身に覚えがあります
カレン、君は"紅い絶望"というのを知っているか? まぁ、他にも呼び方は色々あって"天の嘆き""鮮血の空""魔王降臨"なんて呼ばれているんだけど。どれか聞いたことはあるか?
カレンは首を横に振り「いいや。知らないし、聞いたこともないな」と答える。
そうか、知らないのか。まぁ、それはいいぞ。
突然なんでこんな事を話すか不思議に思ってるだろう?
この"紅い絶望"と呼ばれた出来事こそが、私の冒険者になった理由なんだぞ。正確には、冒険者になるきっかけなんだぞ!
私の出身は、このアルフォード王国より南に位置する田舎の小国で、その国の名は"ソレイユ共和国"という。私はその国の第二の王都と呼ばれる都市"アポロ"で生まれ育ったんだぞ。
その都市は、そうだな……城塞都市ドルトンと同じぐらいの大きさかな? まぁ、そんな大都市だったわけだが、治安がすごく良くてな、犯罪など私が生まれてから数えるぐらいしかないらしんだぞ。
ん? それと"紅い絶望"に何の関係があるんだ、だって? まぁ、ここから話さないと間が持たないから、付き合って欲しいぞ。
話を元に戻すけど、さっきも言った通り、私はその大都市アポロで生まれ育った。アポロは田舎国家の都市とは言え、かなり賑わっていてな、人間だけじゃなく、エルフにドワーフに獣人、ごく少数だが天使や妖精もいた。他にも色々な種族がいたんだけど、これ以上はキリがないから、また今度にするぞ。
そんな様々な種族が行き交うアポロでは、大概のものは手に入る。それこそ生活必需品とかな。だから、私は生まれて十数年間、一度も都市の外へ出たことがなかったんだぞ。
アポロでは、生きるのに必要なものは全て揃っていた。だから都市から出る必要がなかったんだぞ。
"ソレイユ共和国"は田舎国家だ。だからどこの国もその領土を欲しがらなくてな。戦争なんてものとは無縁の国だった。
ーーいくら田舎国家で戦争とは無縁と言っても、魔物までいない訳じゃねぇだろ? 冒険者はいたのか?
うん、ちゃんといたぞ。と言っても、ソレイユ共和国は基本的には平和だ、魔物の被害もこのアルフォード王国に比べればかなり少ない。だから冒険者の練度はかなり低かったと思うぞ。確か、あの国の最高ランク冒険者が銅ランク手前の紫ランクだった筈だぞ。
まぁ、それだけ平和だったという事だぞ。
そこでだ、いきなり今から五年前に話は飛ぶぞ!
五年前まで私は外の世界へ出ようとはこれっぽっちも思わなかった。というより興味が無かったんだぞ。
私の住んでいた都市は平和で、そこでは父と母に大切に育てられてきたからな。それに必要な物も揃っているし、ずっとそこで暮らすつもりだった。このままずっと平和が続くと、そう思っていた。
五年前のその日、私は幼馴染たちと遊んでいて、いつものように市場を歩いていた。そこは、たくさんの人が行き交い、店の人がその行き交う人に呼び込みをする。そんな騒がしくも何処か居心地のい場所だぞ。
そんないつものなんて事のない日常に、それは起こった。
私たちがいつものように市場を歩いていると、突如なんの前触れもなく空が紅く染まった。
「な、何だ……あれは?」
「……空が、紅く染まってる」
人々が向ける視線の先、それは大国、アルフォード王国がある方角だった。
私たちも周りの人達につられて空を見上げた。すると、そこには天を貫くように紅い光の柱が伸び、その周りをまるで蛇のような、紅くドス黒い光が這うように蠢いていた。
その光景を見た私の幼馴染の一人であるトリッシュが、私の服の袖を掴んだ。
「ル、ルミナス……ア、アレ何よっ?!」
「私も知らない……あんなの、私も知らない!」
すごく動揺したのを覚えている。あんなのを見たのは生まれて初めてだったからな、無理なかったんだぞ。
まぁ、動揺していたのは私だけではなかったけどな。周りの人達もみんな目を見開いて体を震わせていた。紅い光の柱から目が離せなくなっていた。
人という生き物は本当に恐ろしいものを見た時、目の前のものから目が離せなくなるんだ。それは人の生き物としての本能が強くそうさせる為だそうだぞ。
まさに、目の前に広がる光景は、平和しか知らなかった私たちにとって"絶望"そのものだった。
(何だ、アレは……嫌だ……怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い! 怖いッ!!)
震えが止まらなかった。
私はアポロという大都市の、小さな箱庭の世界しか知らなかった。
世界は広い、私が知っている事などそのほんの一部だと知った。いや、一部にも満たなかった。
私はあの日思い知った。外の世界には未知が溢れ、恐怖が溢れている事に。思い知らされた。外の世界には得体の知れない化け物がゴロゴロと存在し、跳梁跋扈していることを。そして私は知った。ここは安全な箱庭なんかじゃない。ただの鳥籠だということを。
(嫌だ……死にたくない! 死にたくない死にくない死にたくない!!――――生きたいッ!!)
