名指しの依頼 その3
「提案、ですか……」
「うむ、そうだ!」
「一応聞いておきましょう。その提案とは?」
「それはだな、まず前提条件として、ホーエンハイム公爵の名指しの依頼は受けぬ!」
「ほう……」
「なっ?!」
「シェイバさん何を?!」
「………」
ギルドマスターとソフィーは、手のひらを返すようなシェイバの発言に瞠目し、ホーエンハイム公爵はただ黙って成り行きを見守る。
先程シェイバは何とかする、と言ったのだ、ならば今の発言も何か理由があってのことに違いない。何にせ、ここはシェイバに任せるほかないのだ。
「それと、レングリットは貴族が関係している依頼は受けたくないのであろう?」
「ええ、そうですね、かかわると面倒なので……それは、貴方が一番良く理解しているはずですが?」
「うむ、そうだな。確かにレングリットが貴族と関わると、後々厄介なことになりうる。それは我も同じ事だがな。はっはっはっ!」
「?!」
「……?」
「……?!」
「それで、結局はどうするのですか?」
「うむ、我々が今回受けた依頼は調査依頼だ、故に調査へ行こう!」
「「「……?」」」
室内が静まり返る。レングリット以外の三人は「何を言ってるだ?」と怪訝な表情で首を傾げる。
どうして軍団蟻殲滅依頼を受けて欲しいという説得から、このまま調査依頼をしようという話になったのか。三人はシェイバの意図がまるで読めずにただ呆然とした。
しかし、そんな中、レングリットだけは理解した。
「はぁ……確かにそれなら貴族とも関わりませんし、ただ調査依頼をした事になりますね」
「そうだろう、そうだろう! これならまさに、一石二鳥だ! どうするレングリット?」
レングリットは仮面の下で目を細めて腕を組むと、少し考えるそぶりを見せる。
その様子に、いつのまにかレングリットを説得出来ていることに気づいた三人は、目を見開き、勢いよくシェイバに視線を向ける。代表してギルドマスターが「どういう事だ?」とシェイバに問いかける。
「ん? ああ、つまりだな……」
シェイバは指を一本立て、説明を開始する。
「今回、我々が受注した調査依頼をそのまま続行し、調査に向かう。
その途中、山脈などに差し掛かり、たまたま魔物の大軍と遭遇してしまうだろう。そうなれば我とレングリットは調査依頼遂行のために戦わざるを得なくなる。その時、ついやり過ぎて殲滅してしまうだろう。しかし、我々はギルドより大事な調査依頼を受けているのだ、その途中に邪魔でもされてはかなわん。
例え知りもしない冒険者二人が調査のためだと割り込んできて、相手を全滅させたとしても誰も文句は言うまい! 運の良いことに我々が受けている調査依頼は"厄災級"だしな」
「「「!!」」」
確かにこれなら、調査依頼をこなしつつ、軍団蟻の討伐も出来る。その上、レングリットの言う、貴族と関わらずに済む。
少し無理矢理感はあるが、筋も通っている。
三人はこれならば、とレングリットに視線を向ける。
レングリットは依然として腕を組みながら天井を見上げていた。どうやらまだ考え中のようだ。
『元々オレも考えていた事なんだが……ルミナスめ、わざわざ口に出して提案してくるとは、やってくれる……』
『くふふっ、やはりルミナスは存外に頭がキレるのう』
『まったくだ……はぁ、この方法なら貴族共と関わらずに済むからなぁ』
『確かにのう、あれだけ子供染みた言い訳までして断ったと言うのに、その努力も水の泡じゃのうお前様よ』
『ほっとけ……とにかく仕方ねぇ、この方法で行くか』
『良いのかお前様、確かに貴族と関わらずに済むかもしれぬが、それでも絶対とはかぎらぬぞ? もしお前様の正体が露見すれば、あの村は今度こそ……』
『分かってる!』
『………』
『分かってるよ紅姫。そんなヘマはしねぇよ……』
『ならば良い、後はお前様の好きにせよ……』
『ああ……』
