仮面の冒険者
金貨十枚という大金を手に入れ、今更ながらその事実に驚くカレン。
ギルドへ来る途中に道を教えてもらった女性に、チップとして金貨一枚をあげたことを思い出し「あの人、絶対驚いてんだろうなぁ〜」と呟く。まさかチップで金貨を貰うなんて夢にも思はないだろう。
冒険者のクエストの殆どは危険なものだ、それこそ下手をすれば命を落とす。故に報酬額は他の職業よりも高い、つまり冒険者はこの世界で高収入な職業なのだ。
そんな高収入な冒険者のクエストの中でも高難度であるAランクの依頼で、報酬額が金貨数枚。中でも現在貼り出されている一眼鬼の討伐依頼はAランクの中ではかなり上位に来るため、報酬も超が付く高額だそうだ。
聞くところによれば、金貨三枚で平民の給金一年分。数ヶ月は遊んで暮らせるとのこと。
現在カレンの手持ちは金貨だけでも八枚。カレンは知らないが、日本円にして八百万円にものぼる。ちょっとした小金持ちだ。
これだけでも一年は余裕で遊んで暮らせるだろう。
しかし、カレンは今のところ遊んで暮らすつもりは毛頭なく、寧ろこの調子でお金を貯めようと考えている。
(取り敢えず、当面の目標は金貨百枚だな。あと、この格好はちょっと怪しいし、剣はともかく防具はちゃんとした物を買いに行くか)
そんな事を考えていると、カウンターの奥から受付嬢が戻って来る。
受付嬢は二枚の依頼書をカレンに見えやすいように置く。
「お待たせしました、レングリット様。こちらが灰ランクの依頼書です。どちらになさいますか?」
カレンは受付嬢の持ってきた依頼書を手に取り、内容を確かめる。
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ーー鉄鉱石十キロの採集 ランク:D
ランク灰から受注可能
報酬額 銀貨一枚 大銅貨 五枚 (鉄鉱石の質により金額の変動有り)
ーーエルゴンの森の調査依頼 ランク:D
ランク灰から受注可能
報酬額 銀貨三枚
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『紅姫、どう思う?』
『見るからにつまらなそうじゃわい』
『いや、そうじゃなくて』
『ふむ、せっかくそこの娘が持って来てくれたのじゃ、どちらか選ばねばなるまい』
『そりゃそうなんだが。……個人的には調査依頼だな、周辺地理を確認するという意味でも』
『異議なしじゃ』
調査依頼を受ける事にしたカレンは受付嬢にこの依頼を受けることを伝える。
「こちらの調査依頼を受けさせていただきます。それでこの依頼の内容を教えてくれますか?」
「かしこまりました」
受付嬢は軽く会釈すると、依頼の内容を説明する。
どうやらここ一月の間に、エルゴンの森で魔物たちの活動が活発になり始めたらしい。街の付近でも魔物の目撃情報が多発しており、最早無視出来るものではなかった。
魔物は突き詰めれば生き物だ。活発になる時期もあるだろうとカレンは思うが。受付嬢曰く、今迄こんな事は一度もなかったという。
今のところ被害というものは出ていないが、遅かれ早かれ、このままでは周辺の村や街に被害が出る可能性がある。故に、そうなる前に魔物が活発化した原因の解明をして欲しいとの事である。
ちなみに、今回の依頼はギルドが直接出した物らしく、十人まで受けられるそうだ。
受付嬢の話によると、カレンの他に四人組の灰ランクパーティが一組、同じくソロの灰ランク冒険者が一人、この依頼を受けているそうだ。
ギルド的には少しでも情報が欲しいが故だろう。
より多くの冒険者が調査をすればそれだけ情報が集まる、つまりそういう事だ。
受付嬢の説明が終わり、カレンは受付嬢にいくつか質問する。
「いくつかお聞きしたいのですが。まず、その冒険者の方々はもう調査へ?」
「はい、四人組のパーティの冒険者の方々は、レングリット様が来られる、二時間程前にエルゴンの森へ向かわれました。それとソロの方はまだこのギルド内におられます」
「ギルド内に?」
受付嬢は「はい、あちらの方です」と言って、視線をギルドの入り口に向ける。カレンも追うように視線を向けた。
カレンが向けた視線の先には、顔を髑髏を模した仮面で隠した人物が立っていた。
全身を焦げ茶色の外套で身を包んでおり、性別は不明、腰には剣が下げられている。
そんな冒険者の姿を見て、カレンは目を細める。
「怪しい奴を絵に描いたような奴だな」
自分のことを棚に上げたような発言に、いつも通りの満面の営業スマイルで、受付嬢がツッコミを入れる。
「いえ、貴方にだけは言われたくないと思いますよ、コノヤロー」
『まったくじゃわい』
紅姫も同意する。
「………」
