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悪魔がカレンにわらうとき  作者: 久保 雅
第2章〜天使と悪魔〜
54/201

修行 その1

「カレン、魔石も十分集まったしそろそろ街へ帰ろう」


 作業開始から一体どれだけ経ったのだろう。夢中になり過ぎて時間を気にしていなかった。


 ルミナスが手に持った革袋は、これでもかというぐらいパンパンに膨れ上がっており、その中身は全て魔石で埋め尽くされていた。

 小指の爪ぐらいの大きさの物から、拳ほどのサイズまで、その大きさや質は様々だ。


 もちろん、これらは全てルミナスが採取したもので、カレンが採取した魔石は〈魔導庫〉に収納されている。


 〈魔導庫〉から懐中時計を取り出し、時刻を確認する。


「そうだな、時間的にも丁度良いし、帰るか」


 依頼目標の魔石十個はとっくに集まっていたため、追加報酬の魔石を集めていたカレンとルミナスは、魔石の採取を終えて街へ帰ることにした。


 ルミナスが手に持つ、はち切れんばかりの革袋。

 この魔石の殆どは、魔物の体内で生成される魔石ではなく、自然に出来る魔石だ。


 どういうことかと言うと、自然界には時々、()()()()()()()が発生することがある。その魔素の溜まり場の事をそのまま"魔素溜まり"という。

 魔素溜まりは一度発生すると、数十年から数百年、魔素がその場き溜まり続け、濃くなった魔素は徐々に周囲に点在する岩や小石などの鉱石に吸収され、長い年月をかけて少しずつ魔力を帯びて行く。そして、魔素を吸収した鉱石はやがて魔石へと至るのだ。


 カレンは大森海で何度もそういった場所を発見していたため、もしかしたらここにも同じような場所があるのではないかと踏んで、ダメ元で探してみることにした。

 すると、カレンの予想は見事に的中し、魔素溜まりを発見、ついでに魔石も大量にゲットした。


 ただ、こういう魔素溜まりで生成される魔石は、基本的に質が良くないため、灰色の魔石が殆どだ。しかし、ごく稀に質の良い緑色の魔石が取れることもある。


 今回ルミナスは小ぶりではあるが、その緑色の魔石を発見、採取している。

 他にも赤や青色の魔石などもちらほらと見つかり、灰色がほとんどの魔素溜まりにしてはかなり質が良かった。


「ふふふっ、換金が楽しみだぞ!」


 パンパンの革袋を見つめ、嬉しそうににやける。


「はしゃぐのはいいが、落とさないように革袋はレッグホルダーに入れたほうがいいぞ」


「うん、そうだな!」


 ルミナスは鼻歌でも歌いそうなほど機嫌が良く、魔石の入った革袋を素直にレッグホルダーにしまう。


 その様子を尻目に、カレンは腰に引っ掛けていた仮面を手に取り、顔を隠す。

 すると、仮面に付与された幻術魔法が発動し、夜のような黒髪は金髪に変わり、尖っていた耳は人間と変わらない普通の耳に変化した。


「そろそろ、他の冒険者がいる領域に出る。兜を付けておけ」


 ルミナスはコクリと頷くと、兜を被る。


「さぁ! レングリット、急ぎ街へ戻り、換・金・だっ!!」


「そうですね、ではペースを上げて早く戻りましょう」


 それから来た道を戻り、数人の冒険者とすれ違いながら、"シェイラの森"を抜ける。


 森を抜けると、太陽が少し傾いていた。時間的には午後の三時ぐらいだろう。


 "シェイラの森"は街との距離が"エルゴンの森"に比べて比較的近い。

 そのため、街へは歩いて三十分ほどで着く。


 街へと着いたレングリット(カレン)とシェイバ(ルミナス)は真っ直ぐに冒険者ギルドへと向かった。

 その道中、商業区のメインストリートを歩いていると、シェイバの視線が武器や防具を専門とする鍛治屋に向く。

 今回の依頼で換金した魔石のお金で、何を買おうか考えているのだろう。

 キラキラしたその眼差しは、まるでおもちゃを前にした子供のようだ。


 現在、シェイバの装備は駆け出し相応の軽装で、剣は何処にでもあるただの数打ちの鉄剣だ。

 当然、命の危険が付き物の冒険者としては、性能のいい装備が欲しいところだろう。今の装備では正直心許ないのだ。しかし――


「ダメですよ。装備を揃えるのは良いですが、性能の良すぎるのはオススメしません。自分に見合った装備にして下さい」


 レングリットはおもちゃを取り上げる大人のように告げる。


「む、何故だ?!」


「甘えが出るからです」


「どう言うことだ?」


「例えば、駆け出し冒険者が魔剣を手にして、その力を自分の実力だと勘違いするんです。そうすると努力を怠るケースがあります。そうなった場合、当然技なんてものはありません。ただ魔剣という鉄の棒を振り回すだけの子どもになり下がります。あと、防具の性能が良すぎると、その防御力に安心しきり、"避ける"という動作をしなくなりがちで隙が生じます。詰まる所、装備への甘えが生じ、技や駆け引きを磨かなくなる。まぁ、これはあくまで例であって、一概にそうとは言えないのですが」


