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悪魔がカレンにわらうとき  作者: 久保 雅
第3章〜天空の巨獣〜
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王都 その4

「君達は知っているか、ここ最近近隣の村や街が、人だけでなく家畜も全て消えている事件を!」


 多くの人が行き交っているはずのギルド内で、シェイバの声だけが異様に響き渡る。


「ああ、知ってるぜ」


「俺も知ってるぞ!」


「その話なら、あたし達ギルド職員も知ってるわ」


「まさか、それを引き起こしているのが、お前の言う"人喰い"の仕業か?」


 周囲の冒険者やギルド職員が口々に時間の話をする中、ベックが正解を言い当てると、シェイバは勢いよく立ち上がると、目の前の机に片足を脚をダンッ!と乗せ、「その通りだ!!」とベックに指を刺しながら答える。


「お、おう、そうか……それで、その"人喰い"はなんと言う魔物だ?」


「……我にも分からぬ!」


「なに、分からないのか?!」


「分からんっ!」


「なら、何故そんな"人喰い"などという化け物がいると断言できる。人や家畜を連れ去るなら、盗賊でも可能なはずだ」


 シェイバは元の位置に座り直すと、姿勢を正し、指を三本立てる。


「理由は三つ。まず一つは、周囲に足跡が一つもない事だ!もし仮に、我々のような人間種が犯人なら、必ず何処かに足跡があるはずだ!しかし、そのような痕跡は一つもなかった!

 次に二つ目。村や他の街に遺体が一つもない事と残された(おびたた)しい血痕!これは、血の飛び散り具合から、遥か上空で喰われ、血が流れ落ちたと推測できる!

 最後の三つ目。目撃証言あり!」


「なにぃ!!目撃証言だと?!生き残りがいたのか?!」


「うむ、"ヨルズ山脈"で保護した!先程ここに来る前、白金(プラチナ)ランクの大剣男に預けておいた!」


白金(プラチナ)ランクの大剣男?もしかしてジバゴのことか?」


「名前までは聞いておらぬゆえ、分からん!」


「そ、そうか。

 まぁ、白金(プラチナ)ランクで大剣背負ってる男と言えばジバゴしかいない。あいつに任せておけば問題ないだろう」


 大剣男もとい、ジバゴはかなり信用されているようだ。でなければ白金(プラチナ)ランクに上り詰める事はできなかっただろうが。


 目撃者がいる事を伝えたシェイバは、この話の本題に入る。


「ギルドマスター殿、続きを話しても?」


「ああ、進めてくれ」


「では次に、その"人喰い"の危険性について話そう。と言っても、大体のランクでしか表せぬのが現状なのだがな!」


「それだけ分かれば十分だ。ランクさえ分かれば対応出来るからな。

 それで、その"人喰い"はどのランクに該当するんだ?」


 魔物のランクによっては今後の対応に大きな違いが出て来る。周りの冒険者や職員達は、聞き流すまいと耳をこちらに傾け、固唾を呑む。


「これはあくまでレングリットの見立てだ。だが、我は信じていいと思っている。何と言っても、レングリットは我とは比べ物にならぬ程の場数を踏んでいるからな!」


 シェイバは一人掛けのソファーに深く腰掛けて腕を組むと、一度大きく息を吸う。そして、


「"人喰い"のランクは……"災禍級(ディザスター)"だ」


 ギルド中が息を飲む。天を焼く程の大魔法を放ったシェイバですら、警戒を露わにしていた。だから、もしかしたらという気持ちはあった。しかし、実際言葉として聴くと、かなり衝撃的である。


 "災禍級(ディザスター)"、それは、たった一体で国一つ滅ぼすことの出来る存在。過去の記録では、周辺にあったいくつかの国が、たった一体の"災禍級(ディザスター)"の魔物に滅ぼされている。それ故、"災禍級(ディザスター)"にカテゴライズされる魔物は、全てこう言われている。


 "国墜とし"と。


 一つ下のランクである"厄災級(カラミティ)"とは、文字通り、比べ物にならない程の脅威である。


「"災禍級(ディザスター)"か、厄介だな……だが、その昔、レングリットは"災禍級(ディザスター)"の黒暴戦竜(ティラノドラゴン)を倒したと、ドルトンのギルドマスターから聞いている。これが本当なら、いくら"災禍級(ディザスター)"と言えど、レングリットにかかれば、心配なんじゃないのか?」


