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悪魔がカレンにわらうとき  作者: 久保 雅
第2章〜天使と悪魔〜
57/201

我の日

 朝日が昇り、太陽の光が静かに街を照し出す頃。私とカレンは"青い蜜蜂亭"の、自分たちの宿泊している部屋で、テーブルを挟んで向かい合っていた。


 修行を開始して早一月半。今日は途中経過を見るため、私の魔力値をはかる日だぞ。


 修行開始前の私の魔力値は確か七三◯、今日まで文字通り血反吐く程修行を積んできた。

 たかだか一ヶ月半で何が変わるんだ? と思うかもしれないけど、この一ヶ月半は本当に濃密だったんだぞ。

 毎日毎日、魔力が尽きてぶっ倒れて、数日に一度は手足をチョンパされる日がやってくる。普通なら発狂してもおかしくなかったぞ。でも、それでも私は乗り切った。

 だから、この一ヶ月半で自分がどれほど成長しているか、わくわくするんぞ。


「……おめでとう、ルミナス。魔力値十八万だ」


 …………。


 ん?


「じゅ、十八万?………誰が?」


「お前が」


「私が? 本当に?」


「Yes」


 えっ?魔力値十八万?!  この国で、最強を謳われている、王国近衛騎士団の団長が確か魔力値九万八千。私の魔力値はそのほぼ倍と言うことになるぞ。


 なんか自分が想像していた魔力値の遥か上だったぞ?!


「………」


  嘘だぞ!  そんなわけないぞ! 私が魔力値十八万だなんて、何かの冗談に決まっているぞ!!


「カ、カレン……私の魔力値、本当に十八万なのか?」


「ああ、間違いない。魔力値十八万だ。正確には十八万二千だがな」


「どうにも信じられないぞ! この私が魔力値十八万だなんて……」


「何言ってんだ。それだけお前が努力して身につけた実力って事だろ? もっと自分を褒めても良いんじゃねぇのか?」


 そうか、そうか……うん、そうだな。カレンが嘘つくとは思えないし、私の魔力値は本当に十八万に到達したんだろう。私偉い!  私凄いぞ!

 あ、そうだ! ここまで成長した褒美に何か買おうかな? やっぱり剣かな? いや、今の防具がボロボロだし、防具にしようかな? それとも、ここは奮発して両方というのも良いかもしれない。

 そうと決まれば、早速素材を取りに行くぞ!!


「カレン、武器や防具を新調したいと考えているのだが、どうだろう?  ミスリルやオリハルコンで考えている」


「いいんじゃないのか。 今の装備もボロボロだし、丁度いいだろう」


 おお!  お許しが出たぞ! じゃあ早速ギルドに行って素材採集の依頼を受けに行くぞ!


