調査 その2
カレンは〈魔力感知〉の反応する方向へ進み、その後をルミナスが歩く。
そして歩くこと数分、カレンは魔物の姿を発見する。
カレンとルミナスは物陰に隠れ、そっと顔を覗かせる。
見たところ魔物の数は全部で二体、種別は"大鬼"だ。
「大鬼か、まぁアレでいいだろう」
カレンは〈念話〉を発動し、ルミナスに繋げる。
『ルミナス、聞こえるか?』
突然、頭にカレンの声が直接響き、ルミナスは肩をビクッ!と跳ね上げ、ゆっくりとカレンに視線を向ける。
カレンはその様子を見て、どうやら繋がったらようだと判断する。
『どうやら、ちゃんと魔法線は繋がってるようだな。今は魔法で直接頭に話しかけてる。だからルミナスも話す時は念じるように頭の中で話すといい』
そう言われたルミナスは少し戸惑いながらも、頭の中で言葉を念じ、カレンに話しかける。
『こちらルミナス、聞こえるかカレン』
『ああ、聞こえてるぞ』
『おお! コレは便利な魔法だな!』
『〈念話〉を知らないのか?』
ルミナスはコクリと頷き肯定する。
『そうか、まぁいい。それよりも、早速ではあるが。ルミナスにはあそこの大鬼と戦ってもらう……勿論、一体はオレが相手するから安心しろ』
『なぁカレン、大鬼はCランクの魔物だ、駆け出しの私では無理な気がするんだが、 もっと別の魔物にしないか?』
ルミナスは自身の力量をしっかりと認識しており、その強さはやはりと言うべきか、一般人に毛が生えた程度の強さだと言うことを自覚している。それ故、今のルミナスでは、到底Cランクに該当する大鬼には歯が立たない事も分かっている。
つまり一言で言えば、駆け出しの灰ランク冒険者である自分がCランクの大鬼に挑むなど、無謀でしかない。
しかし、
『大丈夫だ、こういうのは格上の奴と相手をした方が早い』
ムエルト大森海で育ったカレンは、常に格上の相手と戦ってきた、それ故に成長も早かったわけで、コレがカレンにとって普通だった。
実際は全くの間違いなのだが、それを正すものはここにはいない。
とはいえ、まだ駆け出しのルミナスにはキツイ相手だと言うことはカレンも重々承知している。
カレン自身も自分の価値観が相手の価値観と違うことを十分理解しているつもりだ。しかし、今回はこの方法でなければならない。
というのも、この先この大鬼より更に強力な魔物が現れる可能性が高い。だから、ルミナスには急ピッチで強くなって貰わなくてはならない。
カレンの理想としては、取り敢えず自分の身は自分で守れるようになっておいて欲しい。
付け焼き刃ではあるが、やらないよりはいい。
『リスクは高いが、その分メリットもデカい。とにかくやるだけやってみろ』
ルミナスは、もう何を言っても無駄だと諦め、腰にさげた剣に手を伸ばす。
続いてカレンも剣に手を伸ばし、鞘から剣を抜く。
カレンとルミナスは互いに頷くと大鬼の前に出た。
すると二人の気配を察知した大鬼は、その醜悪な顔を更に歪め、咆哮を上げる。
「「ガァァァァァッ!!」」
大鬼の上げる咆哮対して、カレンはどこ吹く風とまるで怯んだ様子を見せない。それどころか、まるで散歩にでもきているような余裕な態度だ。
正直な話、ムエルト大森海の大鬼と比べるとひどく見劣りしてしまう。
目の前の大鬼をその辺に転がる石に例えるなら、大森海の大鬼は両手いっぱいの大きな岩だ。感知できる魔力量からしてそれほどの差がある。
『なんだか、お前様の相手をさせられる此奴らが哀れじゃわい』
そんな事を呟く紅姫にカレンは苦笑いを浮かべる。
カレンは先程からやけに静かなルミナスに視線を向ける。するとそこには、何故か仮面に左手を添えて、剣を大鬼に向けながら、香ばしいポーズをとるルミナスの姿があった。
「………」
何故かそんなポーズをとっているルミナスを見てカレンは仮面の下で目を白黒させ「え? 何してんの?」と間抜けな声で呟く。
