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悪魔がカレンにわらうとき  作者: 久保 雅
第1章〜最強への道〜
32/201

最強への道 その3

 彼は心より歓喜した。


 今迄、彼はこの機会をずっと待ち望んでいた。


 この小さな悪魔と、全力で戦える機会を。


 この悪魔の存在を知ったのは四ヶ月前だ。彼はいつものように自由気ままに大森海を彷徨っていた。


 この大森海において、彼の右に出るものはおらず、戦いのない退屈な日々を過ごしていた。

 彼自身、そろそろ大森海の最奥、"深淵(しんえん)"へ向かおうか思い悩んでいた頃、それは現れた。


 同族と互角以上に渡り合い、他の強力な魔物達を倒していく小さな悪魔の姿を。


 それを目の当たりにした瞬間、まるで雷に撃たれたかのような衝撃が彼に走る。



 ーー素晴らしい。



 彼は感謝した、この小さな悪魔を生んだ、この世界に。そして悪魔と巡り会わせてくれた自らの人生に。


 彼は気配を消し去り、悪魔へと近づく。気持ちが高ぶり、溢れんばかりの衝動が彼を支配する。


 だが、彼の高ぶった闘争の炎は、悪魔の姿を見た瞬間、一気に鎮火していく。


 彼の視線の先にいる悪魔は見事に同族を倒したものの、ボロボロで疲弊していた。



 ーーアレではダメだ。まだダメだ。



 だから、彼は待つことにした。悪魔が強くなるのを、自らの命を脅かす存在へと成長するのを。


 彼は待った、待ち続けた。


 それから悪魔は彼の期待に応えるように、異常という速度で成長した。

 次々と出会う大森海の強者達をばっさばっさとなぎ倒してゆく。



 ーーもうすぐ。もうすぐだ。



 悪魔の強さは、もう時期彼に迫ろうかとしていた。だが、ここで異常事態(イレギュラー)が発生する。


 "凶竜 ジャバウォック"が悪魔の前に立ちはだかったのだ。


 世界最強の七体の内の一体。勝ち目などある筈もない。しかし、あの小さな悪魔は無謀にも、最凶最悪の竜に戦いを挑んだ。



 ーーああ、いけない。このままでは獲物を横取りされてしまう。

 ダメだ、許さない。それだけはさせない。



 戦いは一方的だった。いや、戦いというのもおこがましい。あれはただの蹂躙である。

 悪魔は凶竜に挑むも、まるで歯が立たず。たった二撃で戦闘不能に陥った。

 そして、ジャバウォックが悪魔にとどめを刺そうとした時。彼は飛び出せるよう、脚に力を入れる。


 しかし、それも杞憂に終わる。神滅竜が悪魔を助けにやって来たのだ。


 凶竜と同じく世界最強の一角である神滅竜が助けに来たのだ、悪魔は確実に助かるだろう。

 彼は背を向けるとその場から立ち去って行った。


 それから数日、悪魔は森に姿を現さなくなった。もしやあの後、悪魔は死んでしまったのではないだろうか、と彼は不安になる。しかし、その三日後、悪魔は再び森に現れた。


 前よりずっと強くなって。



 ーーあと少し。あと少しだ。



 彼は心より喜んだ。悪魔が生きていたことに。そして以前よりずっと強くなっていた事に。


 だが、悪魔は動きに違和感があった。おそらく身体が鈍っているのだろう。


 現に悪魔は、一向に深層域へと来ない。



 ーーよかろう。では、悪魔が万全の状態になるまで、待とう。



 彼は再び待った。悪魔が来るのを。


 そして、遂にその時が来た。



 ーー嗚呼、やっと、やっとこの時が。待ち望んでいたこの時が来た。


 ーーさぁ、始めよう。

 