 私は勢いよく立ち上がると、目をキラキラさせて、早くギルドに行って依頼を受けようとカレンに言う。


 しかし、


「悪いな、今日は少し用事がある。 今回はルミナス一人で行ってきてくれ」


 まさかのカレン不在。いや、別にカレンがいなくても依頼は受注出来るのだが。何というか、一人で行くのは少し不安だぞ。


 でも、これから一人で依頼を受けることが増えてくるかも知れないし、そう考えればいい機会だぞ。


 そうと決まれば、


「ふっ、我一人で行くとしよう!」


 シャキーン!  とお馴染みの変身ポーズ。


「あれ、スイッチ入った?」


 さて、兜と防具を身につけ、ギルドへ()くとするか。


 手馴れたもので、防具を身に着けるのに一分と掛からず。剣を腰に下げ、我は部屋のドアに手をかける。


 おっと、その前にちゃんとカレンに言っておかねば。


「ではカレン、我はギルドへ行ってくる。 ふっ、心配せずとも良い。魔力値が十八万に達したとはいえ、我は傲慢になったりなどせぬ!」


 キレのある動きでサムズアップ。今度こそ部屋を後にする。


「ふはははっ!」という笑い声が遠ざかり、部屋に一人残ったカレンは苦笑いを浮かべる。


「オレが心配してるのは、お前の頭の方なんだけどなぁ……」


 誰もいない部屋でその小さな呟きがやけに大きく響く。

 カレンはゆっくりイスから立ち上がると、剣と装備一式を身につける。


「さて、オレも行くか」


 そう言ってカレンも部屋を出て行った。


 一方ギルドへ向かったルミナスことシェイバは、上機嫌でメインストリートを歩いていた。


「剣はやはり魔力伝導の良いミスリルが良いだろう。防具はオリハルコンだな。ただオリハルコンで作ると金が掛かるな、我の手持ちでは足りぬかもしれん……」


 ふむ、新しい装備を作るのはいいが、まず金だな。一応この日のために貯金はしていたが、正直心許ない。

 鉱石を取りに行くついでに魔石の採取でもしておくか。

 おっと、いつの間にやらギルドに着いたな。


 シェイバは勢いよくドアを開け、ギルドへ入る。


 ギルドは朝という事もあって冒険者達でひしめきあっていた。特にクエストボードの前は人が多く、通る道が無いほどだ。

 いつもなら、人がある程度引くのを待つ所なのだが、今日のシェイバは違った。

 魔力値が十八万に到達した事と、何より装備を一式新調出来る喜びで待てなかったシェイバは、前の男に声をかける。


「すまぬ、道を開けてくれぬか?」


 人の集りが無くなるのを随分前から待っていた男は、不意に後ろからそう声をかけられ、額に青筋が浮かぶ。

 こっちは朝からずっと順番待ちしてるのに何様だ、と言わんばかりに、ドスの効いた声で振り返る。


「あん、何だてめ……って、シェ、シェイバ?!」


 男は声をかけた相手がシェイバだと知ると、顔を真っ青にさせて道を開ける。

 すると、男につられるように他の冒険者達も道を開ける。


 おお!  道が出来た!


 クエストボードまでまっすぐ伸びた道をシェイバは堂々と歩く。

 クエストボードの前までやってきたシェイバは、手を顎に添え、もう片方の手を腰に当てる。


 む、鉱石採取の依頼が一つもない。 仕方ない他の依頼を受けつつ集めるとするか。


 シェイバが依頼書を吟味(ぎんみ)している後ろでは、冒険者達がヒソヒソと会話をしていた。


「アレが"ネフィリム"のシェイバ?」


「確かめちゃくちゃ強いって噂があったよな?」


「ああ、"ネフィリム"はたった二人の冒険者パーティだけど、その強さは折り紙つき。S級の魔物なんか片手間でちょちょいらしいぜ。

 "ネフィリム"のレングリットなんかは登録した初日に"災害級(ハザード)"の凍空竜(グラキエースドラゴン)を単独で討伐したって話だしな」


「それに、冒険者登録して一ヶ月で(ゴールド)ランクまで上り詰めたっていうのも有名だよな」


「たった一ヶ月で(ゴールド)ランク?!  マジかよ!」


「おいおい、流石に"災害級(ハザード)"を単独で撃破したなんて眉唾もんだろ? ありえねえって」


「いやいや、これがマジなんだなぁ」


「なぁ、気になってたんだけどよ。"ネフィリム"の二人ってなんであんなボロボロの装備なんだ?  仮にも(ゴールド)ランクなんだろ? それに"災害級(ハザード)"を単独で倒せるほどの実力もある。もっと装備が良くてもいいはずだろ? 何でだ?」


「「「「「「「「知らね」」」」」」」」


 後ろの冒険者達はさっきからいったい何を騒いでいるのだ?