「だが確かに、一理あるな……」


 実際レングリットの言うことは事実で、装備の良い駆け出し冒険者は努力を怠りがちで、技や駆け引きがなく、高い確率で死亡する。

 中には武器や防具に甘えず、ちゃんと鍛錬を積む者もいるが、それは極少数と言える。


「さ、こんな所で突っ立ってないで、早くギルドへ行きましょう。今日はまだやる事が残ってるんですから」


「何が残っているのだ?」


「あなたの修行です」


 シェイバは「ああ、なるほど」と呟き、今度こそレングリットと共にギルドへと向かった。


 ギルドに着いた二人は受付へ()き、依頼を達成した事を報告した。

 魔石は後日、依頼主に直接渡すこととなり、その時に他の魔石を売り、追加報酬を頂くこととなった。


「ああ、そうだ。ギルドの訓練場をお借りしたいのですが、よろしいでしょうか?」


「はい、訓練場は地下にありますので、入り口近くの階段をお降りください。訓練場へと繋がっております」


 受付嬢の説明を受け、レングリットは「分かりました、ありがとうございます」と軽く会釈すると、シェイバを連れて地下の訓練場へ向かう。


 地下の訓練場はそこそこ広く、縦横五十メートルぐらいあった。


「ふっ、意外と広いな。それに今は我々だけの貸切だ。遠慮なく鍛錬ができると言うものだ」


「そうですね。では、早速始めましょうか」


「何からするのだ?  実戦形式か?」


「いえ、まずは体力作りです。なので走ります」


「ふっ、走り込みか! いいだろう、この程度容易い!!」


 ――五分後


「ぜぇーッ! ぜぇーッ! ぜぇーッ!」


 息も()()えに、大の字で地面に横たわるシェイバの姿があった。


「口程にもないですね。ほら、走りますよ」


「ちょ、た、たんまっ!!」


「ダメです。早く立ちなさい、まだ始まったばかりですよ」


 シェイバは膝に手をつきながら、よろよろと立ち上がると走り込みを再開する。


 レングリットはシェイバが女だからと言って容赦しない。

 この走り込みも、ただ走るだけでなく。重い鎧を着用させ、更にその上から重りを付けた状態で走らせた。

 そして、ただ重いものを付けた状態で走るのではなく、〈身体強化〉を使わせ、魔力が無くなるまで走らせる。

 これなら体力もつき、同時に魔力量も増える。一石二鳥だ。


『くふふっ、ルミナスの奴、脚が産まれたての子鹿のようじゃの。よくやるわい。すぐに根をあげると思うたが、文句を言いながらもなんやかんやで続けよる。期待はできそうじゃな』


『まだ始めだばかりだ、気が早い』


『ふむ、それもそうか……それで、どういう風に仕上げていくのじゃ?』


『まずは、今やってるように体力作りだ。体力は基本中の基本、戦闘中にスタミナ切れにでもなったら目も当てられないからな。それと筋力。ルミナスは一応本人曰く剣士ではあるが、今日見た感じじゃ剣の重さに体が流されてる。だがら、剣に振り回されない筋力が必要だ。そして"型"だ。剣はただ振るえばいいってもんじゃない。それじゃあ、そこらへんにいる子どもがチャンバラしてるのと変わりないからな。必要なのは型から放たれる技だ。剣は技があって初めて生きる。と言ってもオレのは我流だから、型なんてもんはないんだがな』


『なるほどのう……で、いつまで走らせるつもりじゃ?』


『そうだな、あと三十分は走らせる』


 それからシェイバは三十分ーー休憩を挟みつつーー走り続けた。

 走り終えると両手を地面につき、荒い呼吸をあげる。

 兜や鎧の隙間からは汗が滝のように滴り落ち、地面を濡らした。


「では十分休憩して、次は筋力作りです」


「わ、わか、分かった……」


 十分の休憩が終わると、レングリットは訓練場の隅に置いてある鉄でできた棒を持って来て、それをシェイバに渡す。

 レングリットが持って来たのは、長さ九十センチ、重さ五キロの六角棒だ。


「次はこれを振ればいいのだな?」


「そうですが、ただ振るのではなく、胸を張って姿勢を正し、大上段に構え振り下ろす。というのを繰り返してください。それと、棒は地面に着かないようにギリギリで止めて下さい」


「それだけか?」


「それだけです。取り敢えず三百回やりましょう」


 シェイバは無言で頷くと、素振りを始め、それをレングリットはただじっと見つめる。


「力み過ぎです。もう少し力抜きなさい。それと、棒を振る度に体の重心がずれています。そこはちゃんと意識しなさい。それを続けていけば、その内無意識にできるようになります」