「そうかもしれぬ。だが、だからと言って油断はできぬ!いくらレングリットが強いと言っても、万が一がある。我々も備えなくてはならん!」


 例え、個人の力が飛び抜けていようと、出来ることには限度がある。ましてや相手は"災禍級(ディザスター)"、"国堕とし"の異名を持つ、強大な化け物。それこそ、国家の総力を上げて対処しなければならない程だ。ただ、国家総動員といっても、ある程度の兵士や冒険者はその場に残る。そうでなければ、街や村を守護する者がいなくなるからだ。

 しかし、それを踏まえたとしても、今の王国にはそんな余裕はない。魔導国との睨み合いや、帝国の不穏な動きがあるものの、長きに渡る平和が続いた為に、軍への経費削減と人員の減少、兵士や冒険者、一人一人の質の低下、この状況で国家総動員したとしても、"災禍級(ディザスター)"相手には戦力不足と言っても過言ではない。だからと言ってほぼ全ての戦力を"人喰い"に当てれば、次は守りが薄くなった所に、帝国か魔導国が攻めてくる可能性も出てくる。


 だから、今の王国にできる精一杯はーー


「ギルドマスター殿!今すぐ上に掛け合って、王都周辺の住民の避難、及び王都防衛の強化をして頂きたい!」


 ーーこれが限度である。


 これ以上の被害の拡大を防ぐ為、まずは住民を王都に避難させ、一箇所に集める事で守り易くする。そうする事で、戦力の分散を防ぎ、国中の戦力とはいかないものの、防衛のために必要な、ある程度の戦力を集中できる。しかし、ここで問題なるのが、避難した住民の衣食住だ。

 王都の住民の人口だけで約八百八十万人。そこへ、避難してくる王都周辺の住民、約二百六十万人。

 衣服も食糧も住む場所も、どれも、全ての人間に行き渡らせる事は不可能だ。特に食糧。

 いくら、ありとあらゆる物が集まる国の中心とは言え、出せる量には限りがある。実は、この国の国庫には貨幣の他に食糧も保管してあるのだが、例えその国庫を開いたとしても、足りない事実は変わらないだろう。

 その上、更にまずいのが、現在"人喰い"の影響により、王都の流通はその殆どが機能を停止。流石に仕事熱心な商人達も、今回ばかりは自分の命が惜しいようだ。

 故に外部からの食糧の確保は絶望的、この状況下では、下手をすれば餓死者が出る危険も孕んでいる。


 こんな状況で、王都へ住民を集中すれば、自分達の手で首を締めることになる。それを理解しているベックは、どうしたものかと眉間にシワを寄せる。


 当然、救える命があるなら命は救いたい、だが、現状がそれを良しとしない。


「シェイバ、お前の言う事は正しい……正しいが、不可能だ」


「それは我も分かっている!だが、やらねばならぬ!」


「じゃあ、周辺の住民をこの王都に避難したとして、衣食住はどうするんだ?

 衣服は、まぁ、これに関しては正直どうとでもなるが、他の二つはそうはいかない」


 ベックは続けて話す。


「食糧はどうする?ただでさえこの王都には八百八十万人以上の住民が住んでいる。そこへ周辺からプラスで二百六十万人、合計一千万と百四十万人だ、これだけの人数の食糧をどう用意するんだ?王都だけにある食糧では、()って三日、その上、現在流通が全てストップ状態だ。それ以降の食糧は無くなる。 

 次に、住む場所だ。はっきり言っておくが、王都は()()()()なんだ、そこへ二百六十万人も来てみろ、内側で住める奴はほんの数千人、それ以外は外壁の外じゃないと無理だ。これじゃ殆どの奴が、ある意味で難民状態になっちまう。シェイバ、お前にこの問題が解決できるのか?」


 出来るわけがない。いくらシェイバが強大な魔物を個人の力で討ち取れると言っても、それは戦闘方面に長けていると言うだけで、こう言った問題を解決できる力は持っていない。

 流石のシェイバも、これにはお手上げ状態である。しかし、だからと言ってこのまま放置すれば、"人喰い"によって多くの命が無残に命を散らすこととなる。それだけはあってはならない。


 また村や街が襲われた、では避難させようでは遅いのだ。


(言うは簡単、やるは難し、か……だが、弱音を吐いている暇はない、何かあってからでは遅いのだ!)