 ーー開戦だ。



 彼は悪魔の前に躍り立つ。


 悪魔は彼を見るや否や武器を構え、臨戦態勢に入る。同時にビリビリとした空気が悪魔から発せられる。


 悪魔が構えると、彼は腰を低くし、脇をキュッと締めると、小さくコンパクトに構える。


 この構えは誰かに教えて貰った訳ではなく。彼自身、このほうが効率よく戦えると思って始めた事だ。


 悪魔は彼めがけて駆け出した。その瞬間、彼もまた、悪魔に向かって駆け出した。


 悪魔の持つ剣が彼の緑刃とぶつかり合い、火花を散らした。


 それから彼と悪魔は文字通り一進一退の攻防を繰り広げ、命を賭けた戦いを演じた。


 激しい剣戟を繰り返し、緑刃が弾かれ、彼は驚愕に目を見張る。その直後、悪魔は脚に魔力を集中すると、彼の顔面目掛けて膝蹴りを叩き込もうとする。


 彼は反射的に上体を反らし、悪魔の攻撃を躱す。そして緑刃を深々と悪魔の腹に突き刺した。


「ぐっ!!」


「ギシャァァァンッ!!」


 彼は片手を地につけ、体をよじると悪魔の顔に蹴りを叩き込んだ。


 今のは致命傷だっただろう。しかし、悪魔はなおも立ち上がった。


 その戦意は衰える事なく、(むし)(たぎ)っていた。


 彼の喜びは最早(もはや)天元を突破した。


 今迄彼とここまで戦い抜いた者がいただろうか。否、そんな者はいなかった。



 ーー楽しい。これが戦いというものか。命のやり取りか。



 彼は両手を交差させると、頭の中で唱える。



 ーー発動。



 途端、頭に直接、無機質な声が響く。


特殊能力(スキル)【斬風の刃】を発動します』


 風が彼の腕を包み、緑刃へと集約される。


 コレは、彼の()()()()()()()()だ。



 ーーさぁ、ここからが本番だ。


 ーー始めよう、楽しい戦いを。




 ♢♢♢♢


 目の前の光景に戦慄が走る。


 只でさえ、知覚すら困難な速度で走りまわる神速黒皇(オニキス)特殊能力(スキル)持ちだ。ましてや目の前の奴は神速黒皇(オニキス)という種族の中でも、間違いなく最上位に入る個体。まったくもって冗談がキツイ。


 オレが苦笑いを浮かべていると紅姫が声をかける。


『お前様、このままではちと不味い。魔法の制限を無視して戦うべきじゃ。環境破壊だの何だの言っとる場合ではないぞ!』


『そうみたいだな……エスタロッサ、巻き込まれないようにもっと遠く、中層域まで避難しておけ!』


『ギャウ!』


 紅姫の進言を受けて了承すると、まずエスタロッサを遠くへと避難させた。ここで巻き込んで殺してしまっては、後味が悪いとかそんな言葉ではすまない。


 ここからは加減無しの本気の戦いだ。一瞬の隙が命取りとなるだろう。特殊能力(スキル)【再生】があるからと言って死なない保証はない。それはジャバウォックの時に証明済みだ。


「厄介だな……」


 神速黒皇(オニキス)の緑刃に集約されていた風が勢いを増していく。


 そして、完全に緑刃と一体となる。


 緑刃と一体となった風の刃でリーチが延長、付け加えるなら斬れ味も段違いだろう。


 見るだけで分かる、あれに触れた物は全て断ち切られるだろう。オレの刀も例外ではない。

 つまりここからは、神速黒皇(オニキス)の攻撃を全て受けずに交わし切らなければならない。無理じゃね。


「ここからが本番か……そんじゃ、いっちょおっ始めるか!」


 これまで神速黒皇(オニキス)と戦ってきて分かった事が二つある。一つは神速黒皇(オニキス)相手に受け身になるのは愚の骨頂だということ。


 二つ目、神速黒皇(オニキス)は神速で移動する際一定の歩数がある。

 神速黒皇(オニキス)が獲物に近づく迄の歩数、その数七歩。

 これはどれだけ距離が開いていようが、どれだけ近かろうが関係なく、必ず七歩で攻撃を仕掛けてくる。


 ここで歩数以外にもう一つの加える。それは歩調だ。神速黒皇(オニキス)は独特の歩調がある。それは、一歩から六歩目は必ず()()()()()()()()()()()、そして七歩目は必ず片足で跳ぶ。この二つが分かっていれば神速黒皇(オニキス)の神速にギリギリ対応できる。


