事後処理と理由
「おーい、ルミナス〜」
「………」
戦闘が終わってから未だ放心状態のルミナスは、カレンの呼びかけにまったく反応しない。
カレンは困った、と仮面の下で苦笑いを浮かべる。
凍空竜を倒し、ギルドへの報告の為、そろそろドルトンに戻ろうと思っていたのだが、何度呼びかけてもルミナスが反応しない。
『どうすっかなぁ……紅姫、助けてくれぇ』
『そう言われてものぉ……取り敢えず、デコピンでもしてみてはどうじゃ?』
紅姫の提案に、カレンは特に何も言わず、ルミナスの前に跪くと、少し強めにデコピンしてみた。
「〜〜〜っ?!!」
デコピンをモロに受けたルミナスは両手で額を抑え、あまりの痛さに、半ばブリッジのような体勢になっていた。
カレンはちょっと強くしすぎたか、と思ったが、次の瞬間にはルミナスが涙目でこちらを睨み、いきなりデコピンしたことを怒り始めた。
「いきなり何するんだ! こんな痛いデコピン初めてだぞ!!」
「仕方ねぇだろ、お前声掛けても全然反応しなかったんだから」
「む……それは、済まなかったぞ。でも、今度からはもっと優しくしてくれないと困るぞ。頭が割れたと思ったぞ!」
「分かった、以後気をつけるよ」
カレンはルミナスの手を掴み、引っ張り上げて立たせると、凍空竜の死体をどうするか相談する。
「アレ、どうする? 持って帰るか?」
「そうだな、今回の異変の元凶だとギルドに報告する必要があるし、持って帰る方がいいと思うぞ。ただ、どうやって持って帰るか……」
「それならオレの〈魔導庫〉を使えばいいじゃねぇか?」
ルミナスは、その手があったか、と手をポンと叩き「では、よろしく頼むぞ」と言う。
カレンは、はいはいと言わんばかりに手をひらひらさせると、凍空竜の死体に歩み寄り、まず〈魔導庫〉を開く。
カレンの胸の高さぐらいの位置で、黒い渦のようなものが現れると、カレンはそこに凍空竜の死体を近づける。すると、死体は渦の中へと吸い込まれていった。
ついでに手に持っている"根滅剣 紅姫"も一緒に〈魔導庫〉にしまい込んだ。
そもそも〈魔導庫〉とは何か、ここで説明しておこう。
世の中には"魔法袋"という物がある。その魔法袋は見た目の割に中が広く、普通なら入らないような物まで入る。簡単に言えばドラ○もんの四次元ポケットをイメージするといいだろう。と言ってもアレよりはずっと容量は小さいが。
魔法袋は物によって容量が違ってくる。内部が三メートル四方の物から五十メートル四方の物までだ。これは袋に魔法を付与する者の技量と魔力量に付随する。
話が逸れたので元に戻す。
〈魔導庫〉と魔法袋の違い、まず単純な違いは、魔法袋は持ち歩かなければならないのに対し、〈魔導庫〉は何かを持ち歩く必要がない。〈魔導庫〉は魔法であるためだ。
次に、魔法袋はそれ自体の容量が決まっているが、〈魔導庫〉は容量が決まっていない。正確には〈魔導庫〉は術者の魔力量に依存する。つまり、魔力が多ければ多いほど〈魔導庫〉の容量も大きくなるということだ。
それともう一つ、〈魔導庫〉と魔法袋の違い。魔法袋は袋自体に魔法が付与されているため魔力を消費しない。一方で〈魔導庫〉は先程の言ったように魔法であるため、魔力を消費する。それも、中に入っている物の量や質量によって、魔力の消費は激しくなる。
〈魔導庫〉と魔法袋の違いを大雑把に説明するとこんな感じだろう。他にも細々とした違いはあるが、説明するほどのことでもない。
そんな〈魔導庫〉に死体を入れ終わったカレンに、ルミナスが問いかける。
「今更だが、あんな大きなものを〈魔導庫〉に入れて平気なのか? 魔力の消費がかなり激しいんじゃ?」
ルミナスの問いかけにカレンは特に気にした様子もなく答える。
「平気だ、というかまだまだ余裕だな」
「そうか、ならいいぞ」
死体を回収したカレンとルミナスは、氷漬けにされた冒険者の元まで戻り、取り敢えず氷を割って、遺体をカレンの〈魔導庫〉にしまい込んだ。
新人冒険者がいきなり竜と出くわすなど、かなり稀である。故にこの冒険者達は運がなかったとしか言えない。