 と言うものの、実際どうこの問題を解決するか。一人で出来る事など所詮は知れている。


 まずシェイバの頭に浮かんだのは、周辺の食糧を掻き集め、それを〈魔導庫〉に保存して避難してきた人に分け与えると言うものだ。だが、〈魔導庫〉は中に入れる量によって消費する魔力も増える。シェイバの魔力量では、一千万人以上の人を養える食糧を〈魔導庫〉に収納するなど、まず不可能だ。そもそも、"人喰い"を一人で追うレングリットと早く合流しなければならないのに、魔力を回復するどころか消費しては本末転倒だ。よってこの案は却下。


 ならば、この王都や他の街から来た冒険者達と協力して、食糧の確保に行けばいい。そうすれば、一人でするよりかは随分と違ってくるはずだ。

 だが、これもダメだ。王都の冒険者と他の街いる冒険者を掻き集めたとしても、せいぜいが二千人と少し、結果は見えている。という事でこれも却下。


 他にも……。


 ………。


(………ヤバい!何も思いつかないぞっ!!)


 頭の中が真っ白になり、焦りがシェイバを襲う。

 食糧と居住問題、この二つだけの筈なのに、問題がデカすぎて手に負えない。どうする、どうすると兜の下で、眉間にシワを寄せながら悩む。


(落ち着け私!まずは深呼吸、冷静になれ!)


 シェイバは一度大きく呼吸をすると、ゆっくり息を吐き出し、心を落ち着かせようと、腕を組みながら一度天井を見上げる。


(良し、少し落ち着いた。だけど、一体どうするか……。う〜ん、私だけだは無理だな、ここはカレンに相談するか)


 そう思い、目を瞑ると、頭の中で仮想的にカレンを作り出して、この問題をどうするか問いかける。


 ーーカレン、一千万人以上の人を養うにはどうすればいいと思う?


 ーーオレが知るか。


 ぷいっ、とそっぽを向かれ、あっさり一蹴される。


(うわぁ〜……自分で想像しただけのカレンなのに、すごく言いそうなセリフだぞ!)


 自分で勝手に想像しておいて、勝手にドン引きするルミナス。もし本人がこの話を聞いたら、額に青筋を立てながら、笑ってない目で、絶対零度の眼差しを向けてくるだろう。そう思うと、つい体がぶるりと震える。


 そんな中、不意に頭の中のカレンが肩越しに振り返り、口を開いた。


 ーーだが、そうだなぁ……仮に周辺住民を王都へ集めたとして、食糧事情やらなんやらで、残された猶予が三日としたら、道は一つしかねぇ。だがな、この方法は諸刃の剣も同然だ。お前にはちと荷が重い。


 ーーそれでも私はやるぞ!その方法を教えてくれ、カレン。


 ーー……短期決戦、これしかない。

 食糧も住む場所もろくに無ぇなら、食糧不足や不満が出る前に早期に決着をつけちまえば良い。


 ーーだけどカレン、"人喰い"は未だ何処にいるか分からないんだぞ。それを一体どうすれば……


 ーーバカかお前は。いいかルミナス、そもそも"人喰い"の狙いは何だ?


 ーー"人喰い"の狙いは……っ!!カレン、まさか?!


 ーーそうだ、奴の狙いは食糧となる人間や家畜。つまり、王都の住民をエサにする。そうすりゃ、あっちから勝手に来てくれる。これで探す手間も省ける。合理的だろ?


 この会話は、話し相手をカレンに見立てた、ほぼルミナスの自問自答だ。それは本人も理解している。しかし、だからこそ、仮想カレン(自身)の出した答えに、驚愕と共にショックを受ける。


 しかし、仮想カレンの言う通り、合理的である。だが、下手をすれば同時に多くの命が失われる危険性も孕んでいた。


(ははっ、我ながら、諸刃の剣とはよく言ったものだ。

 人々の命をエサに"人喰い"を釣る、か……考えるだけでも吐き気がするぞ……でも、もし本当に、ここにカレンがいたなら、そうするのかな?)


 あの悪魔なら迷わず実行するだろうな、と兜の下で微苦笑いを浮かべる。

 そして、己の中で覚悟(答え)が決まったシェイバは、視線をべックへと戻す。


「ギルドマスター殿、この問題を解決する方法が一つだけある」


「話してみろ」


「周辺の人々は王都へ集める。そして、元々いる王都の住民と集まった人々をエサに"人喰い"を誘き寄せ、短期で決着をつける!

