交渉
さてさて、今から交渉だな。と言ってもオレは金の価値がまだ正確には分からないから、だいたい大金だなと思えるぐらいまで引き上げる事ぐらいしか出来ないんだが。
そもそも、"災害級"の竜はどれぐらいの価値があるんだ?
確か"青毒蜥蜴"で金貨十枚だったな。じゃあそれの五倍ぐらいか? いやいや、流石にそれは言い過ぎか。三倍ぐらいが妥当か?
ダメだ、分からん。
考えるのはやめよう。とにかく今は出来るだけ金額を上げればいいだろう。目標は金貨三十枚ってところだな。
「そんじゃ、交渉の前に、ちいと詳しい話を聞こうか」
ブラハムは、オレとシェイバの前にどっかりと座ると真面目そうな顔でそう言った。
それにしても詳しい話か。オレはただ魔物を買い取ってくれればそれでいいのだが、そういうわけにも行かないらしい。
ブラハムは「さぁ、話してもらおうか?」みたいな顔してるし。
いや、別に話したくないわけじゃない。ただ、一からとなると少し長くなるし、またソフィーの時と同じような説明をしなくてはならないのかと思うと少々面倒に思ってしまう。
自分でも言うのもなんだが、めんどくさがり屋なんだよなぁ。
仕方ない、ここはソフィーの時同様シェイバに頼むとしよう。
「シェイバ、説明お願いできますか?」
「ふっ! 任せよ! 我が何度でも説明してやろうではないか!!」
そう言ってシェイバは上機嫌でブラハムに説明をした。
ブラハムはシェイバのーーちょくちょく決めポーズの入ったーー説明を真面目に聞き、時折腕を組みながら頷き「なるほど……」と呟く。
そして、話が"凍空竜"と遭遇したところに入り、その竜をオレが単独で倒したと聞いた時、ブラハムは納得したような目をオレに向ける。
なんでそんな目をオレに向けるのか、オレは不思議に思い首をかしげる。
「竜の死体を長時間〈魔導庫〉に保管できるほどの魔力を持ってるんだ。単独で倒したとしても何ら不思議ではあるまい。と言っても魔力が大きいだけで強いとは限らないし、竜を倒した証拠にはならん。だが、レングリットのその泰然とした態度が、この話が嘘じゃないと言っているように思える。少なくともオレはそう思う。
あと、シェイバとか言ったな、お前も最近登録したばかりの冒険者だと聞いたが、実はお前もめちゃくちゃ強いとかじゃないだろうな?」
「我はブラハム殿の言う通り最近冒険者登録した駆け出しだ。実力もそこら辺にいる駆け出しとそう変わらぬ。
それに先程話したように、我は竜が現れた瞬間、その強烈な殺気に当てられて動くことが出来なかったのだ。だから、我は駆け出し冒険者の名の通り……弱い!」
「そうか……まぁ、レングリットみたいなのがゴロゴロしてたら今頃この国は平和だろうなぁ」
「ふはははっ! 違いない!」
シェイバは自身を弱いと言うがオレはそうは思わない。
最初に出会った頃、シェイバはゴブリンにすら苦戦すると言っていた。しかし、オレは森の調査中、危険を承知でシェイバを大鬼と戦わせた。
あの時はただ、シェイバに死の"恐怖"を味あわせるのが目的だった。
"恐怖"というのは戦う上でかなり重要になってくる。というのも"恐怖"をするから、戦う時に"警戒"する。
"恐怖"をするから死にたくないと、生き残る道を探す。
だが、コレはうまくいけばの話だ。その逆だと"恐怖"自体がトラウマとなり、動けなくなる可能性があった。そうなれば最早使い物にならない。しかし、シェイバは五年前、魔物とは別に"紅い絶望"なんていうーーオレの引き起こしたーー痛々しい名前の"恐怖"を味わっている。だから、今回は魔物と戦ったとしても"恐怖"がトラウマとなる事はないと踏んだのだ。
話が逸れた、元に戻そう。
それでだ、シェイバを大鬼に戦わしたところ。危険なところは多々あったが、それでも一撃、大鬼に入れている。
それに、他にも色々な魔物と戦わせたが、どれも駆け出しとは思えないほど上手く対処していた。確かに道中オレが剣の使い方やら立ち回り方などを教えたが、それでもーーオレからしたらまだまだだがーー見事だと言える。
だから、シェイバは弱くはない。強い心も持っている。寧ろこれから先の成長を考えれば、シェイバはかなりの強者になるだろう。オレの中ではシェイバの評価はかなり高いし、流石は"天使"といったところだと思う。
今度、ムエルト大森海に三ヶ月程放り込んでみようかな?
