異常事態
「目が覚めたか?」
まどろむ意識の中、ルミナスは声のする方向へ視線を向ける。
未だ視界はぼやけているが、声で誰かは分かる。
「カレン……そうか、私は気を失ってしまってたんだな。何というか、不甲斐ないな私は……」
「まぁ、骨折の痛みで気を失ったのは驚いたが、そこまで気にすることでもないだろう。寧ろ良くやったと思うぞ」
カレンの言う通り、実際ルミナスは大したものだ。
駆け出し冒険者で素人同然のルミナスが、Cランクの魔物に一撃を与え、ましてや傷までつけたのだ。もしこの場にカレン以外の人がいれば、誰もがルミナスに、賞賛の声を送っただろう。
「ふふっ、カレンはやっぱり優しいぞ」
「どうだかな……」
ルミナスは身を起こし、左肩の確認をする。
状態は折れる以前と何ら変わりない、いや、寧ろ折れる前より良くなっていた。
「そう言えば、折れた左肩は魔法で治したのか?」
「ああ、簡単な治癒魔法だ。良かったら教えてやるぞ?」
カレンの申し出にルミナスは頷き、お言葉に甘えることにする。
「是非、よろしく頼むぞ」
ルミナスはゆっくりと立ち上がると、剣を手に取り、腰にさげる。
立ち上がるルミナスに、カレンはもう少し休んだ方が良いのではないかと提案するが、ルミナスが首を横に振る。
「心配しなくても、もう大丈夫だぞ」
「それなら良いが……取り敢えず、あと何体か魔物と戦って、ある程度戦いの技術を付けてもらう。それと、この森の調査も同時進行する。いいな?」
「分かった、文句はないぞ」
「よし、行くぞ」
そう言ってカレンとルミナスは調査の再開をする。
その道中、数体の魔物と遭遇し、カレンが見本を見せ、ルミナスが実行すると言うことを何度か繰り返す。
少しずつ形になってきてはいるが、ルミナスの剣技はまだまだ荒い。と言っても駆け出しの冒険者としてはかなり強い部類に入るし、筋も悪くない。
それでもカレンの基準値には達せず、取り敢えず付け焼き刃程度と言ったところだ。
「まだまだ荒いが、まぁいいだろう。魔物と戦うのはやめて、本格的に調査をしよう」
「ふっ、我にかかれば、この程度身につけるなど容易い!」
何故か戦闘時とその前後にちょくちょく顔を出す、自称"漆黒の堕天使シェイバ"をカレンはスルー。先程倒した魔物の体内から灰色の水晶を取り出す。
この魔物の体内から取れる水晶を"魔石"と呼ぶ。
魔石は魔物の体内には必ずと言っていいほどある物で、大概は心臓の右横にある。この魔石はギルドへ持って行くとお金に換金してくれる。
魔石は質や色によってランク分けがされている。下は灰色から上は黒色までだ。冒険者のランクとほぼ同じである。
灰色の魔石はあまり質が良くない、用途もかなり限られる。というのも、この灰色の魔石は内包する魔力が微々たるものだからだ。数値で表すなら百から三百と言ったところで、一般の人間の成人一人分しかない。つまり一つでは何ら意味のないものだ。
逆に、黒の魔石の内包する魔力は莫大で、過去に二、三個しかその存在を確認できていない。正確に言うと、その黒の魔石を体内に持つ魔物を倒すことができないだけなのだが。
黒の魔石、それ一個で一生遊んで暮らせるだけの金が手に入る。場合によっては地位も名誉も手に入るだろう。
カレンは魔石を取り出すと、腰につけた皮袋に魔石をしまうと、ルミナスがカレンへと歩み寄り、先程からの違和感を伝える。
「なぁカレン、さっきから思っていたのだが、段々と魔物の数が減っていないか? それに……」
ルミナスは森の奥へと視線を向ける。
「この森の奥には、正直足を踏み入れたくないぞ」
ルミナスは「何だかゾワゾワするぞ」と言って体をぶるりと震わす。
流石は天使と言うべきか、この先にいるのが危険なものである事に薄々気づいているようだ。
ここでカレンはルミナスをこの先へ連れて行くか思い悩む。
最初こそ連れて行っても何とかなるとおもっていたが、戦闘になる度に出てくるルミナスのアレのおかげで心配になる。戦闘の前は魔物を前にして恐怖を抱いているが、徐々にそれが薄れ、アレが出てくると「恐怖? 何それ?」みたいな感じで猪突猛進して行くのだ。
正直、この先にいる奴を前に同じことをされたらたまったものじゃない。
カレンが思い悩んでいると、紅姫が話し掛ける。