 だが、これはあくまで受け身になった時の対応だ、今回はあまり使えないだろう。


 よって、今回オレが取るべき方法は、兎に角攻めまくる。後手に回ればそれだけで死ぬ確率が上がる。それだけは避けなければならない。


 オレは気を引き締め直し、刀を構え直す。


 その直後、全身に悪寒が走り、背中を嫌な汗が流れる。


 オレは直感に従い、上半身を前へ倒す。その瞬間頭の上を風刃が凄まじい速度で通り過ぎ、オレは転がるようにその場を離れる。


 後ろの髪が少し持って行かれた。もう少し遅ければキレイに首をチョンパされていただろう。


「っぶねぇ!!」


「シュロロロロロ」


 神速黒皇(オニキス)は初撃を避けて態勢の崩れたオレに追撃を加える。

 神速黒皇(オニキス)は一瞬でオレの前に現れると、最初に振り切った風刃とは反対側の風刃をまるでアッパーのように斬り上げた。


「うおっ!!」


 大気を切り裂く斬撃が迫り来る。

 オレはギリギリで横に跳ぶ事で回避する。その直後、先程までオレのいた場所がパックリと開き、後方の樹々を縦に分断していく。


 神速黒皇(オニキス)は風刃を回避したオレに一息つかせる暇を与えず、再度追撃に出る。


 神速黒皇(オニキス)の動きを何一つ見逃すまいと意識を集中するが、次の瞬間にはその姿がまたしても搔き消える。そして――


「シュロロロロ」


「ッ?!」


 ――オレが気付いた時には既に神速黒皇(オニキス)は背後に立ち、風刃を振り下ろしていた。

 避けようと体を動かすが、先に風刃を振り下ろした神速黒皇(オニキス)の方が早い。オレは避けきれないと悟り、風刃が接触するであろう部位に〈魔力障壁〉と〈魔力硬化〉を最大限(フルパワー)で発動する。しかし――


「っつ!!」


 ――神速黒皇(オニキス)の風刃はオレの防御魔法を豆腐のように切り裂き、左肩の付け根を切り飛ばした。


「まずった!!」


 切断された左肩から血が噴き出す。が、瞬時に血は止まる。特殊能力(スキル)【再生】による効果で切られた端から腕が元に戻りつつあるからだ。


 しかし、それを見逃すほど相手は甘くない。


「ギシャァァァンッ!!!」


 神速黒皇(オニキス)はチャンスとばかりに風刃を前方に構え、ジグザグに走りながらオレに迫り来る。もう勝ったと言わんばかりだ。


「ちっ! ちょっとは休ませろ!!」


 そんな神速黒皇(オニキス)の姿を視界に捉え、オレの額に青筋が浮かび上がり、怒声を飛ばす。


「調子こいてんじゃねぇ!!」


 オレは刀を地面に突き立て、右腕を前に向ける。そのまま一気に魔力を集約し練り上げる。

 オレの中に眠る莫大な魔力が、前に突き出した右腕に集まり、同時に術式が完成する。その時間、僅か〇.二秒。驚異的な速さだ。


 眼前に迫り来る神速黒皇(オニキス)に向かって手加減なしの本気の魔法を放つ。


「〈拡散魔導衝撃波(ゼルエル)〉!!」


 その瞬間、想像絶する轟音が大森海全体に響き渡り、大気が爆ぜる。そして、深層域の約五分の一が文字通り消し飛んだ。その威力はまるで核弾頭でも落とされたかのような衝撃だ。


 一気に大量の魔力を使った為、呼吸が乱れる。大気中に漂う魔素を出来るだけ早く、そして多く取り入れようとしているからだ。つまり、残り魔力はあと僅かだろう。


「はぁっ! はぁっ! はぁっ!」


 目の前の惨状に普段ならやり過ぎたと頭を抱えるところだが、今はそんな事はどうでもよかった。寧ろ命が助かったとに安堵の息をつく。

 そんな中、オレは視線を一点に固定し、引きつった笑みを浮かべる。


「マジかよ……」


 そこには腕を交差させ、防御の構えをとった神速黒皇(オニキス)の姿があった。


「……アレを食らって()()()()かよ。冗談きついぞ!」


「シュロロロロロッ!!!」


 神速黒皇(オニキス)の甲殻の強度は魔物の中でも間違いなく最上位に入るだろう。それ故、オレの放ったバカみたいな威力の〈拡散魔導衝撃波(ゼルエル)〉が直撃しても罅一つなく、外傷は皆無だ。