そういえば自分も同じような格好をしていた事を思い出したカレンは、仮面の下で苦笑いを浮かべる。
言ったセリフが打ち返されるとはこの事だ。そう思いながら、カレンはこれから調査へ向かうことを伝える。
「では、私もこれからエルゴンの森へ向かいます。調査結果の報告はこちらで?」
「はい、こちらにいますギルド職員であれば、誰でも構いません」
「分かりました。では、私はこれで」
「はい、お気おつけて」
カレンはコクリと頷くとその場を後に、エルゴンの森へ向かうのだった。
♢♢♢♢
エルゴンの森は城塞都市より西へ約十キロのところにある。そこまでの道のりは途中まで街道があり、周りは草原となっているため比較的安全といえる。
現在カレンは街道沿いを歩き、エルゴンの森へ向かっている。今は七割ほど進んだ位置だ。
受付嬢の話では、この辺りで魔物の目撃情報があったそうだ。街道の半分を越えた辺りから、紅姫が〈魔力感知〉と〈熱感知〉を常時展開しているが、今のところ魔物の反応はない。
〈魔力感知〉に魔物の反応はないが、一つだけ別の反応がある。
その反応はカレンと五百メートルの距離を開けて歩く、ギルドを出てからずっと後をついて来ていた、髑髏の冒険者である。
『一定の距離を保ちながらついて来ておるのう』
『ああ』
『じゃが、何故つけてくるような真似をするのじゃ? 来るのであれば一緒に行けば良いものを』
『まぁ、色々あんだろ、好きにさせてやれ』
程なくして街道が途切れ、目的地であるエルゴンの森が見えてくる。
見た感じは普通の森で、特にこれといったファンタジー感はない。
薄暗い森の中へ、カレンは足を踏み入れる。道なき道を進み、しばらくは奥を目指して歩き続ける。
そして、三十分ほど歩いたあたりで一度立ち止まり、おもむろに後ろを振り返る。
そして、大きな木に向かって声をかける。
「そろそろ出て来たらどうですか?」
すると、木の後ろから怪しい仮面と外套で身を包んだ冒険者が現れる。
「ギルドにいた方ですね。確か、同じくこの森の調査を受けたと聞いていましたが。何故私をつけるような真似をするのでしょうか?」
カレンの質問に対し、仮面の冒険者は無言で頭を下げる。
「へっ?!」
カレンは突然の行動に訳がわからず、思わず変な声が出る。
困惑したカレンを余所に、顔を上げた仮面の冒険者が口を開く。
「後をつけるような真似をして申し訳ない。悪気は無かったんだ。ただ、どう話しかければ良いか分からなくて……」
理由を聞いたカレンはなるほどと思い、同時に少し驚いていた。何故なら仮面の冒険者の声は男のそれとは違い、透き通った綺麗な声をしていたのだから。
(コイツ、女か? それにしても妙な気配だ)
「理由は分かりました。その件に関しては気にしていませんので、謝る必要はありません」
「そうか、そう言って頂けると助かるぞ」
仮面の冒険者はホッとしたように肩を落とすと、手をカレンに差し出す。おそらく握手を求めているのだろう。
「申し遅れた。私の名前はシェイバという、よろしく頼むぞ」
「私はレングリットと言います。よろしくお願いします、シェイバさん」
カレンは差し出された手を握り返し握手する。
自己紹介が終わり、話し合った結果。カレンはシェイバと森の調査をする事となった。
シェイバがどうしても付いて行きたいと言い、カレンが快く了承したのだ。というより、仮に反対しても駄々をこねられそうな気がしたので、渋々了承したというほうが正しい。
とにもかくにも、こうしてカレンはシェイバと臨時パーティを組む事となり、改めてエルゴンの森の調査を開始する。
その途中、シェイバが思いがけない言葉を口にする。
「ところでレングリット、一つ聞いていいかな?」
「何ですか?」
「君は魔族なのか?」
「おぼぁっ!!」
いきなり魔族と言い当てられたことに奇怪な声を上げると、勢いよくシェイバに顔を向ける。
心臓のバクバクと鳴る音がうるさい。
「な、何でそう思ったんですか?」
シェイバは腕を組むと、考えるように上を見上げる。
「う〜ん、言葉では言い表せないな。強いて言うなら何となくなんだぞ」
シェイバの何となくという答えにカレンは「あ、そうですか……」と消え入るような返事をする。
そんなもので言い当てられるとは、果たして今の変装は意味があるのだろうか? そう考えられずにはいられない。
カレンの頭の中は、現在プチパニック中である。というのも、今のカレンは全身を外套で包み、顔を仮面で覆っている。ついでに言うなら、魔力も限界まで抑え、人間に溶け込めるようにしてあるのだ。にもかかわらず、まさか街に来て初日、しかも同じ駆け出し冒険者に正体がバレてしまうとは夢にも思わなかった。
『おいぃぃぃ! いきなりバレたぞ! 早すぎんだろ?!』
