無双
目の前を覆い尽くさんばかりの魔物の大群が雄叫びを上げ、獲物に襲いかかる。
前から、横から、後ろから、上から、果ては下からも容赦なく襲い来る。
四方八方から迫り来る魔物達を、避けては斬り、避けては斬りを繰り返す。
だが数は力だ。流石に避けきれず、少しずつ傷も増えていく。
「ちっ! ゴキブリみたいにわらわらと!!」
耐えることのない魔物の波にうんざりするも、確実にその命を刈り取っていく。
しかし、この状態では、時間がかかり過ぎると思ったカレンは、村で唯一教えてもらった強化魔法〈身体強化〉を発動する。
〈身体強化〉とは文字通り身体を強化する魔法である。
メリットは動体視力の向上、デメリットは魔力の使用量が把握しにくく魔力切れを起こしやすい事だ。
この魔法を発動する方法はシンプルで簡単だ。
体内の魔力を高速で循環させる事で発動する。
ちなみに、この魔法は魔力を体内に留めて使用する為、他の魔法に比べ魔力の消費がかなり少ない。
カレンが〈身体強化〉を発動してすぐ、まず襲いかかって来たのは、体長二メートルはある二足歩行の魔物。目は爬虫類のように瞳孔が縦に割れている。
口には肉を食べる為の牙がずらり並んでいて、頭からは大きな角と背中の中ごろまで赤茶色の毛が生えている。体は筋骨隆々としており、筋肉が鎧のようになっていた。
手を振り上げ、目の前の獲物を叩き潰そうとする魔物ーー大鬼の攻撃を、カレンは体を捻ることで横に回避し、そのまま体を回転させ、振り下ろされた大鬼の腕を遠心力で勢いのついた斬撃で斬り落とした。
腕を切り落とされた大鬼は、傷口からドバッと赤黒い血を吹き出し、痛みに鳴き叫ぶ。だが、次の瞬間には頭を斬り飛ばされ、大きな肉の塊は膝をついてその命を手放す。
「ギャーギャー騒ぐな、鬱陶しい」
続いて後ろから襲いかかって来たのは、体長約一メートル、灰色の毛を生やした四足歩行の魔物。
目は黒くくりっとしており、そこだけ見れば可愛らしくもある。だが、口には不釣り合いなほど大きな牙が三本生え、ダラダラとヨダレを垂らし、とても愛嬌があるとは思えない。寧ろ汚い。
その魔物、餓食獣はカレンの背後から大きく口を開けて飛び掛かる。
「ガシャァァァ!!」
カレンは餓食獣に対し振り向かず、剣を逆手に持つと自分の方に向けた。
そして、そのまま勢いよく腕を引き、自分の脇の間に剣を通した。
ドスッ!
剣はそのまま吸い込まれるかのように餓食獣の頭を串刺しにし、その命を刈り取った。
餓食獣を屠ったカレンは、続いて近くにいた魔物に的を定める。
魔物はカレンと同じぐらいの大きさで、目は白く濁り、耳が長く不健康に青みがかった肌をしている。
カレンはその魔物、小鬼に刹那のうちに接近すると、剣を下から斬り上げる。
傷口から中身が飛び出して異臭を放ち、小鬼は断末魔の叫びを上げて倒れ伏した。
その瞬間、上空から新たな魔物、鳥人獣が急降下し、鋭い爪の生えた足をカレンに構えた。
鳥人獣の羽毛は赤、青、緑とカラフルで意外と綺麗な色をしている。ただし、醜悪な女のような顔をしており、嫌悪感を誘う。
翼を広げると大きいもので約三メートルにもなる程大きく、牛一頭持ち上げることも出来る。
鳥人獣は上空を飛んでいるため、剣が届かないカレンは、脚に力を込めると地面を力強く蹴り、大きく跳躍する。
そして、そのまま体を捻り、すれ違いざまに鳥人獣の胴体に剣を走らせ、キレイに両断した。
真っ二つにされた鳥人獣から大量の血が吹き出し、森に赤い雨が降り注ぐ。
(身体強化って便利だな!体が軽い軽い! だが、多用し過ぎると魔力切れを起こしちまう、そこらへん気をつけねぇとな)
もしこの場で魔力切れを起こしてしまえば、本当に魔物のエサになってしまう。なので、なるべく止まっている間は魔法を解除して魔力の節約をする事にした。
鳥人獣を仕留めて空中で身を翻すと、ストンと地面に着地をする。その直後、カレンは背後から魔物の気配を察知、すぐさま後ろを振り返り一気に剣を振りーー
「……あ?」
ーー斬らなかった。
カレンはその魔物を見て剣をピタリと止めた。
なんだコイツ?
