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悪魔がカレンにわらうとき  作者: 久保 雅
第2章〜天使と悪魔〜
52/201

ギルドマスター

 早朝、冒険者ギルドのクエストボードの前は、我先にと依頼を受けようとする冒険者たちでごった返していた。


 しかし、これはいつもと同じ朝の光景であるため、受付嬢たちギルド職員は何食わぬ顔で仕事を進める。


 そんな冒険者たちがわらわらとごった返す中、人混みの中を掻き分けるようにレングリットが依頼書を片手にひょっこりと姿を現わす。


 すると、集団の外で待機していたシェイバがレングリットの元へと歩み寄る。


「いい依頼はあったか?」


「ええ、ありましたよ。と言っても私たちは"(アッシュ)"ランクなので、その範囲では、という意味ですが」


「まぁ、何はともあれ、無いよりはマシだろ」


「ですね。ではこれを受注しに行きましょう」


 レングリットはシェイバに依頼書を見せる。

 シェイバはその内容を確認すると、ふむふむ、と頷き、問題ないとサムズアップする。


 =====================================


 ーー魔石 十個の収集依頼 ランク:D

 ランク (アッシュ) から受注可能

 報酬額 魔石の質に応じて

 十個以上ある場合 追加買取有り


 =====================================


 一般的な収集依頼だ。だが、"魔石の質に応じて"と表記されている部分に魅力を感じる。つまり、質によっては大金をがっぽり手に入れるのも夢ではないという事だ。


 レングリットはすでに金貨百枚という大金を手に入れて、本来の目標金額を達成している。そのためお金に対してそれほど切羽詰まってはいない。

 しかし、これは()()()()()()()()()()()であって、冒険者パーティ"ネフィリム"やシェイバ個人のお金ではない。

 よって、この依頼を受ける理由としては、ただ単純にお金の無いシェイバと"ネフィリム"のために受ける依頼なのだ。ちなみに宿代は後にパーティの資金から回収する予定だ。


 レングリットとシェイバは依頼書を持って受付へ向かう。すると、二人に気づいた一人の受付嬢が慌てて奥へと引っ込む。

 二人は何だろうと顔を見合わせ、仮面と兜の下で怪訝な表情になりながらも受付に着く。


「そこの受付嬢! この依頼を!  受けたい! よろしく頼む」


 今日もシェイバは絶好調で、朝一番のトリプルポーズをかまして受付嬢をドン引きさせる。

 しかし、流石はプロ。すぐにいつもの笑顔を浮かべ、何事も無かったかのように対応する。


「こ、こちらの依頼ですね。少々お待ち下さい」


 訂正、笑顔が少し引きつっていた。流石のプロも上手く受け流せなかったらしい。

 しかし、そこからは受付嬢の動きは早く、すぐさま受注の手続きが完了した。


「お待たせ致しました。受注の手続きは完了致しましたので、いつでもご出発していただいて構いません」


「分かりました。ありがとうございます」


「では、お気をつけて行ってらっしゃいませ」と受付嬢が頭を下げ、レングリットとシェイバがギルドを出発しようとすると、不意に後ろから声がかかる。


「あの、レングリット様とシェイバ様でお間違いないでしょうか?」


 声と質問からして別の受付嬢だろう。二人は振り返ると「はい、そうですが何か?」とレングリットが答える。


 すると受付嬢は周りには聞こえない声で答える。


「申し訳ありませんが、今すぐ応接室へお越しいただけませんか? ギルドマスターがお呼びです」


 ギルドマスター。文字通りギルドのトップであり、ギルドを統括するものを指す。

