痛々しい
私が冒険者となって、早一ヶ月が経った頃。
最初に冒険者登録をした街を出て、私は城塞都市ドルトンへ向かった。
そこは厚く堅固な城壁に囲まれた街で、城門と呼ばれる大きな門は、それはもう立派だった。
街に着くなり、私は冒険者ギルドへと向かった。そこで良い依頼があれば受けようと思う。
冒険者ギルドへ着くと、まずギルドへ挨拶をしに行き、冒険者プレートを見せる。自分が冒険者である事を伝えるためだぞ。
それが終わると、クエストボードへと歩き、どんなクエストがあるかを見る。だが、まだ灰ランクの私では今貼り出されている依頼は、その殆どが受ける事は出来ない。これに関しては仕方ない、私は強くないのだから。
私は溜息をつき、肩を落とす。クエストボードには灰ランクでも受けられる依頼はあるが、どれも私には荷が重いぞ。
小鬼討伐は無理だ。剣をさげてはいるが、腕は素人と言ってもいい。返り討ちに合う気がしてならない。
続いて薬草採集だが、これは単純な話、見分けが付かなければ出来ない。故に、草の見分けがつかない私では、無理という事で、この依頼は却下だぞ。
ああ、どうしよう。ぶっちゃけた事を言えば、今の私はお金が無い。全くと言って良いほどお金が無いぞ。
城門をくぐる際に支払ったお金でほぼ底をついた。残金は銅貨二枚、リンゴ一つ買えて良いところだぞ。
マズい。非常にマズい。
お金が無ければ、宿にも止まれず、食事も出来ない。
そんなの嫌だ! 長旅で疲れてるんだ。今日はどうしてもふかふかベッドで寝たいんだぞ!!
すると、ふと一枚の依頼書に目がいった。
私はそれを手に取り、内容を読んだ。どうやらこの城塞都市近くにある森の調査依頼のようだ。これぐらいなら私でも出来るだろう。
私は依頼書を持ってカウンターへ向かい、受付嬢に渡す。
「この依頼を受けたい」と言えば、受付嬢はニッコリと笑い「かしこまりました」と言って了解の意思を示した。
依頼を受けた私は、早速森へ向かう事にした。
善は急げだぞ!
私はギルドを出ようと扉へ歩を進める。すると、私が開けるより前に扉が開き、何やら怪しげな人物が現れた。
外套で身を包み、顔を十字の線が走った仮面を付けている。
私はその人物が現れた瞬間、全身の肌が粟立った。
ーーこの感じ、間違いない。魔族だ!
何故かわからないが、私たちの種族は何となくではあるが、相手が魔族であるかないかの見分けができる。
私はその魔族の視線から外れるように、壁際へとよる。
まさかこんな人間の街で魔族と出会うとは予想外だ。視線はそのまま魔族の後をおう。
私はクエストへ向かう前に、魔族の様子を見る事にした。
魔族はどうやら冒険者登録をしに来たみたいで、今はクエストボードをじーっと見ている。
それから魔族は依頼書を剥がし、受付嬢へと渡した。しかし、どうやらランクが釣り合わなかったようで依頼を受けることが出来ない。
なんか呆然としているような気がする。
受付嬢が声をかけてなんとか正気に戻った魔族は、別の依頼を受ける事にしたようだ。
(よりによって、私と同じ依頼かぁ)
程なくして、魔族はギルドを出発。私も後を追うようにギルドを後にした。
私は街道を歩く魔族と距離を開けて後をついて行き、目的地の森へ入ると、私は注意を払いながら魔族へと近づき、木の影へと隠れる。すると、おもむろに魔族が振り返り、私の隠れている木へと視線を向ける。
「そろそろ出て来たらどうですか?」
(っ! バレた?! 仕方ない、なるようになれだぞ!)