 チップは王都にいる全ての命、勝てば平和な日常、負ければ全滅。文字通り国家の存続を賭けた大勝負だ!」


 大胆且つ、余りにも合理的な作戦。その答えにベックは空いた口が塞がらず、周りで聞いていた冒険者や職員は、完全に動きが止まる。

 シェイバの出した答えは、確かに理に(かな)っている。しかし、同時に危険過ぎた。


 確かに、短期で"人喰い"を仕留めれば、先程話していた問題を心配する必要はなくなる。だが、


「シェイバ、その作戦はダメだ。あまりにリスクがデカ過ぎる。それが分からないお前ではあるまい!」


「無論だ!だが、何処にいるかも分からぬ"人喰い"を追いかけるなど時間の無駄!被害が拡大するだけだ」


「だからと言って、人々の命をエサに誘き寄せるなど、とても人間のやる事じゃない!もっと他の方法を探すべきだ!」


「そうよ!そんなやり方、酷過ぎるわ!」


「そうだそうだ!」


(ブラン)ランクだからって、なんでも許されると思うな!」


「血も涙もねぇのか、このクズ野郎!」


 ベックを皮切りに周囲から罵詈雑言(ばりぞうごん)がシェイバへと飛ばされ、罵声の嵐は止む気配を見せない。

 そんな彼らに対し、()()()()はどうしようもなく呆れ返り、大きな溜息をつく。


「はぁ〜……では他に何か良い案がお有りなら、是非お聞きしましょう」


 まるで、人格が入れ替わったかのように雰囲気と口調が変わったシェイバに、えっ、誰アレ?みたいな戸惑いの表情を作る冒険者と職員達。そんな中、ベックが自身の案を話す。


「簡単な話だ。王都の防備を固めつつ、"人喰い"の討伐隊を派遣するだけだ。そうすればさっき言っていた問題も出ないし"人喰い"も討伐できる!」


 このベックの提案に対し、ルミナスはまたも深い溜息をつく。


「はぁ……ギルドマスター殿、それを本気で言っているのなら、あなたは一度頭を冷やした方がいい。その作戦は私の提案したもの以上に、欠点だらけだ」


「何だと?」


「分かりませんか?ではお聞きしますが、討伐隊を派遣すると言いましたね。その討伐隊の数は一体どれ程なのでしょうか?一万、二万、それとも三万?そんなわけないですよね、そもそも、今の王都には五千の兵力しかないとお聞きしました。そんな中、貴方はここの防備も固めるとおっしゃいました。と言う事は、少なくとも五千の内半分はここの守護の為に残ると言う事。つまり、討伐隊は私も含めて二千五百程度。

 さて、改めてお聞きしましょう。たった二千五百程度の戦力で"国堕とし"と呼ばれる化け物相手に、挑まれるおつもりで?」


「………!!

 す、すまない。どうやら頭に血が上っていたようだ!」


 ルミナスの説明を聞き、急激に頭が冷えたベックは、破綻見え見えの作戦を提案した自分に対し、恥ずかしさのあまり、顔を真っ赤に染めて俯く。

 情けない、ただそれだけが、自分の中を這い回った。


 そんなベックに、一人の冒険者が声をかける。


「ギルドマスター、なんで?!今の作戦なら安全に"人喰い"を討伐できる筈だ。例えここから出す戦力が少なくても、ここ以外の街や村から兵士や冒険者を分けて貰えば……」


「それは無理です。他の街や村から兵士や冒険者を借り受けると言っていますが、他の街の戦力は此処よりずっと少ない筈です。そんな中、化け物に襲われる危険性があるにも関わらず、みすみす兵力を分散したりはしません。戦力がほぼ皆無と言っていい村など、もっての外です

 そもそも、討伐隊が"人喰い"を発見するまでに一体どれほどの時間が掛かりますか?もし、その捜索の間に他の街や村が襲われたら?行き違いで王都が襲撃されればどうなりますか?そんなのはイタチごっこです。

 ……さて、これを聞いても、貴方達は他にいい案が有ると、本当にそう思いますか?」


「「「「「「「「……………っ!!!」」」」」」」」


 その沈黙が答えだった。つまり、初めからシェイバの提案した作戦しか、残された道は無かったのだ。


(本当はカレンが先に見つけて、エスタロッサとギレンと一緒に討伐してくれれば、一番安全なんだぞ。

 でも、それを話して、気が緩んでしまっては油断を招く。話さない方が利口だぞ)


 その後、シェイバの作戦がベックより国王に報告された。

 国王や貴族達は、最初は反対したものの、ベックからこの方法しか他に道が無いことを聞かされ、苦渋の決断を取った。

 そして、善は急げと、その日のうちに周辺の村々や街に、王都への避難勧告が発令されたのだった。

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