 今回の場合は、冒険者ギルド"ドルトン支部"のギルドマスターという事になる。


 何故ギルドマスターが二人を呼ぶのだろうか。理由は十中八九、昨日の(ドラゴン)の事だろう。(むし)ろそれしか思い浮かばない。


 シェイバは黙ってレングリットを見つめる。判断はレングリットに任せるという様子だ。


「分かりました。では、案内をお願いします」


「かしこまりました。お連れ致しますので後を付いてきてください」


 レングリットとシェイバは頷くと、受付嬢の後を歩く。


『ギルドマスターが我らに用とは、いったい何だろうな! レングリット!!』


『おそらく昨日の話でしょう。どうせ、(ドラゴン)を倒したのはお前か? とか聞いてくるんじゃないですか?』


 二人して〈念話〉で話していると、応接室へと着く。

 受付嬢は扉を三回ノックし「"ネフィリム"のお二人をお連れ致しました」と言う。

 すると、中から「入れ」と言う男の声が聞こえてきた。

 受付嬢はドアノブを捻って扉を開き、中へ入るよう促す。


 レングリットとシェイバが中へ入ると対面のソファーに、明るい茶髪をした五十代後半ぐらいの男が座っていた。

 男は口元が隠れるほど髭を蓄えていて、髪は短く綺麗に手入れしていた。体つきは逞しく、服の上からでも分かるぐらい筋肉が盛り上がっており、その眼光は鋭く、歴戦の戦士を思わせる。

 何しろこの男、元は"白金(プラチナ)"ランクの冒険者だったらしい。

 今はこの冒険者ギルド"ドルトン支部"のギルドマスターをしていて、名前は"ドレファス・シルバーストーン"。


 ドレファスは二人が入ってくると、立ち上がって二人を鋭い目で交互に見つめる。


「よく来た。俺はこのドルトン支部のギルドマスターで、ドレファス・シルバーストーンだ。よろしく頼む」


「冒険者パーティ"ネフィリム"のレングリットです」


「同じく"ネフィリム"のシェイバだ!」


 互いに自己紹介が終わると、三人はテーブルを挟んでソファーに腰掛ける。

 ちなみに、今応接室にはこの三人だけで他の職員はいない。先程、ここまで案内してくれた受付嬢も今は持ち場に戻り、自分の仕事をしているだろう。


 閑話休題


「忙しいところをすまんな、聞きたいことがあってな」


「奇遇ですね。私もギルドマスターにお聞きしたいことがあるんですよ」


「そうか、だが先に俺の話を聞いてもらうぞ?」


「ええ、構いません。それで話というのは?」


 ドレファスは腕を組み、鋭い視線を二人に向け、部屋にピリピリとした空気が漂う。

 その視線と雰囲気に、シェイバはほんの僅かにたじろぎ、レングリットは平然として受け流す。


 歴戦の戦士の眼光は、"災害級(ハザード)"クラスの魔物に匹敵する。

 凍空竜(グラキエースドラゴン)に肉薄するような気配に、シェイバが動揺するのも無理はない。

 しかし、かつて世界最強の一角と()り合ったレングリットからすれば、そよ風程度にしか感じられない。


(児戯だな……)


 そんなレングリットの様子に、ドレファスは口元を吊り上げる。


「なるほど、(ドラゴン)を単騎で倒したという話、あながち嘘でもないようだな」


 その瞬間、張り詰めていた空気が和らぎぐ。


『どうやら試されていたようだな!』


『そのようですね』


『まっ、(ドラゴン)を単騎で倒すなど、物語の中だけの話だからな、疑うのも無理はない。実際、あの場にいた我も自分の目を疑った』


『そうですか……』


 レングリットとシェイバの〈念話〉での話が終わったタイミングで、ドレファスが口を開く。


「ふふふっ、すまんな試すような真似して。悪気はなかったんだ。ただ、(ドラゴン)を単騎で倒したという男がいると聞いてな、確かめずにはいられなかったんだ。許してくれ」