 しかし、内部は違う。〈拡散魔導衝撃波(ゼルエル)〉は魔力を音へと変換して放つ魔法だ。

 音とは振動である。振動というものはいくら外が硬く鉄壁であろうが、それを突き抜ける。ましてや近距離で直撃を受けたのだ、防げるはずもない。


 外から見れば無傷に見えるが、その実、神速黒皇(オニキス)の内部はズタボロだろう。現に膝が笑っているのが見て取れる。


 オレはしてやったと、いたずらっぽい笑みを浮かべ、地面に突き立てた刀を引っこ抜く。同時に切断された左腕が完全に元に戻った。


 警戒を怠らず、神速黒皇(オニキス)に視線を向けながら、切り飛ばされた腕と一緒に落ちている鞘を回収する。


「流石のお前も、今のは相当効いたようだな。脚が震えてるぞ。まぁ、オレも同じようなもんだがな。さっきので魔力が底をつきかけてる、正直立ってるのもかなりキツイ」


 そう言って、オレは刀を鞘へと戻し、抜刀術の構えをとる。


「これで(しま)いにしよう」


 オレの言った事を理解したのか、それとも本能で次が最後だと判断したのか。神速黒皇(オニキス)はゆっくりと両腕を前で交差させる構えをとる。


「シュロロロロロ……」


 両者の距離、十メートル。


 オレはゆっくりと息を吐き、体の力を抜いていく。


 集中力を高め、感覚を研ぎ澄ましていく。


「ふぅ……」


「シュロロロロロッ」


 そして、両者同時に駆け出し、離れた距離を一瞬で潰す。


「ギシャァァァンッ!!」


 接近した直後、神速黒皇(オニキス)は風刃をオレ目掛けて斬り上げる。


 身をかがめる事で回避。


 斬り上げを回避したオレに、神速黒皇(オニキス)は流れた体を独楽のように回転させ、反対側の風刃をこちらに向け刺突する。


 これも、体を捻る事で回避する。


 そして、この戦いで初めての刃尾による、音速を優に超えた薙ぎ払い。


 勝った。


 この時、神速黒皇(オニキス)はそう確信した。尾による攻撃はコレが初めて、ましてや攻撃を回避した直後だ、いくらこの悪魔でも、このタイミングで避けることなど不可能。だが――


「甘ぇよ、バカ野郎」


 ――躱す。


「ギシャッ?!」


 まさか最後の一撃をも躱すとは夢にも思っていなかった神速黒皇(オニキス)は、動揺してほんの一瞬硬直してしまう。


 そして、その一瞬が命取りとなる。


 神速の三連撃を避け切ったオレは、刀の鍔を親指で弾き、柄を掴むと勢いよく抜き放ち、斬り上げる。


 狙うはガラ空きの胴体。


 神速黒皇(オニキス)は後ろへ跳んで避けようとするが、間に合わない。


 いや、そもそも避ける必要はない。この剣では自分を斬れない。

 たとえ斬れたとしても、それは関節や首の付け根などの僅かな隙間のみ。目の前の敵が攻撃を向けた場所は硬い鎧に守られた胴体だ。斬れるはずがない。


 この剣が弾かれた時、それはこの悪魔が死ぬ時だ。


 刀は吸い込まれるように、一瞬のブレもなく胴体へと流れる。


 刀が神速黒皇(オニキス)に触れるその瞬間、オレは凶悪な笑みを浮かべ、刀に高密度の魔力を走らせる。


 神速黒皇(オニキス)は驚愕と痛みに顔を歪め、悲鳴を上げる。


「ギシャァァァンッ?!!」


 オレの放った一閃は、見事に神速黒皇(オニキス)の装甲を深々と切り裂いた。


「何度も言わせんな。甘ぇんだよ、テメェは!」


 この瞬間、オレはまた一つ強くなった。

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