考えがまとまったレングリットは、組んでいた腕を解くと、正面へ向き直る。視線の先には不安そうな三人の顔。レングリットはゆっくりと首を動かし隣で座るシェイバに顔を向ける。
「答えは決まったか?」
「ええ、シェイバの提案を呑みましょう」
その瞬間、正面の三人から安堵の息が漏れる。多くの人の命が掛かっていたのだ、無理もない。
三人はレングリットを説得したシェイバに深く頭を下げる。
(う〜ん、これじゃあカレンが完全に悪役になってしまうぞ。どうにかしないと)
今回の会談でレングリットの株は大きく下がった。普段人柄の良い人が悪い事をすると、余計に悪く見えるアレである。それに加え、白を基調とした聖騎士然としたレングリットの姿もそれを後押しており、三人の失望の色は強かった。
一方のレングリットの方はどうかと言うと、三人の視線に気にするそぶりすら見せない。
(まったく、芯が強いと言うか、大胆不敵と言うか……)
「レングリット、我の我儘に付き合ってもらって悪いな!」
「………いいえ、気にしないで下さい。それで、どうしますか? もう出発しますか?」
「うむ、では一時間後に出発でどうだ?」
「私はそれで構いませんよ」
「決定だな!」
これから調査へ向かうわけだが、その為には色々と準備が必要だ。レングリットはゆっくり立ち上がると、三人に顔を向け「では、これから準備がありますので、失礼します」と軽く会釈する。
「シェイバ、行きますよ」
「すまない、我はもう少し詳しい話を聞く。先に行っていくれぬか?」
レングリットは一瞬、仮面の下で目を細め、シェイバを見つめる。
聞くことは聞いたし、これ以上話すことはない筈だが、シェイバがそう言うのだからそうなのだろうと、ここは任せることにする。
「……分かりました。では先に行ってます」
そう言って扉を開き、一人部屋を後にする。足音が徐々に遠退き、完全に音が聞こえなくなった瞬間――
バンッ!
「なんなんですか?! レングリットさんのあの態度!!」
――ソフィーが机を強く叩き、怒声を飛ばす。
「噂とは当てになりませんな」
「………」
「あんな酷い人だとは思いませんでしたっ! 何ですかあの下らない理由は、ただの屁理屈じゃないですか。見損ないましたっ! 最低です!」
「然り、生ける伝説と言われる男があの程度の男とは、なんと器の小さい」
「……….」
「何をさっきから黙ってるんですかギルドマスター、何か言いたい事とかないんですか!!」
「………」
ソフィーの言う通り、確かに言いたい事はある。しかし、目の前の存在がそれを許さない。
「ギ、ギルドマスター殿?」
ホーエンハイム公爵が顔を覗き込めば、ギルドマスターの顔は青を通り越して白くなっており、冷たい汗が滝のように流れていた。そして、正面を向いたまま固まり、体が小刻みに震えている。
流石にここまで様子のおかしいギルドマスターに異変を感じたソフィーとホーエンハイム公爵は、先程まで頭に上っていた血が下がり、少しの冷静さを取り戻す。そして、自分達の座る向かい側から途轍もない重圧を感じとった。
ソフィーとホーエンハイム公爵はゴクリと喉を鳴らし、ゆっくりとギルドマスターの視線の先を追う。
そこには、先程のレングリット以上の重圧を放つシェイバがいた。
「「……っ!!」」
ホーエンハイム公爵とソフィーは目の前のシェイバが怒っているのだと、すぐさま理解した。
先程レングリットから放たれた心臓を鷲掴みにされるような感覚ではなく。どちらかというと体の芯が震える感覚、シェイバから放たれるのは殺気でも威圧でもなく、純粋な怒りである。
「ホーエンハイム公爵殿、ギルドマスター、ソフィー殿、先のレングリットのことに関してだが、そちらは謝罪させていただく。しかし、彼には彼の考えがあってああ言った発言をしたのです。何も知りもしないのに、あまり彼のことを悪く言うのはよして頂きたい、あまり気分のいいものではありません……。