『落ち着けお前様。良いかお前様に残された選択肢は四つじゃ。
一つ、私は魔族では無いと嘘を突き通す。
二つ、正直に全てを話した上で、黙っていて貰うよう説得する。
三つ、取り敢えず記憶が無くなるまでボコボコにする。
四つ、情報漏洩を避けるため、この場で殺す。このどれかじゃっ!』
『お前が落ち着け!!……取り敢えず三つ目は却下、四つ目は論外だ!』
この場合、選択肢としては、嘘を突き通す事が一番マシだろう。しかし、シェイバはカレンが魔族だという事に気付いている様子だ。果たして、私は人間です、といったとして、信じてくれるのか疑問である。それに、このシェイバには、何故かこの手の嘘が通じないような気がした。
次に、正直に自分が魔族であると話した場合、この場で秘密にして貰うよう説得はするが、もしかしたら街に戻った際に周りの冒険者やギルドに報告されるかもしれない。下手すればこの場で戦闘という結果もありうる。
カレンは戦うという行為は好きだが。人を殺すのが好きという訳ではない。正直なところ、今に関していえば、戦闘は避けたいと思っている。
(さて、どうしたもんか……)
カレンは思い悩んだ末に、答えを決める。
〈魔力感知〉を周囲に展開し、自分達以外に誰かいないかを確認する。結果、カレンたちを中心に半径百メートル圏内には誰もいないようだった。
カレンは魔法の継続を紅姫に譲渡し、覚悟を決めてシェイバに向き直る。
途端、カレンの雰囲気がガラッと変わる。
今までの穏やかな雰囲気は最早なく、まるで敵を前にしたかのような殺伐とした気配を漂わせる。
急激な空気の変化に、シェイバは息を呑み、動揺する。
さっきとはまるで別人である。しかし、こっちのほうが実にしっくりくる。つまり、こっちが本当の顔という事なのだろう。
「それが君の素なのか?」
「一つ約束しろ、オレの正体を知っても誰にも言わないと」
「分かった、約束しよう」
シェイバはコクリと頷き同意を示す。
カレンはフードを脱ぎ、おもむろに仮面へと手をのばす。
仮面とフードを脱ぎ去った事によって露わになった、黒い髪と黄金の瞳、縦に割れた瞳孔、尖っ耳。どれも魔族の特徴と一致していた。
「ああ、やっぱり君は魔族だったんだな」
「正確には"悪魔"と言う種族だがな……」
「へぇ〜、君悪魔なのか。それにしても、まだ子供だぞ」
そう言ってシェイバはカレンの周りを歩き出し、珍しいものを見るようにかのように観察する。
ちなみに、この世界での成人は十八歳からであり、十五歳のカレンはまだ子供という事になる。
「悪魔がそんなに珍しいのか?」
「うん、悪魔なんて物語でしか聞いたことがないからな、まさか本当にいるとは驚きだぞ。黒い髪と縦に割れた瞳孔。これが悪魔の特徴だと聞いているぞ」
「物語ねぇ……」
カレンは苦笑いを浮かべる。
どうもシェイバには警戒心と言うものがない。今カレンの周りを歩いているのもそうだし、なんの躊躇もなくカレンに近づいたこともそうだ。
近づいた瞬間、斬り殺されるとは思わないのだろうか。
ついさっき知り合ったばかりではあるが、この先が心配になる。
カレンは内心で小さく溜息をすると、先程から気になっていたことを口にする。
「ところでお前は何だ? 妙な気配がするが、人間じゃないな。精霊とかそっち系の類か?」
「ん? ああ、すまない。君が正体を明かしたのだから、此方も正体を明かすべきだったぞ」
シェイバは律儀なやつらしく、カレンと同じく外套を脱ぎ捨てる。そうして露わになったのは、カレンの予想したように女性の体つきだった。
格好はかなりシンプルで、茶色い襟付きの服に鉄の胸当て、腕に胸当てと同じく鉄の籠手を装備している。
腰にさげた剣はどこにでも売っているような数打ちの鉄剣だろう。というのも街の商業区を歩いている時に同じようなものを見た気がするからだ。
下に履いているズボンは少しピチッとしており、これにより女性の体つきだと判別できる。
靴は膝のあたりまで伸びたロングブーツ。
いかにも駆け出しという格好だった。
そんな事を思いつつ、視線をシェイバの顔に向ける。
シェイバの仮面は、仮面というより兜のようなものだったようで、頭をすっぽりと覆っていた。
シェイバはその被っている兜を手で挟むと、スポッと脱ぎ去る。
その瞬間、カレンは目を奪われた。
そこには、腰まで伸ばした白金の髪を靡かせ、まるで宝石と見紛うような青翠色の瞳を持った、絶世の美女が立っていた。
「では、改めて自己紹介をしよう。私の名前はルミナス・エヴァレットだ、よろしく頼むぞ!」
そう言って、シェイバことルミナスは、ニッコリとカレンに笑顔を向ける。
「あ、アホ毛立ってる……」そんなカレンの小さな呟きが森に溶けて消える。