『お前様よ、そう悩まずとも良い。ちゅうか悩みすぎじゃ。いくらこの娘があんなでもこの先におる奴に、そう無鉄砲に突っ込んだりせんじゃろうて』
『そうだと良いんだが……ああ、ここにギレンがいればなぁ』
『それは無理な話じゃ。今ギレンはエスタロッサの警護兼監視役をしておる。こっちには来れまいよ』
『だよなぁ……まぁ、悩んでも仕方ねぇな。取り敢えず先へ進むか』
『結局、あの娘はつれていくのかのう?』
『連れて行く。経験を積ませるには良い機会だ』
そう言ってカレンはルミナスへ顔を向ける。正直心配の種は尽きないが、普段は冷静で状況把握も出来る。
問題はあるが、そこは自分がフォローすれば良いだろう。
「ルミナス、おそらくだがこの森の異変の元凶がこの奥にいる。お前が足を踏み入れたく無いという程の奴だ。まぁ、単純に強力な魔物という認識でいいだろう。
兎にも角にも、オレ達は森の異変を引き起こした元凶の魔物が何なのかを調べなきゃならねぇ。そういう依頼を受けちまったんだ、仕方ねぇ。という事で、行くぞ!」
「ちょ、ちょっと待って欲しいぞ!」
ルミナスは慌ててカレンの外套の裾を掴み引き止める。
ルミナスはここまで来る道中ずっと考えていた、コレは最早灰ランクの冒険者が受けるような依頼では無いと。というのも、道中戦ってきた魔物はどれも本来ならもっと森の奥に生息しているC級より上の強力な魔物達だったからだ。
ぶっちゃけた話、カレンがいなければ今頃魔物の腹の中だろう。
そんな強力な魔物達が森の奥から逃げ出すほどの存在がいるのだ、いくら依頼とはいえこのまま調査を続けるのはあまりに危険すぎる。
ルミナスは、此処は一度街へ戻り態勢を整えるべきだとカレンに告げる。
「カレン、いくら君が強くても、流石にこれ以上は危険だ。街へ戻り、上位の冒険者に協力を仰ぐべきだぞ!」
「ルミナスの言うことは至極真っ当なことだが、無理だな。そもそもどんな魔物がいるかも分かってねぇのに、上の奴らが動くかよ。それにあの街の最高ランクの冒険者は確か金ランクが最高だったな?
この先にいる魔物は、仮にその金ランクの冒険者が出張って来ても討伐は不可能だ。実力が違いすぎる」
金ランクの冒険者でも討伐不可能という言葉に、ルミナスは眼を見張る。しかし、それを言った本人であるカレンは余裕の態度だ。それがより一層ルミナスの焦りを煽る。
「カレン、それはつまり、S級クラスの魔物がいると言うことだぞ。ならば尚更街へ戻らないとだめだぞ!!」
「ルミナス落ち着け。さっきも言ったが、魔物の種別が分かってねぇのにそんなことギルドへ報告しても取り合ってくれねぇよ。仮に報告するにしても、まずその魔物の姿を確認しねぇと」
「た、確かに……」
「そう言うことだ、ほら行くぞ」
これ以上は時間の無駄だと、カレンは有無を言わせず森の奥へと歩き出し、それを慌ててルミナスが追いかける。
二人が歩き出して数分、ルミナスは、そういえば自分達以外にもこの森の調査に来ていた冒険者がいることを思い出し、それをカレンに告げる。
「ああ、そういえばギルドの受付でそんなこと聞いたな。で、それがどうかしたのか?」
カレンは興味なさそうにルミナスに聞き返す。
「いや、その冒険者達も駆け出しの灰ランク、ましてや森はこのような状況だ。無事だろうかと思ってな」
「知らない奴まで心配するとか、やっぱお前お人好し過ぎるな」
そう言うとカレンはピタリと足を止めて、前を見据える。
ルミナスはどうしたのかと思い首を傾げ、カレンの視線の先を見る。その瞬間、ルミナスは兜の下で目を見開く。
「あ、あれは……人間?」
そこにあったのは、まるでオブジェのように氷漬けになった四人の人間だった。
カレンとルミナスはその氷のオブジェに駆け寄る。
その場は多少ひらけた所で、森の中にしては見晴らしがいい場所だった。
「コイツら同じ依頼を受けた四人組の冒険者に間違いないな、冒険者プレートも灰を下げてる」
「そんなこと言ってる場合か! 早く氷を割らないと!!」
「もう遅せぇよ、死んでる」
「………くっ!!」
ルミナスは拳を握りしめ、プルプルと震わす。おそらく兜の下では眉間に皺を寄せ険しい表情をしているだろう。
カレンは横目でルミナスの様子を伺い、視線を冒険者へ向ける。どうやら逃げている最中に背後から襲われたようだ。何かから逃げるような体勢で氷漬けにされている。