彼らも冒険者がどういう職業か理解はしていただろうが、まさか調査に来た森で竜に遭遇するなど想定していなかっただろう。
カレンは内心で「気の毒に……」と呟く。
こういった異常事態は冒険者をしている限り必ずと言っていいほど起こりうる事態だ。それは駆け出しだろうがベテランだろうが変わらない。
その異常事態をいかにうまく対処出来るかが、冒険者人生の鍵となる。
遺体を〈魔導庫〉に入れ終えたカレンはルミナスと共に森の外を目指し歩き始める。
「あ、そうだ。街に戻ったらオレのことはカレンじゃなくてレングリットと呼ぶように。分かったな」
カレンは思い出したようにルミナスにそのことを伝える。ルミナスはカレンのお願いに「分かった、絶対にカレンの名前は出さない、約束するぞ」と言って頷く。
「ルミナス、そろそろ兜を被った方がいいんじゃねぇのか?」
ルミナスは「それもそうだな……」と呟くと、手に持っていた兜を被り「これで良しだぞ!」と言う。
それからしばらく歩くと森のきれめが見え、二人は森を抜ける。
暖かい太陽の光が大地を照らし、吹き抜ける風が優しく心地よい。
「う〜〜ん………なんだか、森に何日もいた気分だぞ!」
そう言ってルミナスは体を伸ばす。
「まぁ、ルミナスにとってはかなり濃厚な時間だっただろうし、そう思うのも無理ないんじゃねぇの」
「うん、確かに濃厚な時間だったぞ。それにしてもカレン、君は何者なんだ?」
「何者って言われてもなぁ……オレはオレだ、それ以下でもそれ以上でもねぇよ」
カレンは腰に手を当て、そう答えた。
ルミナスは納得いかないような雰囲気を出すが、聞いたところで答えてくれないと思うと「……そういうことにしておくぞ」と言って歩き出した。
カレンは歩き出したルミナスの後を追い、横に並ぶ。すると、カレンは横から視線を感じ取りそちらに顔を向ける。
顔を横に向ければ、何故かルミナスがじーっとカレンを見つめていた。
「な、何だ?」
「カレン、君はどうして冒険者になったんだ?」
冒険者にこう言ったことを聞くのはタブーとされている。何故なら、冒険者というのはその殆どが、スネに傷を持つ者、過去を知られたくない者達だからだ。故に冒険者の過去などを詮索はしないというのが暗黙の了解なのだ。
「なんだ藪から棒に?」
「いや、少し気になってな……もちろん嫌なら答えなくてもいいぞ!」
カレンはどうするか少し悩む、個人的には話してもいいと思っている。が、ここは紅姫に相談することにする。
『どう思う?』
『何がじゃ?』
『冒険者になった理由を話していいかっていう事だよ』
『それはお前様が決めることじゃ。儂に相談されてものう……しかし、お前様はそう言う答えを望んでおる訳ではなさそうじゃの。
ふむ、まずお前様はあの娘には話しても良いと考えておるのじゃろ?』
紅姫は続けて話す。
『ただ、仮に話すにしても隠すところは隠した方が良いの。例えあの娘の口が固くとも、何処から情報が流れるか分からん。お前様がどう言う存在なのかとか、ラギウス殿の事、ギレンの事、エスタロッサは……まぁ、彼奴は隠してもすぐにバレるじゃろうし、彼奴は構わんかの。ただ、あの二体の事は伏せていた方が儂は賢明だと思うがの。あと儂の存在もじゃの。
儂の意見はこんなところじゃわい。これを聞いて話すか話さないかを決めるのはお前様じゃ、好きにせい』
紅姫の意見を聞いてカレンはすぐに答えを出した。
カレンはルミナスに顔を向けると、普段よりも少し低い声で話しかける。
「誰にも言わないか?」
言外に「もし他人に話したら、その時は……」と言っているような気配を漂わす。
カレンの放つ凄味にルミナスは冷や汗を流す。
先程対面した竜よりもずっと恐ろしく感じる。実際そうなのだろうとルミナスは内心で理解する。あの竜を片手間で倒してしまうのだ、このカレンという悪魔は途轍もない存在に違いないと。そして、決して逆らってはいけない存在だと。
ルミナスはカレンの問いかけに黙って頷き、誰にも話さないと約束する。
ルミナスの同意を得たカレンは前を向き歩きながら話す。
「オレが冒険者になったのはこういう格好をしても怪しまれないという事と主に情報収集が理由だ」
