぶ。
「私達は死ぬ為に戦うんじゃない! 生きる為に戦うんだ!
私達を"餌"としか思っていない"人喰い"の奴に、人間の底力を見せつけてやれッ!!」
この瞬間、この場にいた全ての者の心が動く。ほんの僅かかもしれない。しかし、その僅かが、彼ら彼女たちの心に火をつけた。
「「「「「「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」」」」」
ギルドを揺らす雄叫びが轟く。
人間も、エルフも、ドワーフも、獣人も、男も女も、ついさっきまで不安と恐怖に染まっていた瞳の中に、今はメラメラと闘志の炎を滾らせる。
命を賭して大切な物を守る、その現れであろう。
ギルド内は熱気に包まれ、士気の上がり具合は好調である。
(自分でも無茶苦茶な演説だと思ったけど、思いの外上手くいったぞ…………ちょっと楽しいかも……)
その後、シェイバは王都を警備、もしくは"人喰い"襲来に備えての準備をする班と周辺住民を此処まで護衛する班に分ける。
「兵士達はここに残ってもらおう、護衛なら冒険者の方が向いているだろうしな!
あと、ここにいる冒険者だけでは護衛するには少々少ない。故に、他の街にいる冒険者とも協力してことに当たってくれ!
それと、ランク関係なしに良い案があるのならどんどん言ってくれ!」
「了解!」
「おう、任しとけ!」
「取り敢えず、ここにいる冒険者は……何人だ?」
「二千人ぐらいだな、ちなみに周辺の村や街は全部で十二ある」
「と言う事は、一箇所六百人ぐらいか。いや村なんかによってはその半分以下でいけるか?」
冒険者達は中央にテーブルをくっつけると、そこに王都とその周辺を記した地図を広げ、互いに話し合う。
「ここら辺の村は最低でも三百人は超える村が殆どだ、そこをその半分以下で護衛は無謀だぜ。魔導士や高ランクの冒険者がいれば話は別だがな」
「確かに……」
「全部合わせて二百万人以上、それに対して護衛する冒険者は他の街も合わせて約二千と三百人超、割りに合ねぇぜ……」
「「「「「「う〜〜ん……」」」」」」
王都はこの国の中心と言うだけあって質の良い冒険者が多くいる。しかし、いくら質がいい冒険者が多いと言っても、護衛する対象の人数が人数である為に、不安要素が大きすぎる。
腕のいい冒険者が多くいても、大人数を護衛するには限度がある。
「"聖杯"、お前ら金ランクだよな? 例えば冒険者が三百人いたとして、その内同じ金ランクが十人いたとする。何人護衛できる?」
一人の冒険者が、テーブルに手をつきながら正面にいる四人組の冒険者パーティにそう問いかける。すると、ちょび髭をはやした三十代半ばの男が答える。
「そうだな……千人が限界だな、それ以上となると、手が回らなくなる」
「そうか……シェイバ、あんたなら一人でどれぐらい護衛できる?」
同じく向かい側で話を聞いていたシェイバにそう問いかける冒険者。その途端、全ての視線がシェイバへと集まる。
「我一人でならば四千人が限度! しかし、魔力が半分以下の現状ではその半分が良いところだ!」
たった一人で四千人の護衛、しかも魔力が半分以下でもその半分を護衛できると豪語するシェイバに対し、周囲は驚きに騒めく。
いくら白ランクとはいえ、それだけの人数を護衛するなど普通は不可能だ。しかし、シェイバからは「我は出来る!」と言う心の声が聞こえてくるようで、とてもウソを言っているようには見えない。
「マジか….…」「流石変人だな」「"人喰い"よりよっぽど化け物じゃねぇか」と騒めく中、シェイバは思い出したかのように、隣にいる背の低い、子供と見間違えるような眠たそうな顔の女性の魔導士に「すまぬが、魔力回復薬を五本持っているか? 勿論お金ははらう!」と問いかけ、女性は肩から下げている可愛らしい――まるで幼稚園児が持っているような――鞄から青い液体の入った試験管を五本取り出し「はいどうぞ」とこれまた可愛らしい声で渡す。
シェイバはそれを受け取ると、魔導庫から革袋を取り出し、中から金貨十枚をロリ魔導士に渡す。
その光景を見ていた冒険者は、魔力回復五本に対して金貨十枚も出したシェイバにギョッと目を見開き、マジかこいつ、みたいな表情でシェイバを見つめる。
「ありがとう、助かる!」
「あ、あのシェイバさん、こんなに貰えません!」
ロリ先輩は受け取った金貨にあたふたとしながらシェイバを見上げる。
ロリ先輩、身長百四十センチジャスト。ちなみに年齢は二十代半ばらしい。
閑話休題
若干涙目でこちらを見上げるロリちゃんに思わず周りの冒険者を含め、ホッコリするシェイバは、ロリちゃんの頭を手でポンポンと撫でると、目線を合わせるように屈むと、兜の下で微笑み、「これで命一つ助かると思えば安いものだ。受け取って欲しい」と言う。
すると、ロリちゃんは少し考えるそぶりを見せると、可愛い声で「分かりました」と素直に受け取った。
はたから見れば、お小遣いを貰った子供にしか見えないその様子に、周囲の空気が和む。
しかし、そんな場合ではないと、話の進まない状況を軌道修正する為に、ロリちゃんの後ろにいた一人の冒険者が提案を出す。
「アタシから提案があるのだけど、いいかしら?」
言葉使いは女性なのだが、とにかく声が野太い。そう思い、視線をロリちゃんの後ろに向けてみれば、そこには、身長が二メートル近い、筋骨隆々の黒ピカリとした男が立っていた。
金髪をオールバックに後ろで一つにまとめ、顔はバッチリメイクをしており、唇にはピンクのリップを塗っている。
服装は軽装で右肩に革鎧と胸当て、足回りと脚に申し訳程度の装備だ。背中には身の丈ほどもある大剣を背負っており、その迫力は凄まじい。いろんな意味で……
「クラリスちゃん、何かいい案でもあるんですか?」
ロリちゃんが見上げながらそう言うと、クラリスと言われた男はハートが飛び出しそうなウインクを飛ばし「もちろんよ!」と答える。
"クラリス・マクスウェル"、本名は"デッカード・マクスウェル"といい、四人組の白金ランク冒険者パーティ"神威"のリーダーにして、自称世界一美しいオカマ。
周囲からは親しみを込めて「クラリスちゃん」と呼ばれている。
性格は温厚で優しく、人柄がいい為に仲間や周囲からの評判はとても良い。ただし、怒ると鬼のように怖い。
ちなみに、ロリちゃんこと"ローリエ・ダッチボーイ"は冒険者パーティ"神威"の一人。つまり、この幼い見た目で白金ランクなのである。
クラリスの存在に、流石のシェイバも圧倒され、言葉が出ない。
内心では「何これ?」と呟き、同時にクラリスの纏う空気に目を細める。
(……かなり強いな、魔力値も十四万近くある、よく見ればロリちゃん先輩はそれ以上の魔力だ。白金ランクなのが不思議なぐらいだぞ)
世の中広いな、と思いつつ、カレンに面白い土産げ話ができたと苦笑いしていると、クラリスが机をドンッも叩き、注目を集めるように声を張り上げる。
「ここはアタシに任せてちょうだい!」
クラリスの野太い声がギルド中に響き、その話に耳を傾ける。