覚悟を決めた私は、魔族の前へと出るのだった。
♢♢♢♢
という大体の話を聞いて、カレンはなるほど、と頷く。
「つまり、ギルドにいた時点でオレが魔族だと知り、気になって後をつけた、という事か?」
「うん、あってるぞ」
「ルミナス、他にもギルド内でオレが魔族だと気付いていそうな奴はいたか?」
ルミナスは顎の手を添え、上を見上げる。
「いや、その心配ないな。ギルドはいつも通りって感じだったぞ。それに、レングリットが魔族だと分かったのは私の種族と君の種族が正反対だからだと思う」
正反対という言葉にカレンは首傾げ、怪訝な表情になる。
「どういう事だ?」
「ああ、言ってなかったな。私の種族は"天使"という珍しい種族なんだぞ!」
カレンは目の前の美女が"天使"だと知り、少し驚く。というのも、天使という種族はこの世界で最も数が少ないと聞いていたからだ。
それに、例え天使だとしても、おいそれとそれを人に言うことは無いと言われている。
天使というのは悪魔と同じく、世界最強の種族の一つだ。知られれば無用な争いを招くこともあるという。故に、天使は自らの種族を名乗ることはないのだという。(ラギウス先生参照)
しかし、目の前のルミナスはそれを知ってか知らずか、気にした様子もなく、次々と自分の正体を明かして行く。警戒心がないと思っていたが、ここまで後先考えずに喋るルミナスが本当に心配になってくる。
『おい紅姫、コイツさっきからオレに正体バラしまくってるが、大丈夫なのか?』
『儂は知らん、そこはお前様が教えてやれば良かろう』
『………』
至極当然な事を言われてしまい。言葉に詰まる。確かに、相談するまでもなく、カレンが注意してあげれば済む話である。
「おいルミナス、さっきからぺらぺらオレに正体バラしてるが、いいのか? なにか理由があって姿を隠して、偽名を使ってたんじゃねぇのかよ?」
カレンがそう言うと、ルミナスがおどけるような仕草をして、予想外の言葉を口にする。
「いや、別にあの格好をしていたのはこれと言って理由はないぞ。強いて言うなら、ああいう格好している冒険者って、カッコいいと思うんだぞ!」
グッと握り拳を作るルミナスから、返って来たカッコいいという言葉に、カレンは「はっ?」と間抜けな声を上げてしまう。
ルミナスは腕を組み、指をピンっと立て語り出す。
「ん? 分からないか? ソロの一匹狼、クールで怪しい仮面の冒険者。かっこいいだろう? ちなみに名前は私が一日使ってかっこいいのを考えたんだぞ!!」
そう言って、身振り手振りでオーバーリアクションをとり、最後にふんっと鼻を鳴らす。
自信満々で胸を張るルミナスを見て、カレンは目元を手で覆い、天を仰ぐ。客観的に見れば完全に「あちゃ〜」という感じだ。
『あいたた〜、コイツアレだ、頭がやられちまってる』
『む? 此奴何か病でも患っておるのか?』
『ああ、もう頭が花畑という名の病気だ!』
『花畑? 何という名の病じゃ?』
カレンは視線を元に戻すと、不憫な子を見るような目をルミナスへ向け、聞こえないような小さな声で呟く。
「……厨二病だ」
『厨二病……どんな病なんじゃ?』
『それはコイツを見てれば分かる。まぁ、強いて言うなら、痛々しいとだけ言っておく』
『なるほどのう、お前様がそ言うのであれば、暫く様子を見てみるとするかの』
『そうしてくれ、説明するのも悲しくなる』
カレンが〈念話〉で紅姫とそんな事を話していると、ルミナスが首を傾げ、何故か自分を可哀想な子を見る目で見つめるカレンに「なんだ?」と尋ねる。
「いや、なんでもない」
「そうか。 ところでレングリット、君のその仮面や外套もかっこいいからやっているのかな? もしそうなら私たちは同じ仲間、同志だぞ!!」
「テメェと一緒にするんじゃねぇ!!」
両手を胸の前でグッと握りしめ、キラキラした瞳で自分をを見つめるルミナスに顔を引き攣らせる。しかし、それに気がつかないルミナスは、一人で演劇でもしているかのようにその場でクルクル回り「恥ずかしがる事はないぞ!」とか「これも運命の出会いだぞ!」とか言っているのが聞こえる。
カレンの表情が更に引き攣る。
一人演劇が終わり、ルミナスは親指をグッと立ててサムズアップをする。そして、ふっ! という決め顔をカレンに向ける。まるで「私と君は仲間だぞ!」という幻聴が聞こえてくるようだ。
ルミナスに自分が厨二病だと思われているカレンは額に青筋を浮かべる。
そもそもカレンがああいう格好をしていたのは、ただ単に魔族だとバレた場合、厄介な事に巻き込まれる可能性があったからであって、断じてかっこいいからやっていた訳ではない。純粋に身を隠す為である。
「おい、なに私たちは仲間みたいな顔してんだ。ぶっ飛ばすぞ、この駄天使!! だいたいオレがそんな理由でこんな格好する訳ねぇだろ! ちゃんと理由があるんだよボケ!!」
「そうなのか?」
「そうだよ。だいたい、魔族が街中を堂々と歩いていたら騒ぎになるだろうが!」
「ふむ、それもそうだぞ」
このままではいつまで経っても先へ進まないと感じたカレンは、そういえば此処には調査をしに来た事を思い出す。
カレンは外套と仮面を被りなおし、ルミナスを放って調査へ向かおうとする。しかし、がしっ! と肩を強く掴まれる。
振り返ってみると、そこには満面の笑みで立っているルミナスの姿があった。
「……なに?」
「何処に行くんだ? 私も一緒に行く約束だぞ!」
「………」
カレンはルミナスの申し出に無言を貫き、肩を掴んでいる手を引き剥がそうとする。だが、外れない。何度引っ張っても外れない。
一体どこにそんな力があるのかと思うぐらい、強く掴んでいる。
言外に「私を一緒に連れて行ってくれないと放さないぞ!」と言っているようだ。
いや、確かに最初は一緒に行くつもりだったよ。でも今は超嫌なんだよ。なんでかって? そんなの、オレの精神がもつ気がしないからに決まってるだろ。
でも、一度一緒に行動すると言ったわけだし、今更やっぱ無しとか無責任だよなぁ。
カレンは観念したとばかりに溜息をつく。
「はぁ、分かった。好きにしろ」
ルミナスはにかっ! と笑うと、掴んでいた肩から手を放す。
「ありがとう。じゃあ私も準備するから、少し待っててくれ!」
そう言ってルミナスは脱ぎ捨てていた外套と兜を被り、準備を整える。準備と言ってもただ被るだけなので、さほど時間はかから無い。
準備が終わったルミナスはカレンへと駆け寄ると、コクリと頷き、出発を促す。
カレンは頷き返すと、森の奥へと進路を取り、歩き始める。
カレンは隣を歩く――兜を被り外套を纏った――ルミナスを横目で見て、心の中で呟く。
(どうしてこうなった……)
♢♢♢♢
一方、カレンとルミナスが森の調査を始めた頃。エルゴンの森とは反対側にある小さな森で、頭を抱えている者がいた。
(ああ、またそんなぺらぺらと! 我が君がお知りになれば、またお叱りをうけますぞ!)