『随分恐怖に染まった表情をしておるのう』
『コイツらからすればそれ程の奴に出くわしたんだろうな。まぁ十中八九、今回の異変の元凶だろ』
『ふむ、未だ〈魔力感知〉には引っかかっておらぬ故、どの程度の魔物か分からぬ。じゃが、氷結系の魔物は種類が少ないからのう、大体は絞れるのじゃが……教えた方が良いか、お前様よ?』
『いや、教えなくていい。オレも何となく察しはついてる』
『左様か。ならば、儂は引き続き探知魔法で周囲を警戒しておるからの』
『ああ、頼んだ』と言って、カレンはルミナスに視線を戻し、未だ握り拳をつくるルミナスに、深呼吸でもして落ち着くように促す。
カレンに言われ、ルミナスは兜を脱ぐと大きく息を吸い深呼吸する。
森の新鮮な空気が肺を満たす。
気持ちを落ち着かしたルミナスは表情が少し柔らかくなり、顔をカレンへ向け「もう大丈夫だぞ」という。
それにカレンは頷くと、顔を氷のオブジェに向ける。
「整理しよう。まず、この冒険者達はギルドでオレ達と同じ調査依頼を受け、この森に来た。そして調査の為、森の奥へ奥へと進み、おそらく今回の異変の元凶に遭遇。そして、その元凶に自分達の存在がバレ、逃げ出したが冒険者達は逃げきれず、今の現状になった。まぁ、こんなところか」
ルミナスは頷いて同意すると、また拳を握り、少し表情が険しくなる。カレンはそんなルミナスを尻目に説明を続ける。
「見てわかる通り、コイツらを襲った奴は氷結系の魔物だ。氷結系の魔物は種類がそれほど多くないから、特定は容易だと言える」
「どんな魔物がやったか分かるのか?」
「そうだな、この森という場所に加え、一瞬で生き物を氷漬けに出来る魔物となったらまず間違いなく……」
「ギュラァァァァァッ!!」
突如周辺に響く、心底から震えるような咆哮。
ルミナスは体をカタカタと震わせ、背中から冷たい汗が流れるのを感じる。
カレンは〈魔力感知〉を発動し広範囲に展開する。そして、効果範囲内に高速でこちらに接近する反応を確認する。
カレンは上空に視線を向け、ルミナスに顔を向け、上を見るように顎をしゃくる。
「どうやら、あっちから会いに来たようだな」
「なに?!」
ルミナスはばっ!と顔を上空に向ける。
すると、遠くから翼をはためかせ、こちらに近づく影が視界に入る。
ルミナスはその魔物の姿に戦慄し、顔を歪める。
「な、何でこんな所に……竜が?!」
カレンとルミナスの目の前に現れたのは全長六メートルの飛竜だった。
その飛龍は、全体的にほっそりとしており、寧ろ華奢だと言える。体の割に頭が少し大きく、瞳は紫色で大きく、瞳孔は縦に割れている。頭には後ろへ伸びた大き過ぎる灰色の角が一本生えていた。
全身を灰色混じりの青い鱗で包まれており、翼には美しい空色の翼膜がある。尾は細くしなやかで、先端が二股に分かれている。
そんな飛竜の特徴を見て、カレンは腰に手を当てながら、まるで、近所に散歩にでも来たような気楽さで呟く。
「デカい頭に空色の翼膜、二股に分かれた尻尾……コイツは"凍空竜"で間違いないな」
「なに冷静に分析してるんだ、カレン。早く逃げるぞっ! アレは間違いなく異常事態だ! 流石の我でも竜には勝てぬ! もとより此処には調査に来たのだ、戦う必要はない!」
肩を掴み早く逃げようとカレンに促すルミナスに対し、カレンは内心で「あれ? 途中から口調変わってね? ていうか、こんな状況でも厨二病出てくるんだ」と呟く。
カレンは必死の形相で肩を掴むルミナスの手を外し、凍空竜に指を指す。
「それは逃げるってことか? ふざけんな、オレがあんな奴から逃げるわけねぇだろ!」
「なにをバカな事を言っているのだっ! 飛竜種とは言え 竜だぞ?! 間違いなく"災害級"だ。我々では話にならぬっ!!」
「いや、余裕だけど?」
そんな事を真剣な顔で切り返したカレンに、ルミナス(シェイバ)は間抜けな声を上げる。
「えっ?」
「え?」
「「………」」
カレンは内心で溜息をつくと、何も無い空中に手を伸ばす。すると、カレンの手の先に黒い渦のようなものができる。カレンはそこに躊躇なく手を突っ込み、ソレを取り出す。
カレンがとりだしたソレは、この世界では存在しないはずの剣、刀と呼ばれるものだった。そして、ルミナスはその剣を目の当たりにした瞬間理解した。
(ま、魔剣?!……)
「根滅剣 紅姫」