その魔物は二足歩行で、豚よりも、どちらかといえば猪のような頭を持ち、くりくりした黒い瞳、口には木の実などを食べ易く進化した小さい歯が並んでいる。
全身に少し柔らかい茶色い毛が生えていて、大きさはカレンの膝丈ぐらいだ。ちなみにこれでも成体。
「……可愛い」
(なんだコイツ、ホントにこんな癒し系のヤツが魔物でいいのか? なにその小さいあんよ)
「コレって……豚鬼、だよな?」
可愛い魔物ーー豚鬼は「ピー、ピー」と鳴きながらカレンを必死にポコポコ叩いている。だが、全く痛みを感じない為に、ただかまって欲しいようにしか見えない。
それがまた可愛い。
「う〜ん……なんかお前は殺せねぇわ、放置だ! 放置!」
(帰ったら豚鬼を飼っていいかシーマさんに聞いてみよ。
多分ダメって言われると思うけど……)
そんな下らないことを考え、カレンは他の魔物に意識を向け、駆け出した。
そこからはカレンがほぼ一方的に魔物達を斬り伏せていった。
爪で切り裂こうとする白蛇獣を袈裟斬りに。
空中で毒の鱗粉をバラ撒こうとする毒鱗餓を叩き斬る。
鋭い牙で噛み付こうとする餓食獣を八つ裂きに。
棍棒で殴りかかろうとする小鬼を縦に両断。
空から急襲する鳥人獣を跳躍し串刺しに。
大きな巨体から強烈な一撃を放つ大鬼の頭を斬り飛ばす。
地面から飛びかかる十足獣をなます斬りに。
前足を振り上げる川馬を三枚おろしに。
襲い来る魔物達を止まる事なく、次々と斬り殺していく。
ポコポコ殴る豚鬼は無視する。
〈身体強化〉の魔法を使っているからなのか、先程から魔物の動きが止まって見える。まるで自分だけが別の世界にいるような不思議な感覚に襲われる。
それでも疲労が溜まれば隙がうまれ、攻撃を受けて傷を負うこともある。しかし、どれも浅く、切られた端から自身の再生能力で癒えていく。
カレンは無我夢中で戦い続けた。途中何匹か魔物が後ろを抜けていくが、最早気に掛けなかった。というよりあれぐらいの数なら村の人たちで十分対処できると思ったからだ。
容赦なく襲いくる魔物達。
カレンは剣を振り続ける。体に回転を加え、上半身と下半身を真っ二つに。
横に、縦に、縦横無尽に、ただ剣を振り抜き魔物を斬り殺す。
鳴き叫ぶ声や周りの音も今のカレンの耳には入ってこない。
敵を目の前に無心で剣を振り、ただの肉塊だけが増えて行く。
最早戦闘と呼べるものではなく、ただ一方的な蹂躙だ。
魔物とは言え、どれだけ酷い殺し方をしてもなんとも思わない。
普通の人なら卒倒するような殺し方をしている。
周囲にはついさっきまで生きていた肉塊と吐き気を催す赤い血の海。
大の大人でも取り乱すだろうその光景は地獄だ。
しかし、その地獄の中にあって、カレンの心は凪のように静かだ。
魔物を斬って、返り血を被り、全身が赤く染まる。
(何も感じねぇ……)
感じるのは己の心臓の鼓動と斬った感触だけ。
怖いくらいに冷静だった。
それから魔物の大群がーー豚鬼を残してーー全滅するまでさほど時間はかからなかった。
♢♢♢♢
カレンは荒い呼吸を上げ、近くの木に半ば倒れるようにもたれかかった。