それは、漆黒の鎧に身を包み、まるで竜のような頭を持った二足歩行の魔物、ギレンだ。
現在ギレンは見つからないように気配を限界まで消し去り、百メートル以上離れた木の上で身を隠している。
今回、ギレンの役目は自らの主人であるカレンの義息子、エスタロッサの護衛兼監視役である。
護衛というが、もっぱら監視役がメインである。
そんな監視役のギレンは、目元を手で押さえて天を仰でいる。というのも――
「フハハハハッ! 我輩の名は孵化してすぐ、父上より頂いた名前ですぞ!!」
「へぇ、父親から貰ったのか」
「でも竜って卵が孵化したら子育てはしないって聞いてたんだが、違うのか?」
「確かにその通りですな、しかし、我輩の父上はそれはもう愛情を注いでくださいましたぞう(確信)!!」
「良い親父さんじゃねぇか」
「フハハハハッ! 我輩の自慢の父上ですぞ!!」
この短い会話の中ですでにNGワードが一つ。ギレンは頭を抱えながら「若様、"父上"というワードはいけません……!」と一人で呟く。
「ところでエスタロッサは何で此処に来たんだ?」
「それはですな、父上が人間の街に行きたいと申しましてな、それで此処に来たのですぞ」
「はっ? ま、街にだと?! そんなもん、竜王種が街に現れたら大騒ぎじゃすまねぇぞ!!」
「あ〜、勘違いしているようですが。父上は竜ではありませぬぞ?」
「えっ? そ、そうなのか?!」
「うむ、我輩の父上は竜ではなく悪……」
エスタロッサが何かを言い掛けた瞬間。横から親指サイズの小石がエスタロッサの側頭部に直撃する。
「ぷぎゃっ!!」
急に竜とは思えない奇怪な声を上げたエスタロッサに、向かいに座っていた三人組の冒険者、ロイド、ベント、ドルガはビクッと肩を跳ね上げる。
三人は何が起きたのかと、困惑気味な表情でエスタロッサを見つめる。
そして、何故か涙目になっているエスタロッサに、ロイドが「どうかしたのか?」と問いかける。
「い、いやいや何でもありませぬぞ!」
と言いつつ、エスタロッサは横目でギレンのいる方向に視線を向け、冷や汗を流す。というのも、今エスタロッサに小石をぶつけたのはギレンであり、同時にこういうメッセージが込められていた。
ーーこれ以上余計な事を話せば、小石ではすみませんよ。
小石をぶつけられた事により、少しの冷静さを取り戻したエスタロッサは、内心で「やってしまった!」と呟く。
エスタロッサ自身、会話に夢中になってしまい。余計な事をぺらぺらと喋ってしまった記憶があるからだ。
(ああ、思い返せば"父上"というワードはいけなかったですな。それに、もう少しで父上が悪魔だと喋ってしまうところでした、我輩の失態です! ギレン殿には感謝しますぞ!)
先程からじっと空を見つめておし黙るエスタロッサを心配して、ベントが恐る恐る話しかける。
「おい、エスタロッサ大丈夫か?」
「ん? ああ、失敬、我輩少し考え事をしていましてな他意はありませぬぞ!! ところで、ロイド殿達人間の世界とは、一体どのような所なのですかな? 我輩興味がありますぞ!」
「気になるか? それはだな……」
それからまた暫く、和気藹々と歓談が続き、エスタロッサは人間社会についてをロイド達から学んでいく。
一方でギレンは別の事で頭を悩ませていた。
(我が君が若様を監視しておけと言われたのはこういう事でしたか……)
「今回の事はどう報告致しましょうか……」
ギレンは空を見上げそんな事を呟き、カレンにどう報告したものかと思い悩む。そして、そんなギレンをよそに、エスタロッサの「フハハハハッ!」と機嫌よく笑い声が森の中に響く。
それからエスタロッサがまた余計な事を喋りそうになり。その度にギレンから小石をぶつけられたのは言うまでもない。




