寄り道
カレンめ、許すまじ。
城門を潜る前はいい。あれは正直、腹を抱えて笑ったぞ。もうちょっとでカレンが変態扱いされる所だった。ほんと、腹筋が割れるかと思ったぞ。
そこまでは良かった。でも、問題はそのあとだ。
何だあれは、何が「あなたの笑顔が私の力になります」だ! ナンパじゃないか! 口説き文句じゃないか!
最後見送る時のソフィーさん、頬真っ赤にしてたぞ。完全にほの字じゃないか!
だいたい、応接室でカレンがあんな危ない事言った後、私は一人でフォローまでしたのに、感謝の気持ちもなしか?! 頭ぐらい撫でろ!
……………。
あれ? なんで私はこんなにイライラしてるんだ? ていうか、何で頭撫でろ? あれ? そもそも私、カレンに応接室で、カレンが出て行った後の事ちゃんと話したっけ? ソフィーさんの事だってそうだぞ。カレンが誰をナンパしようとカレンの勝手だし、私がどうこう言える立場じゃ……。
いやいやいや、やっぱりダメだぞ。それだけは許さないぞ! やっぱり、そういう所はお姉さんである私がしっかり注意していかないと!
そうだ、私はカレンよりお姉さんで、カレンは私の弟のようなものだぞ。だから、こんな小さな事でイライラしてもダメだぞ、しっかりしないと……小さな事、小さな……。
なんかまたイライラして来たぞ。
とにかく! カレンは私がしっかりと導いてあげなければ! あんなチャラチャラとナンパするような軽い奴になってはいけないんだぞ!
「カレン!」
「な、何だ?!」
私は振り向くと、ビッ! とカレンへ指をさした。
「カレン、もうあんなチャラチャラとナンパするような真似はよすんだぞ! これはお姉さんからの忠告だぞ!」
「は? チャラチャラ? ナンパ? 何言ってんだ? それに、いつルミナスがオレのお姉さんになったんだ。 オレの弟子のくせに随分と生意気だな!」
「弟子は関係ない。とにかく、ナンパはよすんだぞ!」
「だから、ナンパって何だよ。オレはそんな事した覚えはねぇぞ」
カレンめ、この期に及んでまだ白ばくれる気か!
「してたぞ、城門で、しかも、ソフィーさんに!」
「…………………は?! ちょっ、ちょっと待て! オレがソフィーにナンパ?!」
そんな事はしていないと、疑問の表情になるカレン。実際したつもりはなく、あの場ではあの言葉が一番良かった思っただけで、そういった意図は全く無かった。しかし、ルミナスからすれば、どうやら違ったらしい。
「そうだぞ!」
「してねぇよ!」
『いや、あれは完全にナンパじゃ、お前様』
『お前もかい〜〜!』
「だいたい、どこがナンパなんだ?!」
「どこがだと? 「貴方には笑顔がよく似合う」「貴方の笑顔が私の力になります」……完全にナンパじゃないか!!」
『そうじゃ、どっからどう聞いても完全にナンパじゃわい! この浮気者!』
「ちげぇよ、あれは元気が無さそうだから励ましただけだ!」
「『余計にタチが悪い(ぞ)じゃろうが!』」
カレンはルミナスに紅姫の存在を隠しているのだが、こんなにも息ピッタリだと、実は互いの事知ってるんじゃないかと、思えてくる。
(何だよこコイツら、一度も話した事ないのに何でこんな息ピッタリなんだよ! 裏で打ち合わせでもしてんのかっ?! というか、もしかしてさっきからコイツらが機嫌悪いのってコレ?!)
