魔物大進行
でき次第順次載せてくので、よろしくお願いします!
それではどうぞ!!
森を二つの小さな影。
息を切らし、汗に塗れながら必死の形相で木々の壁を潜り抜ける。
カレンとセラである。
「はぁ、はぁ、セラ走れ!」
「はぁ、はぁ、走ってるよ! はぁ、はぁ、どうなってるの?!」
「オレが知るか! とにかく走れ!!」
オレ自身どうしてこうなったのか分からない。いきなり現れた理不尽に今は心の中で罵声を浴びせる事しか出来ない。
「なんなんだ、このクソッタレが!」そう吐き捨てるが、それを吐き出したところで状況が好転する筈もなく、ただただ体力の無駄使いである。
後ろをチラッと見てみれば、黒い波が地響きを鳴らしながら、土煙を上げて追ってくる。
オレは眉を潜め、舌打ちを鳴らす。
「マジで何がどうなってやがんだ、ちくしょうがぁぁぁぁ!!」
♢♢♢♢
時は、少し遡るーー
森で川馬と遭遇して瞬殺したオレは、セラと共に急ぎ村へと引き返していた。本来水辺に生息する魔物が川や湖から遠く離れた森に出現したのは、何か異変があったからだろう。ならば、早くこの事を村人達に知らせなければ。何かあってからでは遅い。
そう思っていた、その矢先。オレはそれに気づいた。
僅かにだが地面に振動を感じた。オレは、もしやと思い、後ろを振り返って目を凝らして耳を澄ました。
すると、まだかなり距離はあるものの、後方からは地響きのような音が聴こえ、それと同時に夥しい数のそれを視界に捉えた。
嫌な汗がブワっと吹き出し、頬を伝う。
一気に血の気が引き、顔を盛大に引きつらせた。
(おいおい、冗談だろ? なんだありゃ?!)
夢であって欲しい。そう思って目を擦り、何度も確認する。だが、残酷にもそれが視界から消える事はなかった。
「カレン? 顔色悪いけどどうしたの?」
種族的な特性か何かは分からないが、オレはかなり目が良いいらしく、いち早くそれを視界に捉えることができた。
しかし、セラはそれに気づいた様子はなく、血の気が引いたオレの顔を覗き込み、心配そうに見つめていた。
このままではマズいと判断したオレは、手を伸ばしてセラの手を握る。そして、なりふり構わず脱兎のごとく走り出した。
流石にセラを連れた状態でアレに巻き込まれるのはマズい。
「セラ、走れ!!」
「え、ちょっ! 急にどうしたの?!」
「とにかく走れ、後ろから来てる!!」
「来てるって、何が?!」
「魔物の大群だ!!」
そう、オレ達に迫ってくるそれとは、魔物の大群だ。
セラは走りながら肩越しに後ろを振り返る。そしてそれを視界に捉えると、みるみる内に顔を青くしていった。
ざっと見た限り、その数おおよそ百体。
そんな、魔物の大群が一斉に大移動することをこの世界ではこう言う。
ーー魔物大進行
見たところ色々な種類の魔物が混じっていた。少なくとも十種類以上。
小鬼、豚鬼、川馬、餓食獣、大鬼、鳥人獣、白蛇獣、狼人獣、翼人獣、十足獣などだ。
最近教えてもらった魔物の特徴と、一致するので間違いないだろう。どれも嫌悪感のする醜悪な顔をしている。
オレとセラは、魔物達から距離を取ろうと必死に走る。だが、子供の足で逃げ切れるわけもなく、徐々にその距離は縮まり、焦燥感だけが増す。
正直な事を言えば、オレ一人なら逃げ切れる自信はある。しかし、セラを置いていくわけにはいかない為に、オレはこうして一緒に逃げている。ジレンマだ。
オレ達と魔物達の距離は、現在約二百メートル。このままでは数分と持たずに追いつかれるだろう。
縮まる距離をどうにかするため、少しでも体を軽くしようと、セラに背負っている荷物を捨てるよう叫ぶ。
「セラ、鞄を捨てろ!」
「えっ! で、でも薬草が……」
「言ってる場合か! ちょっとでも体を軽くして逃げんだよ!」
「う、うん、わかった!」
オレは背負い袋を頭上に投擲し、セラは背負い袋を地面に投げ捨てた。
背負い袋を捨てたことで少し体が軽くなり、速度が上がる。と言っても気持ち程度なので、相変わらず死に物狂いで走り続けた。
ーーそして冒頭に戻る。
魔物大進行と遭遇し、逃げ始めて既に数分が経とうとしていた。
唯一の救いとしては、魔物の中にそれほど足の速いものがいなかった事だろう。
それでも距離を縮められている事には変わりはない。
現在魔物との距離、約百五十メートル。村まではまだ遠い。
もはや子どもの足で逃げ切るのは不可能な距離だ。
数分間全力で走るなど大人でも辛く厳しい。オレはまだまだ平気だが、正直セラは限界に近いだろう。先程から息も絶え絶えだ。
村までは半分を切ったとはいえまだ遠く、このままでは追いつかれるのも時間の問題である。
このまま行けば二人ともお陀仏だ。いや、オレは大丈夫な気もするが、セラは間違いなく命を落とすはずだ。
それに、仮にこのまま逃げ果せたとしても、魔物大進行を村に連れ帰ればシャレにならない被害がでる。流石にそれはまずい、となると……。
オレは内心で溜息をすると、小さく呟いた。
「あまり気は進まないが、こうなったらやるしかないか」
オレは足に急ブレーキをかけ、後ろを振り向いて剣を構えた。
急に立ち止まって剣を構えるオレに、セラは瞠目し、逃げるよう促す。
「カレン何やってるの?! 逃げなきゃ!!」
セラが必死にオレの腕を引っ張り、連れていこうとするが、まるで大木でも引っ張っているかのようにビクともしない。
オレは視線を魔物に向けたまま、セラに語りかける。
「ダメだ、このまま魔物大進行を連れて帰れば、何も知らない村に甚大な被害が出る。下手すれば壊滅だ。だから、オレがここで魔物達の相手をする」
「相手をするって、こんな数の魔物相手に無理に決まってるでしょ!!」
「無理でもなんでもやるしかねぇんだよ! いいから行け! セラ、オレが魔物を引きつけてる間に、村に帰ってこの事をおじさん達に知らせてくれ! 村まではもう半分を切ってる。だから行け!」
「で、でも……」
(ああもう! なんで行ってくれねぇんだよ、マジで時間ねぇんだって!! セラ、頼むから行ってくれよ! あんまりオレをイライラさせんなって!!)