「わ、分かった!」


 シェイバはレングリットに言われた通り、重心に意識を向け、体の力を少し抜く。


「これでどうだ?」


「ええ、悪くないです。ですが、もう少し胸を張ると良いでしょう。僅かですが、前かがみになっています」


 レングリットにそう言われコクリと頷くと、シェイバは再び棒を振り始める。


 それからしばらくして、素振りが百を越えた頃、シェイバの素振りのペースは落ち、手をぷるぷると震わせ始めた。


「くっ! なんの……これしきのことで!!」


 棒を振るう度に腕の筋肉がぷちぷちと音を立て、力が抜けていく。

 それでも、シェイバは棒を振るい続け、なんとか目標の三百回を達成する。

 その代価として、腕に力が入らなくなった。最早手を握れるかも怪しい。


「次は"型"を教えるので、適当な木剣を持って下さい」


 シェイバは仮面の下で「え? もうやるの、というかまだやるの」という表現を浮かべる。

 しかし、そんな表情を浮かべたところで、兜によりシェイバの表情は分からない。が、雰囲気は伝わったのだろう、レングリットが声をかける。


「何呆然としているのですか? 早く立って木剣を持って下さい」


 ぶっちゃけた話、シェイバの体力はかなり限界に近い、その上、魔力も底をつきかけている。それに、先程の素振りで手に力が入らなくなっていた。

 シェイバは震える手をレングリットに見せるように掲げる。


「レングリット、流石にこれでは剣は握れぬ」


 これでは鍛錬は出来ない。だから、これで終わるだろう、というシェイバの気持ちとは裏腹に、レングリットは――


「では〈身体強化〉で補って下さい。それぐらいの魔力はありますよね? ていうかあるだろ? やれ!」


 ――ただただ、淡々とそう答えた。

 無理をするのは良くないことだと分かっている。しかし、ギリギリなのかもしれないが、シェイバはまだ失神するほど体力がないわけではない。魔力もまだ僅かながらに残っている。

 魔力は枯渇状態にならないと増えない、ということもないが、枯渇状態に陥った方が増えやすい。


 魔力に限っていえば、今鍛錬をやめてしまえば損をしてしまう。


 レングリット、もといカレンが大森海にいた頃はほぼ毎日魔力を使いきって枯渇状態になっていた。

 そのおかげか、今ではかなりの魔力量を手に入れている。


 悪魔であるレングリットが出来たのだ。天使のシェイバに出来ない道理はない。


 もはや拒否権は無かった。


「い、いいだろう……ならば、この身が朽ちるまでやり続けようではないか!!」


「そこまでしません」


 シェイバは残り僅かな魔力を使い〈身体強化〉を発動して立ち上がる。

 そして、自分が持っている鉄剣と同じサイズの木剣を手に取る。


「くっ! 〈身体強化〉をしても少しキツイな」


「ではまず、私が見本を見せるのでそれを真似して下さい」


 レングリットは木剣を両手で持つと、左足を前に出し、切っ先を正面に向け、剣を左頬の横で構える。


 突き、横薙ぎ、斬り上げ、斬り下ろし、袈裟(けさ)斬り、逆袈裟(ぎゃくげさ)、とにかく分かる限りの剣技をやって見せた。

 中には、どの剣技にも当てはまらない動きもあったが、それは我流故だ。


 レングリットの流れるような動きに無駄はなく、シェイバは息を飲んだ。

 その剣技は、どうやったら相手を確実に葬る事が出来るか、というただ合理性を突き詰めた技だった。


 あまりにも美しく、そして恐ろしかった。


「今の状態でここまでしろとは言いませんが、出来る限りやってみて下さい」


 シェイバは左足を前に出し、レングリットが構えていたように、重い腕に力を込めて木剣を左頬の横に持ってくる。

 そして、突きから始まりレングリットと同じように剣を振るう、が上手くいかない。

 あの流れるような動きには程遠い。

 今の筋肉が断裂した腕の状態では、出来ないのが当たり前だ。しかし、それが酷くもどかしい。


 シェイバは何度も何度もやり直した。


 魔力が尽き、木剣が手から落ちるまで。


「く、くそ……」


 魔力の尽きたシェイバはその場に倒れ、仰向けとなり荒い呼吸を整える。

 そこへレングリットが歩み寄り、見下ろしながら話し出す。


「お疲れ様です。今日はこの辺で終わりましょう。やはり、体力と筋力が当面の課題ですね。それと、明日は今日と同じように依頼を受け、終わり次第またここで同じ鍛錬をします。いいですね?」


「………」


 返事は無かった。というのも現在シェイバは魔力枯渇状態に陥っており、意識がぼやけているのだ。

 レングリットは仕方ないと、内心でため息をつく。


「これでは宿に戻れそうにありませんね」


 そう言ってレングリットはシェイバを引っ張り上げると、背中に乗せる。いわゆる"おんぶ"である。


『ルミナスの奴、初日にしてはよく頑張ったわい。明日(あす)が楽しみじゃのう』


『そうだな、明日は今日よりももう少し厳しくいくか』


『くふふっ! 鬼畜じゃのうお前様!』


『誰が鬼畜だ!』


 紅姫とそんな話をしながら、レングリットは受け付けへと向かった。

 そこで訓練場を使わせてもらった事の礼を言うと、その日はおとなしく宿へと帰っていった。


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