カレンは付けていた仮面を取り外し、〈魔導庫〉へと放り投げる。
「とにかく落ち着け。オレはナンパしたつもりなんてない。ほんとだ。それに、オレはソフィーにそんな感情は抱いてねぇ。ただ、ほんとに励ましただけだ、だから機嫌直せ!」
む、そこまで言うのなら、本当なのか、な? まぁ、カレンの目は嘘を言ってるようには見えないし。それに、私も熱くなりすぎたぞ、私はお姉さんなんだから、大人な対応をしないとだぞ。
「分かった、カレンの言うことを信じるぞ。それと、私も少し熱くなりすぎた、すまない」
「いや、分かってくれればそれで……」
「でもカレン、女の子が勘違いするような事はいってはいけません。今度からはちゃんと気をつけなさいよ、もう!」
「お母さんか、お前は!!」
『それに関しては儂もルミナスに同感じゃ……』
(理不尽だ……)
カレンは納得いかない表情で仮面をつけ直し、小さく「女は分からん……」と小さくぼやくのだった。
カレンとルミナスはエスタロッサ達のいる"シェイラの森"深層部へと到着。その数分後、エスタロッサ、ギレンと合流する。
「父上、ルミナス殿、お待ちしておりましたぞ!!」
「我が君、ルミナス様、よくお越し下さいました」
「ああ、悪いなオレ達の都合で呼び戻して」
「何を言われますか。主人の名に従うのは臣下として当然の事、我が君が気にすることではございません。どうか、何なりとお命じ下さい」
「ふはははっ! ギレン殿言う通りですぞ、父上。 寧ろ我輩はこうして父上と会える事を心待ちにしておりましたゆえ!」
現在、エスタロッサとギレンには、このアルフォード王国の南側半分の調査を頼んでいる。と言っても二人は魔物だ、この人間の多く住まう国では動きが制限されてしまう。故に、細かく調査はできない。
エスタロッサは人目のつかない超上空から山脈、湖、川、沼地、荒野、森林などなど、地理の調査。ギレンは魔物の生息域や生態、どういった状況か、などを調べてもらっている。
正直なところ、冒険者をしているカレン以上に忙しい二人である。そんな忙しい中呼び戻した為に、多少申し訳ない気持ちなのだ。
「そう言ってくれると助かる。取り敢えず、早速で悪いがエスタロッサ、オレとルミナスを"ヨルズ山脈"に連れて行ってくれるか、ギレンは地上から魔物の動きを見ながら追いかけて来てくれ。最近はどうも魔物の動きが活発化してきてるからな、ついでに様子も見て欲しい。もし何か異変があればすぐに〈念話〉を飛ばしてくれ、頼んだぞ」
「はっ!」
「よしっ、そんじゃ行くか」
カレンとルミナスが背に乗ると、エスタロッサは翼を広げ大きくはためかして空高く舞い上がる。
その様子を見守ったギレンは一足先に"ヨルズ山脈"へと向かう。
「おお! 高い、すごいぞ! ドルトンがあんなに小さいんだぞ!」
「おいルミナス、あまり体を乗り出すと落ちるぞ」
徐々に遠ざかる大地、この一年過ごしたドルトンが豆粒みたいに小さくなってゆく。
目を遮るものがなくなり、普段は見えない遠くの景色、そして、大地と空の境界線が姿を現わす。
「すごい……世界って、こんなに綺麗なんだ」
目の前に広がる大自然と言う名の世界。今目に映る景色は、ただ純粋美しく、清らかで、偉大だ。
今迄の自分がいかにちっぽけな存在かを教えられる。どれだけ名声を得ようが、どれだけ力を得ようが、この世界にとっては、ほんの一部にしかすぎないのだと。
「本当に、すごい……ところでカレン、まだ上がるのか。そろそろ良いんじゃないのか?」
「いや、まだもう少しだ……」
その直後、上昇を続けていたエスタロッサは、とうとう雲の上までやって来る。
カレンは手筈通り、エスタロッサの周囲に水球を作り出し、太陽の光を屈折させて、エスタロッサの姿を地上からは見えないようにする。
「行けエスタロッサ。下の目は気にするな、見つかることはねぇから安心して飛べ」
「かしこっっっっまりましたっ!!」