「いいから行けって言ってんだろうが!!」
怒気を含んだオレの叫びに、セラは肩をビクッと跳ね上げ、目の端に涙を浮かべてコクリと頷いた。
「お父さん達、連れてくるから、死んじゃダメだよ!」
不吉なこと言うんじゃねぇよ。
「ああ、頼んだぞ」
オレは肩越しに振り向くと、口元を吊り上げてそう言った。セラはコクリと頷き、こちらに背を向けて走り出し、村へと帰って行った。
セラが行くのを見送ったオレは魔物達に視線を戻し、凶悪な笑みを浮かべる。
(やっと行ってくれた。これで憂いは無くなったし、あとは思う存分暴れるだけだ。それにしても魔物と戦うのは久しぶりな気がするな)
首を左右に振って、ポキポキと音を鳴らす。
「見たところざっと百体か。魔物大進行にしては、小規模だが、それでも多い事には変わらねぇ、か」
魔物との距離、百メートル。
(条件としては、魔物をオレの後ろへは行かせないってとこか)
条件的には少々厳しいが、オレにはやるしかなかった。もしオレの後ろへ魔物が抜ければ、その魔物はセラを襲うだろうことは想像に難くないからだ。
「なら、オレを越える前に……」
魔物との距離、五十メートル。
オレは凶悪な笑みを浮かべたまま魔物達に突っ込んで行った。一人対百匹、しかもその一人はまだ十歳の子どもだ。はっきり言えば正気の沙汰ではない光景だろう。
もしこの場に他に人がいれば、オレのことを"自殺志願者"と呼ぶに違いない。
実際、そういうことをしている自覚はある。
(まぁ、死ぬつもりなんざ毛頭ねぇがな)
みるみると縮まる魔物との距離。殺気を滾らせ、獲物であるオレに魔物たちの意識が集中する。
「……テメェら全部、肉塊にしてやるよ!!」
魔物との距離――ゼロ。
オレは大群に接触すると同時に、短剣を振り上げた。
ブシャーッ!!
剣で斬られた魔物が血飛沫を上げて一撃で絶命し仰向けで倒れると、続いて横にいる魔物の頭に剣を突き刺す。魔物は脳漿を撒き散らし、いとも容易くその命を落とす。
魔物達は雄叫びを上げながら目の前の獲物に向かって次々と押し寄せ、振るわれる銀色の光によってその命を散らしていく。
血が飛び散り、中身が木々にへばりつく。
あるものは人形のようにこときれ、あるものは噴水となり、またあるものは臓物を撒き散らす。
濃厚な血の匂いと異臭が混ざり合い、顔を顰めるような臭いが鼻をつく。
(流石に数が多いな……)
魔物の数が数なだけに、オレはその殆どをほぼ一撃で沈めていった。
一体に時間をかけると、魔物に囲まれてゲームオーバーになってしまうからだ。それに、流石に百体となると体力的にも不安がある。
出来る限り無駄な動きをなくし、体力を温存しながら戦う戦法だ。
オレはただ目の前の魔物を考える暇もなく斬っていった。
斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬りまくる。
凄まじい勢いで魔物達はその数を減らし、死体の山を築き上げる。
赤い雫が花びらのように宙を舞い、魔物の肉片が周囲に飛び散る。
森に濃厚な死の匂いが充満する。
そんな地獄のような光景の中、黄金の瞳を輝かす小さな悪魔だけが、獰猛な笑顔を浮かべていた。
(あ、やべぇ……ちょっと楽しいかも)
自分の中の何かが、歪な形に少しずつ膨らんでいくのが分かる。
これが何なのか、オレ自身正確なところは分からない。だが、仮に名前をつけるならこんな感じだろうか。
ーー凶喜
戦うことが楽しくて楽しくて仕方ない。
ただ悠々自適に暮らしてたい筈なのに、ただ平和に暮らしてたい筈なのに――
「ハハッ……!」
ーーこうして命のやり取りをする事が楽しい。
こうして戦っている時が、命のやり取りをしている時が、一番生きている事を実感できる。
返り血を浴びながら、凶気に満ちた顔で剣を振り続けるその姿はまさに……
悪魔だった。