閑話休題
さて、ようやくシェイバの話も終わり、ブラハムが納得した事で交渉に移る。
気を引き締めて行くとしよう。なんたって大金が手に入るチャンスだ、金は多いに越した事はない。それに、社会で生きる上でかならず必要になるものだ。
ここはまずオレが切り出すとしよう。とその前に。
『紅姫』
『なんじゃお前様よ』
『今から交渉するんだが、目の前のコイツが嘘をついていないか見ていてくれないか?』
『お前様よ、儂は嘘発見機ではないのじゃぞ。それに、嘘をついているかぐらいならお前様でも見破る事は容易いであろう』
『ああ、そうだな。だが、一応お前にも頼んだきたいんだよ。万が一オレが気づかなかった場合の保険だ。お前なら魔力の乱れで嘘か本当か分かるからな。お前に頼めばほぼ確実だろう』
『くふふっ、儂は頼りにされとると言うことかのう! そういう事なら分かった。儂も注意を払っておくわい』
『頼んだぞ』
オレは意識を切り替える。
紅姫との〈念話〉でのやり取りは僅かゼロコンマ数秒だ。いやぁ、特殊能力って便利だなぁ。
「ではブラハムさん、竜の死体をそちらで買い取ってもらえるとの事ですが。いくらぐらいで買い取って頂けますか?」
「それについては、現在査定中だ。もう少し待ってもらえるか」
そういえばオレとシェイバをここに連れてくる前に、なんか査定がどうのこうの言っていたな。
まぁ、急いでいるわけでもないし、査定中なら仕方ない。もう少し待つか。
「そうですか、なら終わるまで待たせてもらいます」
「すまんな」
ブラハムは申し訳なさそうな顔でそう言った。
別に待つぐらい何ともないのだが、おそらく、竜との戦いの後だと言うのと、付け加えてその死体を長時間〈魔導庫〉に保管していたため、かなり疲労していると思っているのだろう。
いえいえ、心配しないでください。毛ほども疲れてません。寧ろ、超元気です。
そんな事を考えていると、こちらに誰か向かって来る気配を感じ取る。
オレは顔をそちらに向けると、一人のお爺さんがまっすぐオレ達のいるテーブルに向かって歩いてきた。
どっかで見たことある顔だな。
年齢は七十代前半で髪は全て白髪で綺麗に短く切りそろえられていて、口髭を伸ばしている。
オレがこのお爺さんとどこで出会ったかと頭を悩ませていると、紅姫の助け舟が来る。
『お前様よ、此奴は城門で青毒蜥蜴を査定した男じゃ』
『ああ、言われてみればそうだな!』
オレが紅姫と話していると、ふとお爺さんと目が合う。
仮面をつけているからお爺さんがオレの目を見ているかは分からないが。
「君、確か今朝城門で会ったね」
オレは立ち上がると軽く会釈する。
「今朝はありがとうございます。私の名はレングリットと申します。以後よろしくお願いします」
「そうかレングリット君と言うのかね、ワシはハインケル・モルガンだ。よろしくね」
オレとハインケルが席に座ると、シェイバも軽く自己紹介をする。
「それにしても"凍空竜"の死体が運ばれてきたと聞いて来てみれば、やっぱり君だったんだね」
「やっぱりとは?」
「このドルトンには最高でも金ランクの冒険者しかいないのだよ。そんな中、今朝S級に該当する青毒蜥蜴を引きずって君がこのドルトンにやって来た。
青毒蜥蜴を一撃で倒した君だ、竜を倒したとして何ら不思議ではないし、驚きもしない、寧ろ納得したよ」
ハインケルはニコニコと笑顔でそう答える。
その隣でブラハムが「今朝の青毒蜥蜴はレングリットが仕留めたものだったのか……」と呟き、オレの隣ではシェイバが腕を組み、何故か上機嫌に「ふはははっ!」と笑い声をあげる。
「……今朝会ったばかりの私に、随分な評価ですね」
「ふふふっ、そう警戒しないでくれ、自慢じゃないが、ワシは人を見る目はあると思っているのだよ」
人を見る目ねぇ……。
まぁ、この際そんな事はどうでもいい。今は交渉の場だ、と言ってもオレが一方的にギルドへ売りつけるだけだが。
「話を戻しましょう。まず、素材ですが、角と甲殻、鱗を幾らかもらいます。それを踏まえて、凍空竜の死体は、どれほどの金額で買い取って頂けますか?」
「まず素材の方だが、それは問題ない。というよりレングリットが倒した魔物だ、好きなだけ持っていけばいい。買取に関しては、ハインケルさん頼む」
ブラハムからハインケルにバトンタッチし、ハインケルは手に持っていた紙に目を通す。
「査定した結果だが、まず角と首が切断されていることに関しては、査定に影響しない。まぁ、解体する際にどうせ切断するから寧ろ手間が省けたね。次に、体を覆う鱗の至る所に僅かだが亀裂が入っている。特に頭部のダメージはかなり酷い、粉々になった部分もある。ここは減額だね。しかしまぁ、災害級クラスの魔物の死体としてはかなり綺麗に残っている。特に翼の状態が非常に良いね。
査定額としては、そうだね金貨五十枚ってところだね。これでどうかね?」
う〜ん……金貨五十枚、予想より二十枚多いが、いまいちピンとこねぇな。大金なのは分かるんだが、それが災害級クラスの魔物に見合っているのか、そこが問題だ。
紅姫が何の反応をしないところを見ると、ハインケルはオレを騙そうと金額を低く言っているわけではなさそうだし、これが妥当なのだろうか?