「ゼェ、ゼェ、ゼェ……なんとか、生き残った! 正直剣が折れた時はかなり焦ったが」
手に視線を向けると、そこにはちょうど半分ぐらいのところでポッキリと折れた剣が握られていた。
「改めて考えれば、良くこんな剣で最後まで戦ったよな……」
魔物の数が残り三十に差し掛かった頃、魔物を両断しようと勢いよく剣を振った際、突然ぽっきりと折れたのだ。
一瞬、マズいと思ったりもしたが、リーチが短くなっただけと考えれば、それほど動揺することでもなかった。
普通は戦っている最中に剣が折れたりすれば、大概の人間は焦って取り乱す。決して「短くなっただけだし、別にいいや」なんて事にはならない。おそらく、ここまで冷静にいるのはカレンだけだろう。
カレンは折れた剣から視線を外すと、空を見上げる。
今は三時を過ぎた頃、青い空に雲が流れ、優しく緩やかな風が肌を撫る。
先程まで殺伐としていた場所にも関わらず、今は先程までの出来事が嘘のような穏やかな時間が流れる。しかし、風に乗せられて、血の匂いが漂い、せっかくの穏やかな時間を台無しにする。
カレンは息を整えると、血の匂いの発生源を見渡した。
「……それより」
一面血の海、大量に魔物の死体が散乱し、死の匂いが充満している。
まさに地獄絵図だ。
「ちょっと、やりすぎたか?」
百を超える魔物の大群を、魔族とは言えまだ十歳の子供が全滅させた。
はっきり言って、自分でも異常だと思わざるを得ない。
カレンは自らの手に視線を落とす。
そこにあるのは、ただの子供の手だ。ただし、その手は真っ赤に血に染まっている。
(オレは一体なんなんだ……)
ふとそんな言葉が頭をよぎり、苦笑いが浮かぶ。
「おじさん達はドン引きするだろうなぁ、それに……オレの着ている服も血でベトベトで赤一色だ」
カレンはこの惨状を見たおじさん達の反応を想像し苦笑いした。
「まあ、魔物同士で殺し合ったって言い訳をゴリ押しすればいいか………ところでコイツいつまでポコポコしてんだ? 別に痛く無いからいいけど」
オレの足下では未だに豚鬼がカレンの脚を「ピー、ピー」と鳴きながらポコポコ叩いていた。
叩かれたところでまったく痛みを感じないので、カレンは豚鬼をそのまま放置することにした。
(そにしても今日戦った魔物……やはり弱すぎる、世界樹周辺にいた魔物に比べれば、まるで子供と大人だ。同じ種類でどうしてこうも開きがある………考えても無駄か、やはり情報が少な過ぎる)
情報の少ない現状でいくら考えても答えなどでない。ましてやこの世界に転生して間もないカレンは、ありとあらゆる知識が欠如している。
これから先、ここで生きていくにはこの世界の知識は必要不可欠であり必須だ。帰ったらそう言った事諸々、おじさんとシーマさんから聞き出そう、と頭のメモに書き留める。
特にやる事もなく、動く気力もないカレンは、このままオルド達が来るのを待つことにした。
「とりあえず疲れたし、おじさん達が迎えに来るのを待つか……」
それからカレンは疲れた体を休ませるため、休息を取りつつ、迎えが来るのを待つのだった。