 受注する依頼を決めたシェイバは、クエストボードから依頼書を引き剥がす。


 内容は難しくはないし、討伐する魔物はどれも恐れるほどではない。

 数で押されれば多少手間取るだろうが、魔物に()られる事はない。

 寧ろ、この依頼は我にとっては好都合、今の自分の実力をみるいい機会だ。

 だから油断するつもりは毛頭ない。


 ===========================================


 ーー牛頭獣(ミノタウロス)一眼鬼(サイクロプス)石翼獣(ガーゴイル)大鬼(オーガ)火炎蜥蜴(サラマンダー)

  計二十体の討伐依頼 ランク:S

 白金(プラチナ)ランクから受注可能

 報酬額 金貨三十枚

  依頼主 ポポック村 村長

 

 ===========================================


 ポポック村、確かこの村の近隣にはいい鉱石が取れると聞いたことがある。それに石翼獣(ガーゴイル)からは稀にアダマンタイトが取れるという噂もあった。今の我には、美味しい話だ。

 何より、報酬額金貨三十枚!!  迷う事なく決定だ。

 受注可能なのは白金(プラチナ)ランクからだが、何とかなるはずだ。いや、何とかする!!


 さて、そうと決まれば、まず受付に行くとするか。


 シェイバは依頼書を片手に、上機嫌で受付へ向かった。


「ダメでーす。規則だって言ってんだろバカヤロー」


 にっこり爽やかスマイルでそう言ったのは、受付嬢のソフィーだった。


「そこを何とか!」


 そして、食い下がるシェイバ。


 二人のやり取りが始まってから早三十分。シェイバが何度も頼み込んでも返ってくるのは「ダメでーす」と言う一言。


 あれ、 おかしいな?  全然取り合ってもらえぬ!


「ソフィー殿、頼む! この依頼を受けさせてくれぬか!」


 諦めない!  やっとカレンからお許しが出たのだ。早く装備を新調したい。だから今日中に金がいる。

 届け!  この想い!!


 その思いが届いたのか、もう何回目かも分からないセリフにソフィーは折れたと言わんばかりにはため息をつく。


「分かりました。ギルドマスターと相談させて頂きます。但し、今回だけですからね!」


 おお、想いが届いた! 頼み込んでみるものだな!


「無理言ってすまぬ。助かる!」


 ソフィーは眉を八の字に曲げると席を立ち、「先程も言いましたが、今回だけですよ」と言って奥へと消えていった。


 それから待つこと数分後、ソフィーがカウンターへと戻ってくる。


「本来なら危険を考慮して白金(プラチナ)ランクの冒険者からでしか受けられない依頼です。しかし、"ネフィリム"のシェイバなら問題ない、とギルドマスターがおっしゃってましたので、今回は特別に許可します」