そんなカレンを知ってか知らずか、ルミナスは「ふっ」と笑い、バサッ! と意味もなく外套をはためかせる。
「我の名は、"漆黒の堕天使 シェイバ"! 」
シュパッ! とキレのある動きで剣を引き、左手を右目あたりを隠すように添える。
「ふっ……なるほど、大鬼か。それにしても、戦いを前にすると、封印されし我が右目、"崩滅の魔眼"が疼く」
「ちょっと、何言ってんの? " 崩滅の魔眼"て何? そもそも右目に封印なんて無かったよね?!」
カレンの言う通り、右目に封印があるなどと言う事実はない。
ルミナスは更にその場でくるりと一回転し、左手をオーガに向け、まるで「かかって来い!」とでも言うかのように、クイックイッと相手を招くように挑発する。
「ふっ、運がなかったな。今宵は堕天使の力が高まる時、貴様らなどに遅れを取る事はない。何処からでもかかってくるがいい!!」
「いや、今昼間だから」
カレンのツッコミを軽くスルーして、ルミナスは両手を広げ、天を仰ぐ。
「さぁ、宴の時間だ!」
「ねぇ! さっきからホント何言ってんのこの駄天使?!」
ルミナスは剣を大鬼に向けて構える。そんなルミナスを尻目にカレンはチラリと視線を大鬼に向ける。
すると、まるで可哀想な子を見るような、生暖かい目で此方を見ていた。
大鬼達も戸惑っているようで「お前行けよ?」「えぇ、何か嫌だ」みたいな幻聴すら聞こえてくるようだ。
カレンはそんな大鬼の様子に、少し同情してしまい、げんなりする。
視線をルミナスに戻す。すると、
「覚悟はできたか? ふっ、剣の錆にしてくれる! 行くぞっ!!」
くるり! シュパッ! と香ばしいポーズをとり、大鬼目掛けて一直線に駆け出した。
「おいぃぃぃっ! 行くぞってお前、マジで逝っちまうぞ!! 実力差考えろって。一旦戻って来い!!」
そんなカレンの制止に聞く耳持たず、猪突猛進するルミナス。
大鬼達は迫り来る、ルミナスに雄叫びを上げ、手前にいる一体が腕を振り上げる。そして、その太い腕をルミナス目掛けて打ちおろす。
「ガァァァァァッ!!」
「はあぁぁぁぁ! 必殺! 月輪の……」
ルミナスは大鬼の攻撃など御構い無しにと駆ける速度を上げ突っ込んで行く。
『お、おいお前様! あのままじゃと直撃コースじゃぞっ!!』
「このクソッタレ!!」
カレンは脚に力を入れ、地面を蹴る。
一瞬でルミナスに追いつくと、後ろから襟首を掴み、引っ張って脚を払う。
「わっ?!」
ルミナスは後ろへ倒れ込み、先程まで頭のあった位置を大鬼の豪腕が轟っ! という音を立てて通り過ぎる。
カレンは攻撃が空振った大鬼の鳩尾に回し蹴りを叩き込みむ。
鳩尾に一撃を受けた大鬼は瞬間的な呼吸困難を起こし、その場に膝をつく。
カレンはその瞬間を見計らい、ルミナスを引きずるように引っ張って後方に下がる。
「わわっ?!」
「何してんだお前は! もうちょっとで頭弾け飛ぶところだったぞ!!」
「す、すまん……」
「ったく、今までよく生きてこられたな」
カレンは座り込んでいるルミナスに手を差し出し、その手をルミナスが握る。カレンは腕に力を入れルミナスを引っ張り上げて立たせる。
それと同時に膝をついていた大鬼も立ち上がり、怒りの形相で此方を睨見つけた。
「いいか、さっきも言ったが、片方はオレが殺る。もう片方はルミナスが相手をしろ……ただし、さっきみたいに突っ込んで行くのは無しだ、いいな!」
「わ、分かった」
ルミナスの返事を聞くと、カレンは剣を下段に構える。するとその直後、大鬼は咆哮を上げ、一直線にカレンめがけて走り出した。
「いいかルミナス、大鬼は体が大きいから小回りがきかない、だから懐に入っちまえば後はこっちのもんだ……取り敢えず見本を見せてやるから、見てろよ」
カレンは迫り来る大鬼に小走りで接近すると、横薙ぎに振り払われた豪腕を身を低くして回避し、難なく相手の懐に潜り込む。
なんて事ないように大鬼の懐に入り込んだカレンは、下段に構えていた剣を、大鬼の胴体めがけて斬り上げる。