私は自分で言うのも何ですが、優しいです。優しいですが、寛大ではありません。それをゆめゆめ忘れないで頂きたい」
いつもと違う口調。それは、あまりの怒りに素が出てきていることを意味していた。
兜のスリットの奥で青翠色の瞳が一瞬、鋭く光る。
「も、申し訳ない!」
「し、失礼しました!」
「すまない」
「先程も言ったように我もレングリットも、王家の者や貴族とあまり関わる事が出来ぬ。正確には関わりたくないと言うべきだが、細かい事はどうでもいい。正直な気持ちを言えば、我自身、レングリットと同じで公爵の依頼は受けたくはなかった」
「「「……!!」」」
本当は依頼を受けるつもりはなかったと言うシェイバ、三人はレングリットとシェイバが抱える問題がどんなものなのかと、想像を膨らます。
二人揃って王家や貴族と関わりたくないと言い放つのだ、それなりの深い理由があるのだろう。そう思うとレングリットがあそこまで拒絶するのも分かる気がする。しかし、やはり納得は出来ない。理由はどうあれ、多くの人の命が掛かっていたのだ、どんな理由があろうと、人として納得がいかない。
「今回我が引き受けようと言ったのは、これから苦しむであろう人々を見逃せなかったからにすぎぬ。それが無ければ、我も先のレングリットのように丁重にお断りしていただろう」
「お前達の抱える問題はそれ程なのか……?」
「うむ、我とレングリットの存在は、下手をすれば戦争へ発展しかねぬ」
「せ、戦争、ですかな?!」
シェイバは無言で頷く。
存在だけで戦争に発展する。それはいったいどんな理由なのか、またも想像が膨らむ。しかし、邪推はいけない。
既に三人は、この二人の怒りを買ってしまっている。これ以上レングリットとシェイバの勘に触るようなことをすれば、二人は、この街、延いてはこの国から出て行ってしまう可能性もある。それだけは絶対にあってはならない。
「では、レングリットさんがあそこまで頑なに断っていたのはその為?」
「そうとも言えるが、そうとも言えなぬ。おそらくレングリットにはもっと別の理由がある」
「別の理由、ですかな?」
「うむ、しかし、我もその理由については知らぬ、レングリットは何も話したがらぬからな……」
(ほんと、私はカレンの事を、何も知らない、何も……)
この一年、一緒に過ごしてきて分かったことといえば、カレンの大雑把な目的と魔物と共に行動を共にしている、と言う事だけ、あとは何も知らない。
カレンがどうして魔族でありながら人間の国にいるのかとか、どうやってそこまで強くなったのかとか、家族のこととか、どうしてそこまで生きるのに必死なのかだとか、ルミナスはカレン自身のことを何も知らない。
きっと、カレンに直接聞いたところで教えてはくれないだろう。なんとなくそんな気がした。
同じ冒険者として過ごし、それなりにいい関係を築いている自信はある。しかし、どこか一本線を引かれている。ここから先は踏み込むなと、拒絶されているように感じる。
その事実が、とても悲しくて、苦しくて、痛い。
(カレン……)
ソフィー は一瞬、シェイバがとても悲しそうに見えた。何故かは分からない。ただ、兜に遮られた顔はきっと、辛そうな顔をしているはずだ。
「シェイバさん、どうか……」
「しかし、シェイバ、俺は納得がいかん。多くの人命がかかっていたのだ、どんな理由があれ、レングリットはその人達を見捨てたことには変わりない」
ギルドマスターの言う通り、しかし、次のシェイバの言葉がそれを一蹴する。
「ふははははっ! 言い忘れていたな、レングリットは元より我があのような提案を出さずとも同じ事をするつもりだっただろう!」
「「「え?!」」」
「当たり前であろう、レングリットはそこまで冷たい奴ではない。仮にこの方法でなくとも、もっと別のやり方を考えていただろう!」