カレンの言うことは間違いないと、エスタロッサは一切の迷いなく、ただカレンの言う事を信じた。そして"ヨルズ山脈"へ向けて、全速力で飛んで行く。
「途中でバテねぇようにしろよ」
「ふはははっ! 我輩、これでも体力には自信がありますゆえ、心配はいりませぬ!」
「だと良いんだがな……」
その後、エスタロサは宣言通り、疲れた様子もなく凄まじい速度で飛び続け、"ヨルズ山脈"まだあと少しの所まで来ていた。
城塞都市ドルトンから王都まで約三百キロ、徒歩なら二日間と半日はかかる。それを、ここまで来るのに約二十分、驚異的な速さだ。
「エスタロッサはすごいな、この調子ならもう少しで着くぞ」
「そうだな――?!」
突然カレンの動きが止まる。
「………」
「どうしたカレン?」
「父上?」
「……エスタロッサ、ギレンから連絡が来た。少し寄り道をする。東に行け」
どうやら、地上から山脈に向かっていたギレンから報告が上がって来たらしい。
エスタロッサはカレンの指示に従い、体を傾けて方向転換、東へと向かう。
「良いのかカレン、あまり時間がないんじゃ?」
「ここまで来るのに約二十分、早過ぎるぐらいだ。少しぐらい寄り道しても大丈夫だろう」
「そうなら良いんだけど……」
そして、しばらくすると、林に囲まれるように、ポツンと村が一つ見えてきた。どうやらその村で異変を発見したようだ。
「エスタロッサ、あの村の近くで降りろ。あそこは廃村らしいから平気だ」
「分かりましたぞ、父上!」
エスタロッサは村の上空までやって来ると、旋回を始め、徐々に速度を落として行く。そして、速度が十分に落ちると、背中に乗るカレンとルミナスに衝撃が伝わらないよう、ゆっくりと着陸する。
カレンとルミナスは、エスタロッサの背から飛び降りると、村の入り口で待つギレンの元へと歩いて行く。
「お待ちしておりました。我が君」
「それで、やたら綺麗なこの廃村がどうかしたのか?」
廃村と言うからには、かなりボロボロの村を想像していたのだが、目の前に見える村はつい最近まで使われていたかのように綺麗に残っていた。ルミナスはそれが嫌に不気味に感じ、肌が粟立つのを感じる。
「はい、とにかく村の中へ来て頂ければ、お分かりになるかと……」
「分かった。エスタロッサは一応林の中に隠れていろ。良いと言うまで出て来るなよ」
「分かりましっっっった!!」
エスタロッサが林の中へと消えると、カレンとルミナスは、前を進むギレンの後について行き、村の中へと入って行く。
今村の中を歩いている感じでは、別段変わった所のない、どこにでもある普通の村だ。しかし、村の中央へ抜けた瞬間、景色が変わる。
「…………」
「こ、これは……?!」
村の中央はペンキでもブチまけたかのように、黒く染まっていた。
これは、なにも焼け焦げた跡とかではなく、どちらかと言うと――
「血か……」
――時間が経って固まった血の跡であった。
黒く固まった血は至る所に付着していた。地面はもちろんのこと、家の屋根、扉、屋内など、惨状という相応しい光景が広がっていた。
「当然だが、人の気配はなし。この様子だと、間違いなく全滅しているだろうな……犯人は人間ではなく、十中八九魔物。
飛行型、もしくは浮遊型の魔物で確定だな。人の足跡はあるが、魔物らしき足跡が無い。となると、空から襲撃したと推測できる。
それにしても、村人全員食い尽くすとは、随分と大喰らいだな。笑えねぇ……」
「この血の固まり具合からして、少なくとも三日は経っている。魔物が空を飛ぶタイプの種なら、いくら大型の魔物でも見つけるのは至難の技だぞ」
「ああ、とっくに匂いも消えてるだろうな……ギレン、何か痕跡はあるか?」
カレンの問いに対し、ギレンは「いいえ、全くございません」とだけ答える。
カレンは記憶の中から魔物の情報を引っ張り出すが、このように痕跡を残すことなく、村人全員を食い尽くすことの出来る魔物に該当する種が見つからない。