この時だ、私の中にある" ただ平和に暮らす"という望みが"生きる事への執念"に変わったのは。そしてこの時、同時に冒険者になることを決めたんだぞ。
まず、私はできる限りの知識を集めた。魔物の生態、生息域、特徴、姿形、危険度、薬草の効能、解毒の仕方、世界各国の環境や地理、国の情勢、有名な強者の名前など、その範囲は多岐にわたる。
カレンも言った通り"知識は力"だ。知っておいて損はない。
まぁ、勉強しても薬草の見分けも分からないし、魔物の種別もつかなかったけどな。まだまだこれから勉強だぞ。
それから五年間、私は愚直に知識を蓄えた。本を読んだり、実際に冒険者の人に話を聞いたり、冒険者ギルドで噂話を聞いたり、と色々な方法で情報収集したぞ。
この当時、知識を蓄え、知れば知るほど、私は強さを求めるようになった。
世界というのはどんなに綺麗事を並べても、その摂理は"弱肉強食"。強いものが生き、弱いものが死ぬ。それが、世界に課せられた、唯一絶対にして不変のルール。
だから、私は毎日剣の稽古をした。強くなって生きる為に。
ーーどうやって剣を学んだ? 冒険者にか?
いや、私に師匠はいない。言うなれば我流だ。
ーーなるほど、どうりで剣筋が無茶苦茶なわけだ。
えっ?! そんなに酷かった?
ーーああ、今までよく生きてこられたな、と思うぐらいだ。間違っても我流なんて呼べる代物じゃねぇぞ。
ははは…………….話を戻すぞ。
"紅い絶望"から五年後の成人を迎えた日、私は両親に冒険者になる事を伝えた。
反対されなかったのかだって? 勿論大反対されたぞ。特に父様は血相変えて、目からビームが出そうなぐらい全力で止めに来た。でも、私は諦めなかったぞ。
冒険者というのは、"未知を求め探求する者"。
世界を知り、未知を知り、生きる為にただただ貪欲に知識を欲した私には、まさにぴったりな職業だと思ったんだ。それに、私は自分の目で、世界というのをを見てみたかったんだぞ。
それでまぁ、なんとか両親を説得して、三ヶ月前、冒険者になったんだぞ。
「とまぁ、こんな感じだぞ。ん? 分かりにくかったか? では、もっと分かりやすく私が冒険者になった理由を言えばこうだな。五年前に"紅い絶望"が起き、それにより私の中で"生きる事への執念"が生まれた。生きる為には強くなり、知識が必要、だから冒険者になった。これでどうだ?」
私が首を傾げながらそう答えると、カレンは「ああ……」とだけ答えた。
それにしても私の剣はそんなに酷かったのか、カレン曰く、「我流なんて呼べる代物じゃない」と言っていたし、これはまた一から学び直す必要があるぞ。となると、誰かに師事をこわなければ……………目の間にいるぞ!
そうと決まれば早速頼み込むとするぞ!
「カレン、お願いがあるんだぞ!」
「な、なんだ急に? て、鼻息荒いぞ、ちょっと落ち着けって!」
「すまない!」
「で、お願いって? 無茶な事は無しだぞ」
「うん、分かってる。お願いというのは、私に剣を教えて欲しんだぞ!!」
カレンは少し考えるようなそぶりをすると、小さく「まぁ、いいか……」と呟く。
「いいだろう、教えてやる。ただ、オレの剣も我流だから、ちょっと大変かもしれねぇぞ?」
「うん、それでいい。よろしく頼むぞ!」
まさか、こんなにあっさり承諾してくれるとは思わなかった。カレンなら「やなこった、面倒くせぇ」とか言って、拒否しそうだと思ってたぞ。
しかし、何はともあれ、これでちゃんとした剣を教えてくれる師匠が見つかったぞ。これで私はもっと強くなれる。
それにしても、"我流"てなんか、響きがカッコいいな。
♢♢♢♢♢
さて、困った。まさかの剣を教えてくれと頼まれるとわ。正直面倒な事この上ない。
『本当に教えるのか、お前様よ? 儂が言うのもなんじゃが、お前様の剣は誰かに教える類のものではないぞ』
『そうだよなぁ……だが、ルミナスにはこれから先、多いに働いてもらうつもりだ。だから、強くなってもらわなくちゃ困るんだよ』
『その言い方じゃと、行動を共にするつもりかの?』
『ああ、オレはそのつもりだ。けどまぁ、それについてはルミナスに確認取ってからだな。と言ってもルミナスの事だから、即OKしそうだがな』
『確かに……それで、メリットはなんじゃ?』
『単純な話、一人で出来ることには限度がある。二人いれば多少マシだろ。それと、今のオレの格好とルミナスの格好は酷似しているからな、一緒にいれば、こういう奴らだと周りの連中は割り切ってくれるだろうし、少しは目立たなくなる筈だ』
『いやお前様よ、逆じゃろ。 怪しい奴が二人で行動しておれば、超目立つじゃろ!』
紅姫の言うことも最もなので、オレはそれをスルーして話を続ける。
『とにかく、ルミナスには剣を教えてやるさ』
『お前様がそう決めたのならば良いが……』
紅姫は納得してくれたようだが、ぶっちゃけた話、オレはルミナスに対し申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
"紅い絶望"。話を聞く限り超身に覚えあるんですけど。しかも五年前って時期も方角もドンピシャじゃねぇか! 完全にオレだよね?!