 そう言って頭を下げるドレファス。

 レングリットは内心で、別に頭なんか下げなくてもいいのに、と呟く。


「構いませんよ。それより頭をお上げください。ギルドマスターである貴方が、一介の冒険者である我々に頭を下げるなど、誰かに見られると誤解を生みますよ」


「そうか、本当にすまんな」


「いえ、本当にお気になさらず。ところで話というのはこれで終わりですか?」


「いや、まだある。さっきお前たちを試して分かった事がある。まずお前たちのパーティ"ネフィリム"はバランスが悪過ぎる。と言うより実力差があり過ぎる。そこが問題だ。

 レングリット、悪いことは言わねぇ、パーティは解散した方がいい、それがお前のためだ」


「「………」」


 ドレファスの言う通り、レングリットとシェイバでは実力の差は歴然だ。

 実力差のあるパーティというのは、バランスが悪く長続きしない。

 というのも単純な話、実力差があり過ぎると、強い者に負担がかかり、弱い者は足手まといとなるためだだ。

 そうなると、当然パーティとしての報酬に差が出てくる。そして、それは不満というシャボン玉になり、大きくなったシャボン玉は容易く弾ける。

 パーティ内でいざこざが起き、場合によっては殺し合いに発展する場合もあるのだ。


 おそらくドレファスはそれを危惧して進言しているのだろう。


 実力差があり過ぎるから解散した方がいい? ならば、その実力差を埋めればいいだけの話だ。

 それは既に決めた事で、決定事項だ。


「お断りします」


「正気か?」


「ええ、正気です。ギルドマスター、簡単な話です。実力差があるのならば、それを埋めればいいだけの話です。何の問題もありません」


「言うは簡単だ。しかし、そこのシェイバがお前に匹敵する実力を得られると?

 こう言うのもなんだが、レングリット、お前は底が知れん! そんなお前と肩を並べるなど想像が出来んのだ!」


「何故そこまで反対するか分かりませんが、私はパーティを解散するつもりはありません。

 これから先、私はシェイバ以外考えていませんから」


「レングリット……」


「……どうしてもか?」


「ええ……ところで何故そんなに私とシェイバを引き離そうとするのですか? もちろん理由があっての事だと思いますが」


 レングリットは視線に少しの威圧を含ませ、ドレファスを睨みつける。


「分かった、話すからそう睨むな!」


 レングリットの威圧に、額に汗が滲み出る。

 ドレファスはポケットからハンカチを取り出し汗を拭うと、解散するよう話した理由(ワケ)を語る。


 今回の"災害級(ハザード)"クラスの魔物、凍空竜(グラキエースドラゴン)討伐でレングリットの評価が一気に跳ね上がった。

 その為、ギルドとしては災害級(ハザード)クラスの魔物を討伐した冒険者レングリットのランクを引き上げる方針を取った。しかし、ここで問題が生じた。

 レングリットはパーティを組んでいたのだ。


 パーティメンバーの名はシェイバ。

 シェイバの実力は不明だった。誰も戦ったところを見たものがいないらしく、その強さは未知数だ。


 聞くところによれば、シェイバはレングリットが(ドラゴン)を討伐した際、レングリットに同行していたと言う。

 そこで噂が広まる。もしかしたらシェイバもレングリットと同じで、駆け出しでありながらめちゃくちゃ強いではないのか、と。

 もしそうであれば何も問題はなかった。実力が同じならランクアップさせる事ができる。

 しかし、蓋を開けてみれば何のことはない。シェイバは文字通りの駆け出しだった。

 元"白金(プラチナ)"ランクの冒険者であったドレファスの睨みに動揺した。


 ドレファスが客観的に見た限りでは二人の差は天と地ほどの差がある。これではランクアップができない。


 と言うのも、原則としてパーティを組んだ冒険者は、その者たちの実力が同等でない限りランクアップが出来ないのだ。


 だからドレファスはレングリットに解散してするように進言したのだ。


「……何ですか、その訳の分からない規則は? どうしてパーティを組んだ冒険者はメンバーの強さが同等でないとランクアップ出来ないのですか?  全く理解出来ませんね」


「簡単に言えば、仲良く一緒に強くなりましょう、て話だ」


「ますます意味がわからぬ……。ギルドマスター、我もレングリットの意見と同じだ! レングリットだけをランクアップさせる事は出来ぬのか?」


「規則は規則だ、無理だな」


「そうですか。意図が全く読めない規則ですが……正直、ランクアップの話は魅力的です。なのでシェイバ、今日依頼を完了したら血反吐吐くまで修行です。三ヶ月で、強くなってくださいね」