分かんねぇ……。
けど、金貨五十枚もあれば十分か。
「異議な――」
「異議あり! 安い!!」
オレの言葉を遮るように、シェイバが声を大きく張り上げる。
オレは仮面の下で目をギョッ! とする。あの厨二病が金に興味あるなんて。しかも金貨五十枚を安いときた。
いや、金の価値が分からないから、金貨五十枚が安いかどうか分からないんだがな。
取り敢えず、ここはシェイバに任せてみるか。オレ金の価値とか分かんねぇし。
あれ? オレここに来てからシェイバに任せっきりじゃね?
オレは〈念話〉をシェイバに繋げる。
『シェイバ、何故金貨五十枚が安いと?』
『それを今から話す、聞いているがよい!』
『あ、はい……』
「レングリット、金貨五十枚は確かに妥当な金額だ、しかし! それは妥当な最低額という意味だ!!」
シェイバの異議にハインケルの笑顔が僅かに崩れる。
「最低額か……なるほど」
オレは顔をハインケルに向け、無言で見つめる。
「災害級クラスから上の魔物は滅多に市場に出回らない。もし、出回った場合その時点で金貨三十枚になる! それが竜ともなれば、それだけで金貨五十枚だ! 例えそれがボロボロの状態だろうとだ!!」
「ほう……」
なるほど、ボロボロの状態でも金貨五十枚の価値があるのか。
そのボロボロの状態と言うのがいったいどの程度の状態かはさて置き。
シェイバの言うことが正しければ、ハインケル曰く、オレが今回仕留めた凍空竜はかなり状態が良いらしい、ならば金貨五十枚が安いとシェイバが言うのも納得だ。もっと価値があるはずだからな。
オレはハインケルに視線を向ける。
ハインケルは額から汗を流しながらも、笑顔を貼り付けている。
『無理して笑顔を作りよって、怪しいことこの上ないわい』
『同感だな。というか、お前嘘ついてるって気付いてたんだろ。なんで言わねぇんだよ! それに、ハインケルの様子からして、今朝の査定額も騙されたのか? もしかして、金貨十枚も最低額だったりするのか?』
『ふむ、可能性としてはなくはないのう』
『お前なぁ……まぁいい、その辺も一緒に聞いてみるか』
紅姫の奴、全然教えてくれねぇじゃねぇか! さっきの任せろは何だったんだ!
「ハインケルさん、一つお聞きしたいことがあります」
「な、何かね」
「今朝査定した青毒蜥蜴、もしかしてあれも最低額だったりしますか?」
「………あ、あの、その」
この人嘘つけないタイプだな。ていうかよくこんなので詐欺しようと思ったな。なんか逆に尊敬したくなるわ……。
言葉を濁し、言い淀むハインケルの様子に、眉間にしわを寄せたブラハムが口を開く。
「査定額はいくらだったんだ?」
「金貨十枚です」
「なにっ?! 安過ぎるぞ! あの状態なら金貨二十五枚の価値はある! ハインケルさん、あんたなんでそんなことを?!」
「そ、それは……その」
目が泳いでるな、金に目が眩んだか。出来心か。まぁ、この際どっちでもいいけどな。
もう、この様子からして故意にやってるのは確実。何より、これだけ動揺していれば嫌でも分かる。
なんだかあっけないな。
やっぱり金の価値と物価を知らないのはかなりまずいな、あとでシェイバに教えてもらうか。
「話を戻す! 災害級クラスの竜は例え状態が悪くとも金貨五十枚だ。それに比べ今回レングリットが持ってきた凍空竜は状態が良い。よって金貨八十枚で買い取ってもらう!!」
「俺もそれで構わないと思うぞ。それとプラスで今朝の青毒蜥蜴の不足分の金貨十五枚も渡す。あとハインケルさんがレングリットを騙した事の慰謝料として金貨五枚を付ける。これで合計金貨百枚だ。どうだ?」
ブラハムは厳しい目つきでハインケルを睨みつけ、金貨百枚で買い取ることを了承した。最早ハインケルに任せておけないという雰囲気がひしひしと伝わってくる。
それから話が終わると、ブラハムはハインケルの襟首を掴み、引きずるように解体場を後にする。
オレとシェイバはそれを見送ると、解体場の職員から素材を受け取り、依頼の報酬と今回の凍空竜の売却したお金を受け取るためロビーへ向かうのだった。