つまり、ルミナスがあそこまで変わったのは、オレが原因ってことだ。
なんせ、本人はそれをきっかけに強くなりたいとか、死にたくないとか言っているのだからな。なら、責任取ってとことんまで鍛えてやるしかないだろう。
というか何"紅い絶望"て? 誰だよこんな痛々しい名前つけたの。それに"魔王降臨"とかヤベェよ、完全に厨二病じゃねぇか! この世界は頭の痛てぇ奴しかいねぇのかっ!!
オレは仮面の下で虚ろな目を空へ向け「今日もいい天気だ、快晴だなぁ」と呟く。
「カレン、どうした?」
「いや何でもない……"紅い絶望"とか"魔王降臨"とか、一体誰が言い始めたんだろうな、て思ってな」
「気になるのか?」
「いや、そういうわけじゃないが、なかなか仰々しい表現の仕方だと思っただけだ」
「そうかそうか、 私が三日三晩、悩みに悩んで考えたものだ!気に入ってくれたか!!」
…………。
お前かい〜〜!!
何してくれてんだこいつは! ふざけんな、過去に戻れんなら頭を叩き割ってやりてぇよ!
「……ち、ちなみにその"紅い絶望"とか"鮮血の空"とか"天の嘆き"とか"魔王降臨"とか言ってんのは、お前だけか?」
オレが期待を込めてそういうと、ルミナスはグッ! とサムズアップし、それはもう良いドヤ顔で答える。
「安心しろ、とっくに周りに広めてある。少なくともソレイユ共和国ではもう完全に浸透しているぞ!!」
なに余計なことしてんだ! この駄天使!!
オレは仮面の下でその顔を盛大に引き攣らせる。
まさかオレの知らないところで痛々しい名前が世に広められていたとは……過去に戻れるなら、あの時の自分のところに行って「それ、後々後悔するからやめた方がいい」と言ってやりたい。
『こいつヤベェよ、オレの想像の遥か上を行きやがる! 父さんたちにこの名前が知られるのも時間の問題だ、というかもう届いてるかもしれねぇ、クソッタレ!!』
『まぁまぁ、良いではないかお前様、寧ろ美味しい黒歴史ではないか。ネタじゃネタ』
『他人事だと思って適当な事言ってんじゃねぇよ! ネタに出来るわけねぇだろこんな黒歴史! 腹壊すわ!』
『落ち着けお前様、広まってしまったものは仕方あるまい。それに"人の噂も七十五日"じゃ、時が経てば皆忘れるわい。時に身を任せよ』
『……そうする』
オレは何とかボロボロの心を立て直し、ルミナスに兜を被らせる。そして、ルミナスにパーティを組まないかと提案を申し出たところ、ルミナスはそれをあっさりと承諾した。
まぁ、予想通りだったので特に驚かない。
これ以上ここで突っ立って話をしていても時間の無駄なので、オレとルミナスは再びドルトンへ向かって歩き出した。
それからドルトンに着いたのは少しは日が傾いた頃だった。
オレとルミナスが城門に向かって真っ直ぐ歩を進めると、オレたちの姿を視界に捉えた門番は「止まれ、怪しい奴!」「怪しい奴を絵に描いたような奴等だ!」と言い、警戒をあらわにする。そんな門番にオレたちは首から下げた冒険者プレートを取り出し、門番に見せる。すると、門番たちは「え? こいつら冒険者」みたいな顔で、一瞬怪訝な表情になるが最後には納得のして都市に入る許可をくれた。
オレとルミナスは城門をくぐると、メインストリートを歩き、今回の依頼の報告の為、冒険者ギルドを目指す。
その道中、仮面を付けた怪しい二人組に、街の人の反応は「お母さん、あの仮面かっこいいよ、欲しい!」「こら! 見ちゃいけません!」とか「ねぇ、憲兵に連絡した方が良くない?」とか「ふっ、お前達もこちら側か……」とか、色々聞こえてくる。すると、紅姫が呆れたようにオレに話しかける。
『ほれ見ろお前様よ、超目立っとるじゃろうが』
『………返す言葉もねぇ』