「む! さ、三ヶ月?!  我、出来るであろうか……」


「それは無茶ってもんじゃねえのか?」


 確かに無茶だろう。だが、レングリットにはできる確信があった。理由はそれだけで充分だ。


「何が何でも強くなってもらいますよ、いや、強くしてみせます」


「………」


 決意に満ちた声音に、ドレファスは両手をあげる。

 もうこの男は何を言っても無駄だろう。それに、何故か本当にそんな気がしてくる。不思議とそう感じた。


「もう好きにしてくれ」


「もとよりそのつもりです」


 そう言って、話は終わりとばかりに席を立ったレングリットにシェイバも慌てて立ち上がる。


「話は以上でいいですね?」


「ああ、もうない。行ってくれ」


 レングリットとシェイバは軽くお辞儀をするとシェイバから部屋の外へ出る。


 シェイバが部屋を出ると、レングリットはふと立ち止まり、シェイバに対し「先に行って下さい。あとで行きます」と伝え、肩越しに振り返ると口を開く。


「そうそう、話があるんでした。ギルドマスター、一つお聞きしたいことがあります」


「何だ?」


「実は昨日から私たちの周りをうろちょろする者たちがいまして。確か六人ぐらいですね」


「!!」


「正直、鬱陶しい事この上ないのですよ」


「き、気づいていたのか?」


 レングリットは「やっぱそうか」と聞こえない声で小さく呟く。


「それは勿論、始めからですね。バレバレですよ」


 ドレファスは絶句する。

 現在レングリットたちを監視しているのは昨日カレンが紅姫に説明した通り、ギルドの手の者だ。

 しかも隠密に長けた、ギルド自慢の凄腕諜報員たちである。


 この諜報員たちはこの方数十年、今まで一度も相手にその存在を悟られる事なく仕事をこなしてきた。

 しかし、レングリットはその諜報員たちの存在に気付き、更にはその数まで言い当てた。

 もはや監視の意味はないだろう。


「お前いったい何者だ?。 ……分かった、監視はとく。これでいいか?」


「話が早くて助かります」


 レングリットは最後にドレファスと視線を合わせる。


 すると仮面の奥で黄金の瞳が薄っすらと朧げに光る。


 その瞬間――


「っ?!!!!」


 ――今まで感じたことのない尋常ならざる重圧(プレッシャー)がレングリットから放たれる。


 ドレファスはその意味を理解した。

 言外に「余計な事はするな」つまり、次は無いと言う警告である。


「もう、しないで下さいね?」


 ドレファスは冷たい汗を大量に額から流しながら無言で頷く。

 すると、まるで嘘だったかのようにレングリットから発せられていた重圧(プレッシャー)が霧散する。


「では、私はこれで」


 そう言ってレングリットは今度こそ部屋を出て行き、その場にドレファスだけが残った。


「っ!! はぁ、はぁ、はぁ……!」


 レングリットが部屋を去った後、緊張の糸が切れる。

 ドレファスは息を切らし、震える手で汗を拭う。


 レングリットという男、(ドラゴン)を単騎で討伐したと言う報告から只者ではない事は分かっていた。しかし、想像を遥かに超えていた。

 この応接室に入ってきた瞬間、その底知れない存在に笑った。

 そして去り際に放った尋常でない重圧(プレッシャー)。笑えない。

 ()()は人のなせる類のものではない。


 レングリットは間違いなく人間ではない。


 アレは人の皮を被った――




「……化け物」

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