あの数千年を生きる黒竜の知識でさえ、今の状況を作り出した主を割り出すことが出来なかったのだ。
『紅姫、魔力の残滓はあるか?』
『いや、先程から探っておるが、此方も全く無いわい』
『ちっ、こいつは厄介だな……!』
『新種の可能性があるかもしれんのう』
『こいつは害虫駆除どころじゃなくなってきたな……』
正直、カレンでさえこの光景を作り出した魔物に戦慄を覚えていた。というのも、現在カレンたちのいる村の規模は、村とは言えかなり大きい。人口にして約千人強はいただろう。そんな規模の村人を全て食べ尽くしたという事はつまり、この村を襲った魔物は大型どころか、超が二つ付く、超超大型の魔物だという事である。
基本的に魔物と言うものは、成長するにつれて強くなる。つまり、大きければ大きいほど、その力は強く、魔力も莫大だ。中には体が小さままでも強力な個体がいる場合もある。例えば、カレンの知る限りでは、かの"七災の怪物"に数えられる"凶竜ジャバウォック"そして、神速を誇る種族、神速黒皇のギレンなどが挙げられる。しかし、これは例外であって、基本は大きければ大きいほど強いという認識だ。
となると、この村を襲った魔物は超超大型であるからして、かなり強力な魔物に間違いない事はほぼ確定であった。
「カレン、どうする……?」
ルミナスは険しい表情のままカレンにそう問いかけた。おそらくだが、この村を襲った魔物は"災禍級"に該当するほどの強力な魔物だと思われる。はっきり言ってルミナスの手には負えないレベルだ。
(私では到底敵わない魔物だろし。ここはカレンの判断に全てを任せるしか……)
ルミナスの問いに対し、カレンの答えはシンプルだった。
「決まってるだろ、ぶっ殺す!」
当然と言えば当然だろう。そもそも、この村を全滅させた魔物が、ここだげで終わるとは考えにくい。他の村や街も此処と同じく食い尽くされてしまうかもしれない、もしくは既に襲われているだろう。
それだけは許せなかった。
(あの村をも襲う危険性があるなら、そいつがどんな奴だろうが斬り殺す!)
「とりあえずぶっ殺す事は確定だ。ただ、今は後回しだ。先に蟻供を殲滅しに行く」
「なら、ギレンとエスタロッサにこの村を襲った……ああもう、言いにくいぞ。とりあえず仮に名前を"人喰い"にするぞ!
話を戻すぞ。それで、ギレンとエスタロッサにその"人喰い"の捜索をしてもらった方が良いんじゃないか、と私は思うのだが」
「確かに、そうだな。だが、ギレンはともかくとして、エスタロッサはダメだ。見つかれば、それはそれで厄介になる。
というわけでギレン、頼めるか?」
カレンが後ろで控えるギレンに振り返ると、「御心のままに……」と言って、臣下の礼をとると、いつのまにかその姿を消していた。
「"人喰い"の事はギレンに任せて、オレたちは"ヨルズ山脈"に向かうぞ」
「分かった!」
カレンは林の中に隠れているエスタロッサを呼び出すと、再び背に乗り込み、"ヨルズ山脈"へと飛び立った。
"ヨルズ山脈"へはあともう少しだ、しかし、カレンとルミナスの頭の中は既に""軍団蟻の事など眼中にはなく、"人喰い"の事でいっぱいだった。
軍団蟻は"厄災級"に該当するほどの恐ろしい魔物だが、"人喰い"に比べればかわいいものだろう。
正直な気持ち、これ以上の被害を出さない為、いますぐにでも"人喰い"の捜索に向かいたい。
ギレンが捜索に向かっているのだから、待っていればそのうち連絡が来るだろう。しかし、その間に幾つの村や街が滅びるだろうか、いったい幾つの命が喰われるだろうか、そんなことを考えてしまう。しかし、"軍団蟻"も放っては置けない。あの魔物もこのままは放置すれば、街一つ滅ぼすなどわけないのだから。
「面倒な事にならなきゃいいが……」
程なくして、カレンとルミナスは"ヨルズ山脈"へと降り立つのだった。