「つまり、レングリット殿は元よりそのつもりだったと?」
「でなければ我の提案を受け入れはしなかっただろうな!」
「「「………」」」
(とは言ったものの、本当にそんな事を考えていたかどうかは分からないんだけどな)
つまり、ルミナスの憶測によるハッタリであり、同時にレングリットへ対するフォローでもあった。
実際当たっているのだが……。
(さっきので、かなり立場が悪くなったし、これで少しは緩和されると良いんだが……カレンもめちゃくちゃだぞ)
シェイバの言ったことが事実なら、レングリットは最初から助けるつもりだったと言うこと。その事実にホーエンハイム公爵、ギルドマスター、ソフィーの三人は気まずい雰囲気になる。
三人はレングリットの真意も見抜けず、ただ罵倒しただけなのだ。恥ずかしくないわけがない。
「と言うわけだ、公爵殿、ギルドマスター、ソフィー殿、レングリットは少し不器用なだけなのだ、今回のことは少し大目に見てやって欲しい」
「「「………」」」
三人が無言で頷くのを見ると、シェイバは「では、そろそろ我も行くとする!」と言って席を立ち、扉へ向かう。すると、ギルドマスターから声がかかる。
「シェイバ」
「なんだ、ギルドマスター?」
「頼んだぞ!」
その言葉に、シェイバはおどける様な仕草をする。
「何の事だか……"天使と悪魔"は調査に向かうだけだ、そこまで期待されても困ると言うもの」
「ふふっ、そうだったな。引き止めて悪い。もう行ってくれ」
「では、失礼!」
シェイバは勢いよく部屋を飛び出し、レングリットの元へと向かった。
応接室に残された三人は、深い溜息をこぼす。
「嵐が去った気分です……」
「だな」
「然り、レングリットに続いてシェイバまで怒らせてしまった時は、色々ダメかと思いましたな」
公爵はあれだけ怒ったシェイバが、もしかしたら先の提案を破棄するかもしれないと内心ヒヤヒヤしていた。もしそうならば、今度こそ多くの命が失われると。
あれだけシェイバが怒りを露わにしたのを見るのは、ギルドマスターとソフィーも初めてだ。
普段は陽気な感じの人柄故に、怒気を露わにした時の重圧は半端ではなかった。
それこそ、先のレングリットが放った殺気が決して本気でなかったのだと思わせる程に。
それ程までに、シェイバは怒っていのだ。
「ええ、"天使と悪魔"のお二人、もしかしたらこのクエストがおわり次第、この街から出て行くかもしれませんね」
「それは困るな。まだ高難度の依頼書が山積みなんだが……」
「ふふふ、そうですね」
「しかし、レングリットとシェイバ、底が見えませんな」
「ええ、先のレングリットの殺気、シェイバの重圧、どれも我々人間の領域を遥かに上回っています」
「王都にも"天使と悪魔"の噂は届いていましたが、いやはや、実際生で見てみると恐ろしいものですな」
「はい、私も初めてレングリットと対談した時は、底の知れなさに震えが止まりませんでした。はっきり言って"厄災級"の魔物の方がかわいいくらいです」
「それほど、なのですかな……?」
「はい、おそらくですが、彼らの魔力値は両者共に少なくとも三十万を超えているかと……」
「っ?!!」
「………」
魔力値三十万、王国の古い歴史の中でも誰一人として到達したことのない領域、前人未到の領域、まさに"到達者"だ。
その事実にソフィーは戦慄を覚え、ホーエンハイム公爵は少し難しい顔をする。
六年前より起こった急激な魔物の活発化、王国最南端の村で起きたと言われる"紅い絶望"。そして、魔力値が最低でも三十万を超える二人の冒険者の出現。
この時、ホーエンハイム公爵の頭にふとこんな事がよぎった。
ーー世界が目を覚ました。
確信も確証もない。しかし、何故かふと頭に浮かんだ。
「これは、本当に嵐が来るかもしれませんな」