 少し納得いかない表情で説明するソフィーに対し、少し居た堪れない気持ちになる。


 まさか多くの命がかかっている依頼で、金目当てに受けたとは流石に口が裂けても言えぬ。


「我のわがままを聞いてくれて感謝する。では、行ってくる!」


「気をつけて下さいね。シェイバさんに神のご加護があらんことを」


 ソフィーに見送られ、ギルドを後にしたシェイバは、村へ向かう前に薬屋に立ち寄り、回復薬を数本購入する。

 そして、討伐依頼を出したポポック村に向かうことをカレンに報告しておく。

 これでもし何かあってもカレンが助けに来てくれるだろう。

 しかし、これはあくまで保険であって、出来るなら頼りたくはない。自分で受けた依頼は自分一人で遂行したいのだ。


 まぁ、カレンのことだ、「助けて」と言っても「ダメだ」とキッパリ断られそうだが。

 先程も依頼を受けたことを報告した際『そうか、気をつけろ』だけだったしな。


 準備を終えたシェイバは、ポポック村へと向かった。


 ポポック村は城塞都市ドルトンより北に位置する村で、近くにはミスリルやオリハルコンが多く取れる鉱山があった。

 その鉱山のおかげか、ポポック村は小さいながらも裕福で、村では常に護衛を雇っていた。

 しかし、一月ほど前から魔物の活動が急に活発になり、早いペースで村を襲うようになった。

 雇っていた護衛たちは次々に襲いくる魔物達に恐れをなし、契約を切って逃げ出した。

 それから何度か冒険者を雇って護衛に当たらせたが、来るのは金目当てのランクの低い者たちばかり。

 その冒険者達は魔物が村を襲った際、全くと言っていい程役に立たなかった。

 そこで、村長は依頼を護衛から討伐依頼へと切り替えることにした。

 しかし、ここで問題が起きた。魔物の種別と数をギルドに報告して討伐依頼を出したところ、依頼ランクがSランクに認定されてしまったのだ。


 報酬に関しては問題はない。村はもともと潤っていたのでお金に余裕がある。問題があるのは冒険者の方だった。

 ポポック村の一番近い街は城塞都市ドルトン。そこにいる冒険者の最高ランクは(ゴールド)ランクで、依頼ランクSをこなせる冒険者はいない。つまり、単純な実力不足なのだ。


 最近では、このまま魔物が討伐されなければ、村を捨てて移住しようという話も上がっていたそうだ。


 我が来るまでは。


「話は分かった、村長! 我がなんとかしよう!」


 小さな家の居間で我はポポック村の村長とテーブルを挟み、向かい合っていた。


「ありがとうございます。ですが、シェイバさんは(ゴールド)ランクとお伺いしておりましたが、本当に大丈夫なのでしょうか?」


 村長は本当に大丈夫なのだろうか、という眼差しをシェイバに送る。


 シェイバは「問題無い!」とキレのあるサムズアップで答え、村長は苦笑いを浮かべる。


「では、改めて話を伺いたい。依頼書に魔物の種類が記載されているが、ここ最近で増えた魔物がいないか教えてくれぬか? それと、普段魔物達がいる大まかな場所や移動経路も頼む」


「分かりました」


 そう言って、村長は手元の地図を広げ、シェイバに見せる。


「現在魔物達の生息域は村より少し離れた、岩山だと思われます」


「聞いておいてなんだが、なぜ岩山だと?」


「実は以前雇っていた冒険者の方に、魔物がどこから来ているか調べてもらったんです」


「なるほど、それで岩山だと……」


 村長が話を続ける。


「魔物の移動経路ですが、これについては我々も分かりかねます。魔物はどこでも行けますから」


「確かに、道理だな」


「そして魔物の種類ですが、三種ほど増えています。数で言えば六体です。

 まず一つが二角獣(バイコーン)二体です。これに関してはほぼ無害なので気にしないでもよろしいかと。

 続いて裂口獣(ギドラ)が三体です。この三体は常に行動を共にしているようです」


「話の腰を折るようですまないが。村長、ただの村人の貴方が、どうしてこれほどの情報を?」


「これも、以前雇っていた冒険者からお聞きしておりまして、ご丁寧にメモまで残して行ってくれました」


 うむ、村長は以前雇っていた冒険者は役に立たなかったと言っていたが、なんやかんやで良く働いているし調べられている。これは(むし)ろ優秀な部類に入るのではないだろうか?


「そうか……すまない、 続けてくれ」


「はい、それで最後の一体ですが、その、なんと言いますか……」


 村長は表情を曇らせ、そして、ゆっくりと口を開く。


「最後の一体は種別までは分かりません。ただ、恐竜種の(ドラゴン)だと言うことは分かっています」


 ……………。


「……(ドラゴン)?」


「はい、(ドラゴン)です」


 (ドラゴン)と聞いて、シェイバは顔を伏せる。

 体を小刻みに震わせ、身につける兜や胸当てなどが擦れ、カタカタと音を鳴らせる。


 村長はシェイバを怒らせてしまったと思い、慌てて言い繕おうとしたが、次の瞬間、


「ふっ……ふふふ」


 笑い声が漏れる。


「ふははははははっ!!」


 いきなり笑い声を上げるシェイバに、村長は訳がわからず目を白黒させる。


「ああ、すまない村長殿。それにしても(ドラゴン)か……」


 シェイバは兜の下でどう猛な笑みを浮かべた。


「おもしろい!!」

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