「情報収集?」
カレンは頷き「そうだ」と言って続きを話す。
「少し話しはズレるが、オレは世間知らずでな。この世界のこともそうだが、世の中の常識すら知らねぇ。そんなオレが情報を集めるのに一番適しているのが冒険者だった」
「世の中の常識を知はる為さ……じゃあ何故ここなんだ? カレンは魔族なんだから、デモナス魔導国に行けばもっと楽に情報収集が出来たんじゃないのか? こうやって仮面を被ってコソコソする必要もないぞ?」
「それもそうなんだが。魔導国は最近戦争の準備をしているとか物騒な噂を聞くからな。巻き込まれたくなかったし、あまり行きたくなかったんだ」
「ああ、成る程……」
「話を戻すが、冒険者というのは情報が命の職業だ。情報というものは時に命よりも重い。
そんな冒険者だ、上位に行けば行くほど有益な情報が手に入る、それこそ国の機密事項とかもな。それに何かと融通もきく」
カレンの言っている事は実際事実だ。高位の冒険者、特に白金ランク以上はかなり希少な存在だ。たった一人で一軍に匹敵する力を持っており、何より魔物の脅威より国を守ってくれる英雄的存在だ。
ただ、冒険者という者は基本的には自由だ。登録したのが例え王国だとしても、他国で活動できないというわけではない。様々な国で活動できる。そんな冒険者、特に高位の冒険者は国にとってなくてはならない存在だ、そんな彼らを引き留める為に、重要な情報や融通を利かすのは、ある意味常識と言える。特に黒ランクともなれば尚更だ。
カレンの説明を聞いて、ルミナスは兜の下で納得の表情をうかべ、うんうんと頷く。しかし気になることもある。
「言いたい事は理解したけど、どうしてそこまで情報を欲しがるんだ? 何か理由があるのか?」
「深い意味はないが、強いて言うなら……生きる為だ」
「……生きる為」
「この世界は弱肉強食、強い者が生き、弱い者が死ぬ。単純故に明快だ。そんな世界で生きるには強くなくちゃいけない。だが、世の中そんなに甘くはない。強いだけでは意味がない、そこに知識、情報が必要だ。
いくら地力があっても馬鹿では生きていけない。いずれ限界がくる……」
カレンは続けて話す。
「いいかルミナス、知識や情報は武器になる。これもまた"力"だ。だからオレは情報が、知識が欲しい。強くなる為、そして生きる為にだ!」
カレンは立ち止まって、手を太陽にかざしグッと握りしめて拳を作る。
それと同時に、少し熱く語りすぎたと思い、仮面の下で顔を赤くし、ちょっぴり恥ずかしくなる。
カレンは手を引っ込め、もし生暖かい目でこちらを見ていたらどうしようと思い恐る恐るルミナスに顔を向ける。
すると、ちょうどルミナスが兜に手をかけ、脱ぐところだった。
ルミナスは兜を脱ぐと脇に抱え、カレンを真っ直ぐ見つめる。そこには今まで見たことない真剣な表情のルミナスがいた。
「強くなって、この世界で生き残る為……それが、カレンが冒険者になった理由か」
「正確に言えば冒険者は隠れ蓑で、情報を得るための手段の一つだ。オレの目的は今お前が言ったように、強くなって生きる事、それだけだ」
「そうか…….なら私と同じだぞ」
ルミナスの"同じ"と言う言葉にカレンは引っかかり、「どう言う事だ?」と首を傾げる。
「そのままの意味だぞ! 私が冒険者になった理由はカレンと同じだぞ」
ルミナスは一拍おいて、話しを続ける。
「私が冒険者になったのは、世の中を知り、世界を知り……強くなって、生き残る為だぞ!」
カレンは少し驚く。
この世界の住人は常に魔物という脅威に晒されている。だから世界を知って、生きたいというのは、わからなくもなく、道理だと言える。しかし、こちらを見つめる青翠色の瞳が、そんな事は生温いと言わんばかりに、生きる事への渇望に燃えている。いや、ここまでくれば渇望を通り越して執着に近いだろうか。
そんなルミナスにカレンは少し気圧され、苦笑いを浮かべる。
「なぁ、聞かせてくれないか、お前をそこまでさせた理由を?」
ルミナスは微笑む。怖いぐらいに。
「分かった。聞かせてやるぞ、私がこうなった理由を」