剣は真っ直ぐに走り、大鬼を紙のように一閃する。
大鬼を一閃したカレンはその場から軽く跳躍し、ルミナスの横に降り立ち剣を鞘にしまう。その直後、胴体を一閃された大鬼の体がズレ、上半身が地面にドサりと落ちると赤い血が噴水のように噴き出す。
同族が両断され、もう一体の大鬼が動きを止めて硬直する。
「すごい……」
ルミナスは兜の下で驚愕に目を見開き、自然とそんな言葉が口から出た。
「まぁ、ざっとこんな感じだ」
カレンは顔をルミナスへ向け、顎をしゃくり「ほら行ってこい」と促す。
そんなカレンにルミナスは「流石にこの漆黒の堕天使である私でも大鬼を両断などできんぞ」と言う。
「別に両断しろとは言わねぇよ。ただ、さっきのオレのように、相手の動きを見切り、懐に入り込んで攻撃を加える、というのは出来るようになってもらう」
「ふむ、具体的に動きを見切るとはどうすればいいんだ?」
「そうだなぁ……最初はとにかく相手から目を離さず、動きをよく見る事だな、後は視線や筋肉の動きとかなんだが、これに関しては経験有るのみと言ったところだ」
カレンの説明にルミナスが腕を組み、唸るように相槌をうつ。
「う〜む……分かった、とにかくやってみるぞ!」
そう言ってルミナスは剣を中段に構え、硬直し動きを止めている大鬼に向かって駆け出す。
「ふっ、この我を前に動きを止めるとは愚か! 今度こそこ我の必殺で貴様を倒す!!」
大鬼は自分に向けて駆け寄るルミナスに、はっ! とし、自身もルミナスに向かって脚を動かし走り出した。
ルミナスと大鬼の距離が見る見るうちに縮まる。
大鬼は拳を握り、後ろへ引くと、真っ直ぐにルミナス目掛けてその豪腕を放った。
ルミナスは迫り来る豪腕を視界に捉え、背中から嫌な汗が流れる。この一撃を食らえばルミナスなど一瞬であの世行きだ。
ルミナスは迫り来る拳に打ち砕かれる自分を幻視し、一瞬自らの死を覚悟する。しかし、ルミナスは止まらない。
自分が冒険者になったのは、世界を知り、強くなるため、何より生きる為になったのだ。こんな所で死ぬなどごめんだ。
ルミナスは兜の下で不敵に笑う。
「この私に、不可能はないっ!!」
ルミナスは、さらに前へ進み、体を前方に倒す。
大鬼の拳が兜を掠め、頭上を通り過ぎて行く。拳が兜を掠めただけでもかなりの衝撃が加わり、ルミナスは一瞬よろめくが、歯を食いしばって脚を動かす。そしてなんとか大鬼の懐に入り込むと剣を横薙ぎに振り払う。
「はあぁぁぁぁっ!!」
ルミナスの剣は見事に大鬼の腹を切り裂く。しかし、浅い。
ルミナスが斬ったのは薄皮だけで、僅かに血が滲み出る程度だ。
だが、斬られたことに変わりなく、大鬼は悲痛な声を上げながら片方の腕で傷口を抑え、もう片方の腕を勢いよく振り回す。
当然ルミナスは避けようとするが、振り回す腕の速度は意外に速く、ルミナスの左肩に直撃する。
「いっ!!」
ルミナスは衝撃で吹き飛び地面を転がる。
左肩に鈍痛が走り、額から汗が噴き出す。どうやら骨が折れたようだ。
「……くっ!!」
骨が折れるなど、ルミナスの人生では、生まれて十八年始めての経験だ。故に骨が折れた際の痛みも初めてだ。
初めて味わう、あまりの激痛にルミナスは呆気なく意識を手放す。
『あの娘、気絶してしまいよったぞ』
『あーあ、最初攻撃を避けた時は、イケると思ったんだが、やっぱりそう都合良くいかないか』
『じゃが、なかなかいい動きをしておったわい』
『ああ、ちょくちょく痛いのが顔を出していたが、悪くなかった。ルミナスは鍛えれば化けるかもな』
紅姫とそんな会話をした後、カレンは傷付いた大鬼を屠り、意識を失ったルミナスへ歩み寄る。
「とりあえず、折れた骨を治さねぇとな」
そう言ってルミナスに手をかざし、回復魔法を発動する。
「〈光生〉」
青白い光がルミナスを包み、折れた骨が元通りに治る。そして、しばらくしてルミナスは目を覚ました。




